第11話 大手通信会社社員、新商品の使われ方を聞く

とある町。


 1人の男が働いている。名前はオイヤーという。


「疲れたな~、オイヤー働くのもういやー。なんちゃって」


 オイヤーのつまらない鉄板ギャグが自宅を寒くした。

 自宅と言っても仮住まいだが。


「ふう」


 いつもなら愛しの妻が構ってくれる。だけど今は1人だ。

 最近子供が生まれた。目に入れても痛くない愛娘。だけど今は1人だ。


 オイヤーは急な人員配置でこの町にやってきた。

 流通の中継地点となるこの町でトラブルが続いており、トラブルシューティングの役割で派遣されている。

 期間限定な仕事ではあるものの、いつ終わるかわからない仕事である。


 オイヤーは有能である。上司は体制を立て直すには彼が適任だと判断し、辣腕を振るってもらうために配属されたわけだ。


 オイヤーは、本当は行きたくなかった。

 妻子ある身であり、子供は生まれて7カ月。手が離せない時期だ。


「特別ボーナスが出るとはいえ、さっさと終わらせて帰りたいな~。オイヤーつらいや~ってね」


 発泡酒片手に仕事終わりの労を労うオイヤー。

 仕事は順調であり、あと1カ月で終わらせたいと思っている。だが信頼されて任された以上中途半端に投げ出さないのがオイヤーである。


「そ、おいやー配達があったな」


 タルムン会長直々の贈り物が本日届いた。

 最重要品に近い扱いで、かなり大事に運ばれてきた。

 小さいながらも梱包されており、中身が予想出来ずオイヤーは開けるのを楽しみにしていた。


「オイヤー、ちょっとおそろしいやー」


 梱包と解くと、小さな箱と手紙が入っている。

 手紙には注意書きとして目立つように黄色の付箋が貼ってあった。


「こりゃ、重要書類用の付箋か……」


 仕事用の付箋だったので、オイヤーは少し襟を正した。何か仕事の依頼かもしれないと思ったのだ。

 オイヤーは手紙を読むことにした。


  ――オイヤーへ――

  タルムンです。

  お子さんが生まれ大変な時期に、派遣させたこと申し訳なく思ってます。

  早く帰れるようにこちらで出来ることは何でも言ってください。


(会長からこんな手紙貰うと嬉しいねぇ、オイラ……感激)


  頑張っているオイヤーに、今回はプレゼントを用意しました。

  同封された箱はありますか?


(そうそう、なんだろうこの箱?)


  少し扱い方が特殊なので、指示通りにしてください。

  準備はいいかな?


(おっと、緊張するな。オイラー汗たらたらー。え~っと何々)



  ①椅子に腰かけましょう


(随分……丁寧な指示だな~)


  ②箱の青い面を下にして机に置きましょう。そして赤い面をオイヤー君に向けてください

   ただし! 紙はまだ触らないように!


(ふーむ、触っちゃダメなのね。え~っと青、青。次は赤、赤っと)


  ③大事な時間です、お酒はいったん脇に置きましょう


(おっと、見られてる? あいやーこれはホラー)


  ④準備はいいですか? それでは白い紙を外しましょう


(はいはいっとね。これで指示は終わりかな)


 指示通りオイヤーは奇妙な箱から紙を引き抜いた。


(ん?)


『あ、あなた? 聞こえる??』


 オイヤーは目を丸くした。今一番聞きたい人の声が聞こえたから。


『えっと、タルムン会長がぜひメッセージを届けてあげて欲しいって言ってくれてね』


 喋る箱に驚きながらも、久しぶりに聞く最愛の人の声に集中した。


『えっとね、私もシャーリーも元気です。みんな良くしてくれるし』


(そうかそうか)


『私たちは大丈夫なので、あなたは目の前の仕事を頑張ってね! オイヤ~がんばれ~~』


『あぱ~ぱあ~~』


 短いメッセージは、愛娘に言葉にならない言葉で締めくくられた。

 オイヤーは目頭が少し熱くなり、興奮で周囲を見回した。そして奇妙な箱を舐めるように見つめ、振ったり回したりした。

 もちろんメッセージはそれで終わりだし、タルムンからの手紙にも何も書かれていなかった。


 でもそれで十分だった。


**


 それからオイヤーは2週間でソロモンシティに帰ってくることになる。

 2週間休み無しで働き、町での体制を完璧に仕上げ帰ってきたのだ。

 オイヤーはトラブルの原因を明確にし、仮にトラブルが発生してもどう対処すべきなのかを町で働く人たちに叩き込んだ。


 初めは戸惑った町のスタッフたちだが、わかりやすく理由と一緒に説明するオイヤー。

 何より彼の熱意が町のスタッフたちの意識を改革した。


 結果、非常に短期間でソロモンシティまで帰ってくることになった。


 もちろん、事務所に顔を出した後は、すぐさま我が家に帰るのであった。



****


 とある村。


 1人の年老いた老婆がいる。名前はイネスという。


 夫を亡くし、1人娘は出稼ぎにソロモンシティに出ている。

 自身も腰を痛め、満足に働くことは出来ない。娘の仕送りに頼っている。


 娘に迷惑をかけていることが辛く、溜息は老婆の家を蝕み、重い空気を作り出している。


(ハア……はよ死にたいねえ)


 老婆は日に日に動けなくなっていく自分を呪った。


**


 娘からは定期的に手紙が来る。

 だがイネスから返したことは無い。返したくても金がかかるから返せないのだ。


 村はソロモンシティから遠く、手紙を出すだけでも高額になる。

 返したくても返せない手紙。感謝と惨めさで毎度読むたびに、心に靄がかかるのだった。


「ばあさん、届けもんだ」


「いつもすまないねえ」


 いつもの手紙ではなく、小包が届いた。


「はて? 薬でも送ってきたのかね?」


 小包の封を解くと、ピンクの紙に包まれた箱と手紙が出てきた。


「なんだいこれは?」


 そしてピンクの紙にはこう書かれている。【先に手紙読んでね! 絶対!】


「ふん……」


 もしも注意書きが無ければ、イネスは箱を弄りまくっていただろう。

 普段イネスは説明書を読まない。注意書きも読まない。

 とにかく先に触ってしまう性分だ。


 それを見越して書いてきたのだろう。流石娘である。

 イネスは手紙を読むことにした。


「なになに?」


  ――お母さんへ――

  この手紙は最後まで読んでね! 読むまで箱には触らないこと!


(なんだいなんだい! 注意書きばっかりじゃないか!)


  なかなか帰れなくてごめんね。仕事は順調です。

  あと伝えたいことがあるので、一緒に入れた箱を説明通りに使ってみてください。


  ◆箱の使い方◆

  ①ピンクの紙をはずして、箱の青い面を地面に置いてください――



 イネスは素っ気ない娘の手紙に悪態をつきつつも、説明書通りに奇妙な箱を扱った。

 何度も書いてある【まだ、箱についてる紙には絶対触らないで!】という文言に「私をなんだとおもってるんだい」と何度も言い返した。


 やっと紙を引っ張っていいと許可が出たとき、「やっとかい」と呟いた。



『あ、お母さん? 聞こえる?』


「ま、マヤ!?」


 いるはずのない娘の声を聞き玄関を見た。声は箱から聞こえてくることに気づかず、帰ってきたと思ったのだ。


『忙しくてなかなか帰れなくてごめんね』


「この箱が喋ってるのかい?」


 イネスは手紙の中で、【乱暴に扱わないこと】と何度も注意されており、奇妙な箱を叩きたかったが叩けなかった。

 仕方がないので、耳を近づけることにした。


『もうちょっとしたら帰るから! あと……その~~」


 モゴモゴするマヤ。


『え!!? 時間制限!? やばいどうしよう! えっとね、その~~~~』


「なんだい、そそっかしい箱だね」


 変わらぬ娘にイネスは安心した。


『私、結婚することにしたの!』


「――は?」


 イネスは急な展開に下唇が弛緩した。


『医療所の先生でね、いい人なんだ。今度連れてくね! それから……え!? もう終わり!? やばいやばい!』


 変わらぬ娘にイネスは呆れた。


『まあ! 元気でね! バイバ――』


 音が途切れた。

 イネスは喋らなくなった箱を3分ほど見つめた。

 そして手に取り軽く叩く。音がもう1度鳴らないか試してみた。

 残念だが1回こっきりである。


「結婚ねえ……」


 イネスは唐突な発表に困惑したが、娘が結婚することを噛みしめた。

 そして旦那を連れてくることを思い出した。


「……落ち込んでる場合じゃないねえ」


 イネスは立ち上がり、家の空気を入れ替えた。

 家に蔓延していた、溜息という瘴気はすぐに晴れた。


**


 後日、娘は旦那となる男を連れて村までやってくる。


 幸運なことに、旦那は【整体】Lv4のスキルを持っていた。

 イネスはじっくり時間をかけて腰を治してもらい、ついでに全身の歪みを治してもらうことになる。


 嘘のように健康になったイネスは、末永く健康に暮らしましたとさ。

 めでたしめでたし。




**デン視点**



 とある村。

 とある町。

 とある島。


 とある場所の、大切な人たち。

 願わず離れ離れに暮らすことがある。



 手紙も良い。思っていることを事細かに記載できる。でも文字では伝わらないこともある。


 行くのも良い。会うのが一番だ。だけど頻繁にいけないことも間々ある。


 『メッセージボックス』。伝えれる時間は短い。

 だけど、声だから伝わる事もあるよね。


 タルムンおじいさんに買ってもらった10個の『メッセージボックス』。

 10通りの形でメッセージが大切な人に伝わったと思う。


 後日談を聞くと、心が温かくなった。


**


 タルムンおじいさんは、卵焼きバーガーを買いに来る。

 いつもより顔は晴れやかになった気がする。


「こんにちは」


「あ、タムちゃん。いらっしゃ~い」


 いつもの席に座り、アムと一緒に卵焼きバーガー待つ。


「アムちゃん。聞いてほしいのね。ウチにオイヤーっていう男がいてねえ」


「ふんふん」


「ちょっと遠くの町に派遣してたんだけどねえ、最近戻ってきたんだよ。それでねえ~――」


 タルムンおじいさんは社員の話を嬉しそうにするようになった。

 アムは楽しそうにその話を聞く。

 僕はせっせとランチの準備。


 ちょっと幸せな雰囲気のお店になった。

 そんな気がする。なんとなくそんな気がするんだ。

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