第15話 大手通信会社社員、新しい魔法に命名する

人型の石像が押されて倒れたように、ダンクさんは体勢をそのまま背面に倒れていった。


「だ、ダンクー!!」


 アイシャさんは急いで駆け寄った。僕も後を追う。


「ど、どないしたんやーー!? 回復魔法かけたるからな!!」

「だ……」


 ダンクさん、意識はあるみたいだ。


「大丈夫や! 任せとき! 全部治したるでー! せやけど傷ないやん……。

 怪我どこや!? ここか? あそこか? ほんなら~!」


 全身を弄り、最後にズボンを脱がそうとするアイシャさん。

 ダンクさんはそれを制止した。意識は問題なさそうだ。


「大丈夫なんか~?? どっか痛いとこないか? ど、ごむごむご」


 ダンクさんはアイシャさんの口を手で押さえる。


「――喋らせてくれ」


 頷くアイシャさん。


 ダンクさんはこめかみをマッサージしつつ、自身の体調を確認している。


「ふう……、ちょっと眩暈がしただけだ。もう大丈夫」


 ダンクさんは上体を起こした。大丈夫そうで何よりだ。


 さて……事の原因であるアムだが……。なんか申し訳なさそうにモジモジしている。

 親指と人差し指で作った三角形を四角くさせたり戻したりを繰り返している。


「てへへ、やりすぎちゃった☆」


 てへぺろですね。


「どうなったのか説明してよ、アム」


「えっとね~、高音でスライムの胸を貫いたの。ピュインって!」


「それは……、北のダンジョンで強いオークを倒したときみたいに?」


「ちがーう。あれはちょっと特別で……、魔力いっぱい使っちゃうから普段は使わないの~」


 確かにあの時はとっさに使った感じだもんな。


「ん~っとね」


 アムは魔力の塊を出した。


「『音叉爆弾』は、音量を上げて敵を攻撃するの」


 アムが「強くフォルテ」と唱えると『音叉爆弾』の輝きが増した。

 それを上空に放り投げると


『ちゅどーーん!』


 上空で間の抜けた声が鳴り響いた。


「でも~、今回は傷つけちゃだめだっていうから~、高音にしたの~」


「高音??」


「え~~っとねぇ~」


 次にアムは『音玉』を作った。そして玉が弾ける。


『ア!』


 非常に高音の『ア』が聞こえる。


「これを~高音にするとぉ~……」


 アムは再度『音叉爆弾』を作り、今度は『1オクターヴ高くアルト』と唱えた。

 そして再度玉が弾けると――


『ァッ!!!!』


 弾けるような音になった、僕とアイシャさんは耳を塞ぐ。

 ダンクさんは「そうだ……これだ」と呟く。

 でもさっきよりはマシだ。さっきのはもっと鼓膜に響くような感じだったし、抑えたのかな?


「へへへ~、高音にするとピューーンってなるんだよ~」


 アイシャさんはよくわらかないみたいだ。


「ぴゅーんかいな……。どういうこっちゃ?」


「ぴゅーんは、こ~……シューっとなるの~」


「しゅー?」


「ん~~しゅー!」


 噛み合わない二人の会話。僕は何となくわかったよ。

 一応通信会社で働いていたからね、音の仕組みにはそこそこ詳しいはずだし。


 音の高低大小を表すのは周波数だ。音は科学的には波だからね。

 波の大小で音の大きさが変わり、波の激しさで音の高低が決まる。


 恐らく、ハードスライムを倒したのは、超高音。つまり――


「ホイッスルボイスだな」


「ほ……ほいっする??」


「なあ~に~それ~?」


「僕の世界の歌手に、何人かホイッスルボイスを出せる人がいたんだ。

 すっごい高音というか、吹きすぎた笛みたいな音で歌う人達。それをホイッスルボイスって言ってたんだ」


「へえ~」「へ~」


 試しにやってみる。


「ァアー!! ぐへ、がほっがほ」


「ぷぷぷ~へたっぴ~」


「く、くそお」


 音痴ですからね。高音を出そうとするとすぐ裏返っちゃう。

 子供の頃はホイッスルボイスっぽい声だせた気がするんだけどなあ~。


「ま、まあ。ホイッスルボイスなら、貫くような音を出せると思うよ。

 スライムもほとんど損傷してないし」


「えへへ~、もうちょっと調整する~」


「せやな~、ダンクがぶっ倒れんぐらいに頼むで!」


「耳栓すれば大丈夫じゃない?」


「おお、ええな!」


 その後……ダンクさんは耳栓というか、手ごろな綿花みたいな草を耳に突っ込まれた。

 そしてハードスライムの動きを止める役を再度お願いした。


 アムは超高音『音玉』を作り、ハードスライムを狙い撃つ。

 効果は抜群で、ほぼ無傷のハードスライムジェルが手に入る。


 ただ……耳栓してもダンクさんに影響が無いわけではなく、ちょっと頭を抱えていた。

 そんなときはアイシャさんが愛の籠った回復魔法で癒す。


 いい感じでハードスライム狩りが出来た。8匹倒して今日の冒険はおしまい。


 大量かつ高品質のハードスライムジェルをゲットして街に帰るのであった。




――後日談―― 


「ねえねえ! あのスライム倒した魔法なんだけど、名前どうする~?」


「名前??」


「やっぱり名前は必須でしょ~♪」


 アムの子供っぽい提案。だけど……嫌いじゃないよ。名前は大事だ。

 お洒落な技の名前とか、難しい言葉の羅列された呪文とかワクワクする。


「いいよ~、どんなのがいいかな?」


「かっこいいのがいいー!」


「う~~む」


 和風にするか横文字にするか……。

 レーザーっぽいからサウンドレーザーとかかな。もうちょっとひねりたいね。

 和風っぽく『音玉・極きわみ』。ラーメンみたいだな。


「ん~、いっそなんかの曲名を取り入れてみようか」


「曲名~?」


「そうそう……例えば、美しき青きドナウ! みたいな」


「カッコイイー! けど意味わかんないよ~?」


「確かに……」


 関連性は欲しいところだな。高音……ホイッスルボイス……。あ。


「そうかホイッスルボイスだ!」


「にょ~?」


「ホイッスル! つまり笛だ!」


「にょにょにょ~?」


「笛が入った名曲といえば……『魔笛』だ!」


「おー! なんかカッコイイ!」


「魔笛のフランス語読みとかいいんじゃないかな!?」


「うんうん! なんて読むの?」


「知らない!」


「なんじゃそりゃーー!」


 てことで本屋さんに行く。調べてみると――


 魔笛【La Flûte enchantée】と書いてあった。


「ら、ふるーて……えんちゃんていぃー?」


「読めないよー」


 結局……笛はフルーテ、魔はディアボロにした。


 新魔法『魔笛ディアボロ・フルーテ』が完成した!



 ◆魔笛ディアボロ・フルーテの使用方法

 対スライムに絶大な効果

 人に使うと三半規管にダメージ



 ちなみになぜ異世界にフランス語辞典があったかというと。

 昔、フランス人のドロッパーが作ったらしい。


 決してご都合主義では無い。無いはずだ。無いに違いない。

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