第3話 大手通信会社社員、歌から物語が始まる
上納金と家賃を持って、ドルゴ商店本店まで仕入れに向かう。
朝の6時過ぎに出発し7時に到着する予定だ。いつも通りである。
だが、街はすこし騒がしかった。何か事件があったらしい。
気にはなったものの、速足でドルゴ商店に向かった。
**
「おはようございます」
ドルゴさんは新聞を読んで、渋い顔をしている。
「どうされたんですか?」
「どうもこうもねーよ! 知らねーのか!?」
ドルゴさんは僕めがけて乱暴に新聞を投げた。
「わっぷ、な、なんだろ」
1面のニュースを読んだ。なになに――
――ソロモンシティ近くに、モンスタースポーン見つかる――
ソロモンシティ管理局は、ソロモンシティ南西にモンスタースポーンが発見されたことを発表した。
調査隊の発表では、非常に規模が大きく、すぐさま討伐隊を編成する必要があるとのことです。
「へ~、なんですか? 『モンスタースポーン』って」
「バカかおまえ。そんなことも知らねぇのか!」
「す、すいません」
やれやれといった感じだが、説明してくれるみたいだ。
ドルゴさんは、知識をひけらかすのが好きだからな。
「『モンスタースポーン』は魔物製造機とも呼ばれてる。
『モンスタースポーン』がある限り際限なく魔物が現れるって代物だ」
「や、やばいじゃないですか!」
「だーから、頭抱えてるんじゃねぇか! 過去にはスポーンのせいで廃墟になった町もある。
制圧するにしたって、1年ぐらいかかるっていうしよ」
「そ、そんなに」
結構大変なニュースだったんだな。
「そのせいで税金も増えるってんだから困ったもんだぜ!」
「税金……?」
「利益の10%だとよ、やってられねぇぜ! 仕入れ金額も10%上げるからな!」
「ね、値上げは困りますよ!」
これ以上切り詰めるところが無い状態なのはこの前確認した。
値上げは死刑宣告に等しい。僕は悲壮感MAXで抵抗する。
「知らねえよ! 文句があるなら管理局に言え!」
「そ、そんな」
僕は呆然として肩を落とした。
「朝から湿気たツラしてんじゃねぇよ! テメェなんてドロッパー支援金目的で雇ったんだ。
文句があるなら辞めたってかまわねぇんだぜ!」
いつも以上に機嫌が悪いドルゴさんは、本音を漏らした。
まぁ、わかっていたことだけどね。
ここで、安易に辞めると言えたらどんなに幸せだろう。
辞めたくても辞めれない自分に歯ぎしりした。
結局僕は、何も言わずいつも通り仕入れさせてもらい、上納金と家賃を払ってドルゴ商店を後にした。
**
足取りは重く、背負った荷物も重い。でも落ち込んでもいられない。
自営業ってのはあれだね、メンタル管理が重要って気付いたよ。
僕の店は、なんでも屋ってところなんだけど、ニーズに合ったものを置かないと売れない。
メインは日用品と保存が可能な食料品で、冒険者ギルドが近くにあるので武器や防具も少し置いてある。
そして僕の店舗の強みは、倉庫スペースが比較的大きく、在庫を多めに持てる事だ。
その点を活かして1度リクエストがあったものは、基本的にストックしてある。
だから倉庫はかなりゴチャゴチャしている。整頓に手が回っていないってのは言い訳かな。
午前はお客も少ない。その時間を活かしてランチもやっている。
冒険者のお客さんに、「手軽に食べれるものが欲しい」っていうリクエストがあったのでそれからランチも始めた。
ま、ランチといってもハンバーガー風サンドなんだけどね。
仕入れた丸パンに、具材とソースを挟むだけ。
それでも持ち運び便利でそこそこ美味しいから、ちょっとだけ人気メニューになった。
種類は3つ、『ハンバーガー』と『BLTバーガー』と『卵焼きバーガー』だ。
ハンバーガーとBLTはご想像通りだけど、卵焼きバーガーは冒険者の方とは別にリクエストがあって作った。
リクエストをくれた方がそろそろ買いに来るころだ。
**
「お邪魔するのね」
お昼前の比較的空いてる時間にやってきた。
「タルムンおじいさん、いらっしゃい」
「ほっほっほ、今日も元気がいいのね」
タルムンおじいさんは白髪の老紳士で、白いひげがトレードマークだ。背が小さく可愛らしい感じだ。
当店のお得意様です。といっても、卵焼きバーガー以外買わない。たまにハンバーガーをお土産に買っていくぐらいだ。
「今日も1つ貰えるかね」
「ありがとうございます!」
カウンターから出て、出来たての卵焼きバーガーをお渡しする。
「ほっほ、いつもすまんのね」
店の中には、テーブル1つと椅子2つが置いてある。待ち時間があれば座ってもらうために置いた。
週に数回、タルムンおじいさんはそこに座って卵焼きバーガーを食べていく。
「今日も美味しいのね」
「ありがとうございます、そういえばモンスタースポーンが見つかったらしいですね」
店の陳列棚を整頓しつつ、タルムンおじいさんに話しかけた。
「う~む、困ったことなのね」
「タルムン商店も打撃あるんじゃないですか?」
「――まぁねぇ。でも息子に任せているから……」
「なら安心ですね」
「そうだといいんだけどねえ……」
タルムンおじいさんはタルムン商店の創業者だ。
馬車の機動力を活かした交易で、一代で大きな商店を築いた。
だが、最近は歳のせいか腰が悪くなり、杖なしでは歩けなくなっている。
だから実務はご子息に任せ、一線からは退いている。
「デンちゃんも大変なんじゃないの?」
「はは、仕入れ値上げされちゃいましたよ」
「そうなのねえ……でも働けるのって幸せなことなのね」
タルムンおじいさんは、最近とても寂しそうだ。働くことが生き甲斐だったのだろう。
なんとかしてあげたいな~と、少し寂しい気持ちになる。
僕はタルムンおじいさんから出来るだけ話を聞くようにしている。
現役を退いたとはいえ大商人ですからね。ヒントがいっぱいだよ。
店に人が増えだすと、いつのまにかいなくなってる。そんなタルムンおじいさんだ。
****
モンスタースポーンニュースから半月。
モンスタースポーンのおかげで良かったことがある。
冒険者ギルドが近いので、冒険者のお客さんが増え売り上げ自体は伸びた。
「ここなら冒険者ギルドが近いからねぇ、仲良くしといたほうがいいよねぇ」ってアドバイス通りやった甲斐があったよ。タルムンおじいさん様様です。
武器と医療品がかなり好調だ。
あとは週に1度、ギルドに出向きハンバーガーを売っていいことになった。
最近ギルドに許可を貰ったのだ。地道な努力が実を結んだのが嬉しかったなあ。
**
夜の8時を過ぎたので、店を閉め収支を確認することにする。
こういう時にExcelがあれば簡単なのにと思う。
手書きで収支を計算するのは大変だ。貸方借方とか昔習ったなあと思いつつ計算していく。
ひと段落したところで、帳簿を見る。
「やはり……厳しいな」
売り上げは好調なんだけど収支としてはほぼトントン。
何かあればすぐに借金地獄に突入する。
やはりダンジョンに行くしかないのか……。
「ふう」
一旦現実から目を背けることにする。
仕組みはわからないけど、魔石をはめ込むと起動する冷蔵庫。
キンキン! とまではいかないが冷えた発泡酒を2本取り出す。
今日は月に1度の発泡酒の日。ツマミにはオークジャーキー。
「それじゃ~かんぱ~い」
1人乾杯が店内に木霊する。
グラスに注いだ発泡酒を一気飲みする。
「ぶは~~うまい」
転移するまでは酒は好きじゃなかった。
しかしこっちに来てからというものストレスが多いからかお酒が妙に美味い。
毎日ビールが飲みたいところだが、節約で月1発泡酒と決めた。
オークジャーキーという、よくわからない肉を齧りながら1人酒盛りは続く。
酒は2階の寝室で飲むより、店の1階で飲むほうが好きだ。
開放感があるからね。後は少しの背徳感。
カウンターに並べた晩酌セットはいい感じで減っていく。
今日はやけに気分がいい。歌でも歌うことにした。
カラオケが苦手で高音のパートは必ずと言っていいほど声が裏返る。
異世界転移前は好きな曲じゃなく歌いやすい曲を歌ってきた。
でも今は1人だ。いつもは歌わないあの曲にしよう。
それでは聴いてください『GGyaaaaN』で『フシギ』。
「ふんふ~ふふ~ん、 あたし~♪――」
いつもより上手く歌い出だせた気がする。まぁサビが高音で難しいんだよな~。
歌詞を噛みしめつつ歌う。『フシギ』ってのは異世界転移した僕にピッタリの曲だよ。
誰も見てないので熱唱する。そろそろサビだ。どうせ高音は外す。裏返る。
それでも男には歌わねばならぬ時があるものだよ!
「――君に~巡り合った、それってフシギー♪」
サビに突入するその時、店内に違和感が。
「んん?」
店内の入り口からすぐのところに紫色に光る魔法陣が現れた。
ほどなくして、打ち上げ花火が上がる前の消え入るような音が聞こえる。そして追いかけるように爆発音と共に魔法陣から白煙が上がった。
「うええ!?」
店内は白煙に包まれる。確認できる範囲では店や商品に損傷は無さそうだ。
僕は身構えて、念のため護身用のナイフを持った。
白煙の中から人影が見える。
「やっとでれた~!」
歓喜の声が聞こえ、白煙が収まり中から現れたのは、女性だった。
ユニコーンのような角が生えた女性が倒れていた。
本当に『フシギ』と巡り合ってしまった。
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