第4話 大手通信会社社員、アムドゥスキアスを餌付けする
突然現れた女性は、なんとか上体を起こした。腕が筋肉痛のように震えている。
非常に憔悴したように見える。
顔を見た瞬間ドキっとした。
髪は肩にかかる金髪で縦ロール、紫のアイシャドウと盛り過ぎなつけまつげ。
よく知らないけど、小悪魔系なメイクだ。
そしてちょこんと一角獣の角が生えていた。
服装は一言で言うと黒のビキニアーマーだ。違うなビキニ風の服かな? SM女王様が着てそうだ。
エナメルちっくな黒光りする素材で、隠すべきところは隠しているが、隠したほうがいいところは全て露出してある。
非常にエロティックな格好である。
そして、先端がハート型の尻尾が生えていた。
肩で息してて、かなり衰弱してるみたい。焦点も合っていないし。
「だ、大丈夫ですか?」
声をかけてみたが、僕をなかなか見つけれない様子だ。
目を細めたり擦ったりして焦点を合わせようとしている。
数秒かけてやっと僕を認識してくれた。
「あ、あ」
「――え、ええと」
「あ、あなたが……」
少し汗ばんだ体、潤んだ瞳、艶めかしい唇。
何か起こるんじゃないかと期待してしまう。
「は、はい」
「チョ~音痴なお兄さんね!」
――なんかすごいイラっとした。
「ウケる! 音痴すぎてなんとか着地・・できたし~」
「な、な、なんなんだよ。君は誰なんだ?」
「アタシ~? アタシはアムドゥスキアス。アムって呼んでね」
「あ、僕は加藤 伝。って自己紹介じゃなくて――」
アムドゥスキアスさんはギャルっぽくピースしたけど、力が入らないみたいだ。
そして頭を抱えだした。
「待って待って、悪いんだけど~何か食べ物ちょーだい」
「は?」
「もう、お腹すきすぎて消滅しちゃいそうなの~! タ、タシュケテ~」
ふにゃにゃになっちゃった。本当にしんどそうだ。目がぴくぴくしている。
「消滅って……君は、やっぱり悪魔なの?」
「そうだよ~、てかはやく食べもの~」
「やだよ! 悪魔って人間に悪いことするんだろ? 怖いじゃないか!」
「だ、大丈夫、マジ何もしないからぁ」
力なく左手をひらひらさせた。
「し、信じれないよ! 大体ギャルって苦手なんだよ」
「ギャルじゃねぇし! じゃ『契約』しよ! 『契約』すれば安全!
てか何されても逆らえないからエロいこともし放題だよ!」
ブラの紐を少し横にずらした。エロさ増し増しだ。
「そ、そ、そ、そんなことしないし」
「手取り足取り教えてあげるから~、と、とにかく契約とご飯を。ホントに逝っちゃう」
髪の毛が金髪から白髪に変わってきている。ちょっと可哀想になった。
「わ、わかったよ。ほら」
「え、マジ? 契約してないけどぉ」
人差し指を咥えて、上目使いでこちらを見てくる。
「いいよ、そんなの」
僕は直視できないので、オークジャーキーとパンを皿に入れて渡した。
アムは一心不乱に食べ続ける。
「マジウマ! 下等モンスターの癖に美味しすぎ~!」
「はぁ、待ってな。なんか適当に作るよ」
当店の人気メニュー『ハンバーガー』、『BLT』、『卵焼きバーガー』を作った。
作ったら作った分だけすべて平らげていく。
「お兄さんマジ神!」
「はは、悪魔のセリフじゃないね」
なんか憎めないし、美味しそうに食べるので張り切って料理した。
食えば食うほど髪は輝きを取り戻した。
食いっぷりがよすぎて店の食材全部使っちゃったよ……。
「プハ~! 満足ぅ!」
「よし、それじゃそろそろ説明を」
「ん~、寝る~」
アムはそのまま眠った。っておいー!
怒りたいけど気持ちよさそうに寝てたので気が抜けてしまった。
店のど真ん中に布団を引いて寝かしつけた。
僕も疲れたな……寝よう。
****
2階はベッドルームと第2倉庫になっている。
転移前はずっとマンション暮らしだった。憧れだった1軒家暮らしが転移によって達成できたのは皮肉なものである。
朝の日差しが僕を揺り起した。
「んん~、ちょっと寝すぎたかな」
「ソウデスヨ~」
「そうですね~……っは!?」
床に体育座りしているアムがいた。
「い、いつのまに」
「アタシ短眠なんで、3時間しか寝ないし~」
「そうなのか、ってなんで部屋に入ってるんだよ」
「暇だったし。てゆーか、放置して寝るなんてありえないんですけどぉ」
左頬を膨らませた。朝からドキドキした。
「えええ?」
「こんな可愛い小悪魔が無防備に寝てたのに襲ってこないなんて、お兄さんホモですか~?」
「だ、誰がホモだ! いきなり、お、襲ったり……。 じゅ、順序ってもんがあるでしょ!」
ちょっと想像して顔が熱くなってしまった。
僕は童貞じゃないけど、ワンナイトラブ? 的なのは経験ないから。
「ウケル~てか古風~? まいっか。あ、契約しておいたから~」
「契約?」
「契約」
「なんの?」
「主従契約」
「な、なんで僕しもべにならないといけないんだ!」
「ぷふー、お兄さんウケる~。僕しもべはワタシだし~。昨日約束したじゃん」
確かにした気がするな。ご飯食べさせた時に。
「い、いや、した気がするけど、逃げたらよかったのに」
「ま~そうだけどぉ~、行くところもないし~」
「そもそも君はなんでうちの店に来たの?」
「もう~、君じゃなくてアムだよー」
アムは少し顔を膨らませた。
「ああ、ご、ごめん」
「お腹すいたし~、ご飯食べながら話そ~よ~」
またお腹すいたのか……当店の食料を全て食べ尽くしたのに。
「そ、そうだね。カフェでも行こうか」
「は~い」
「じゃあ1階で待ってて」
急いで身支度をして、1階に駆け下りた。
「えーっと、ア、アム」
「なに~?」
「そのカッコで行く気?」
アムは自分の服装を見渡してた。
そしてホットパンツのベルト部分を引き上げて、尻尾をピンとさせた。
「ダメ?」
「ダメです」
「え~可愛いのにー!」
捕まります、確実に。捕まるよね??
「これでも着なよ」
土色の防寒用ローブを渡した。
「ダッサ! 無理!」
あからさまに苦い顔で拒否された。触るのさえ嫌そうだ。
「ここにオシャレな服なんてないよ……」
「も~! しっかりしてよね~! まったく!」
渋々ローブを着てくれた。
「あ、これもいい~?」
収納ポケットが複数付いたベルトを手に取った。
腰回りでキュっと締めて、ボディラインをアピールする。
長く伸びた脚は惜し気もなく出した。
土色のローブに黒いブーツがなかなか決まっている。
オシャレな人はなんでもオシャレにしてしまうものだ。
「あ、足はもう少し隠したほうがいいんじゃないかな?」
「なんで~?」
「いや、そのー」
目のやり場に困るからだよ。
お店は臨時休業にして、カフェに向かうことにした。
**
アムを連れて街を歩く。予想以上に視線を感じる。
ちなみに街には異世界らしく色々なタイプの人がいる。
熊っぽい人、ウサギっぽい人、ドワーフっぽい人など多種多様だ。
角が生えてる人も少なからずいる。
しかしアムは奇抜すぎた。
角が生え、尻尾が生え、ギャルメイクで、足を出し過ぎている。
そして隣には冴えない僕。
ザワザワしてる気もするので、さっさと馴染みのカフェに入ることにした。
**
『喫茶ササクレ』は店の近くにあり落ち着いた雰囲気のカフェだ。
キッチンを旦那さん、ウェイトレスを奥さんがやっている。
昔はよく来てたのだが、節約を始めてから足が遠くなっていた。
「いらしゃいませー」
「お久しぶりです」
「あらー、デンさん! とお連れの方?」
「アムでーす☆」
キラ☆っとしないでよ……。戸惑ってるじゃないか。
「は、はは。あ、モーニング2つお願いします」
「ありがとうございます。コーヒーでいいですか?」
「ミルクたっーぷりで!」
満面の笑みのアム。
「ふふ、可愛い子ねぇ!」
「褒められた~いえ~い」
「は、ははは」
注文を済ませて、逃げるように奥の席に座った。
「あ、あんまり目立たないでよ」
「え~、普通だし~」
髪の毛をクルクルしてる姿はまさにマドクルナドにいるギャルそのものだ。
アムはモーニングをおかわりして満足顔だ。
「満足した?」
「うん、チョー美味しい」
アムは食べ方は綺麗だし、凄く美味しそうに食べる。
奢り甲斐があるタイプだな~。
さて、そろそろ事のあらましを説明してもらおうじゃないか。
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