第2話 大手通信会社社員、3年の異世界生活を振り返る

大したことないスキルと判明し、鑑定士のアカネさんは少し申し訳なさそうにしていた。

 それが逆に辛かったなあ。


 ちなみにこの世界の人達は、全ての人がスキルを持っているわけではない。

 だからスキルがあるだけマシなのだ。


 だけどドロッパーの場合、有能スキルが無いと社会的価値が低い。

 社会常識も無ければ、異世界で役立つ技能を修練してきた経験も無いからだ。


 勿論、こっちの世界で役立つ現代知識や、技術でもあれば別なんだろうけど、僕には無かった。

 パソコンの無い世界にSEなんて毛ほども役に立たないし。


 ぶっちゃけ仕事にありつけないかもしれない厳しい状況だったわけだ。

 この時はそこまで考えて無かったけどさ。


**


 鑑定屋を出ると、もみくちゃになった。


「スキルはなんだったんだ!」「魔法系か? 武芸系か?」


 みんなが僕のスキルに注目していた。なぜか恥ずかしい気持ちになった。


「えっとな……」


 タナカさんは言いづらそうだった。なんか申し訳無い気分。


「いいですよ、言ってください」


「いいのかい?」


「しょうがないですから」


「――わかった」


 タナカさんは皆を制した。


「ゴホン、彼のスキルは――」


 皆息を飲んだ。期待が膨らむ。


「【武芸】Lv1と【収納】Lv2だそうだ!」


 20人以上の熱気ある集団は、一気に熱が冷めてしまった。

 あるものは嘲笑と共に去っていき、あるものは驚き再度内容を確認した。

 そして5分も経過すると、誰もいなくなっていた。

 ――ドルゴさん以外は。


**


「っけ、みんな冷てえな!」


「ああ、ドルゴさんじゃないか、お久しぶりです」


 タナカさんの顔見知りのようだ。


「おうおう、可哀想に。コッチに来たばっかりなのにな!」


「デン君。こちらはドルゴ商店の店主ドルゴさんだよ」


「こ、こんにちは」


「おう!」


 この時、ドルゴさんは非常に好意的に見えた。

 体は190センチ近くあり、黒髪短髪、顎髭を蓄え、お腹は結構出ている。

 威圧感があり山賊みたいな男性だけど、僕の身の上を理解してくれた。

 たった1人の理解者のように感じた。


「結局、こいつはどうなるんだ?」


「ふむ、スカウトがないなら地道に職を探すしかないな」


「まぁ~~そのスキルじゃ碌な仕事は無いだろうな、ガハハ!」


「い、いやいや、ドルゴさん」


 タナカさんの焦りは、ドルゴさんの言う通り碌な仕事が無いことを教えてくれた。

 僕はどんどん打ちひしがれていった。


「ふ~む。良かったらよ、俺んところで働くか?」


 この時の僕に、親身な表情と語りかけるような口調は効果抜群だった。

 まさに一筋の光明に感じたよ。――この時は。


「む、いいのかいドルゴさん?」


「ちょうど空いた店舗があってよ。その店で店主として働いてもらうってのはどうだ?

 ただし、まぁ言いにくいんだけどよ……」


 ドルゴさんは難しそうな顔をした。違うな、難しそうなフリをした。


「店舗整備とかに金がかかるからな。ドロッパーを支援する金を7割くれるならって条件になるがな」


「7割はちと多くないですか? ドルゴさん」


「んなことね~ぜ。店主ってことはよ、そこで住むこともできる。宿代も浮くじゃねぇか。

 仕事と家を提供してやって7割なら悪くねぇだろ」


 確かに理にかなっている気がした。

 スキルの件で打ちひしがれていた僕は、この提案が素晴らしい提案だと思いたかった。


「う~む」


「っま、嫌ならいいぜ! 俺はどっちでもいいんだし」


「お、お願いします!」


 僕は路頭に迷うのが怖かった。だからドルゴさんの提案を受けることにした。



****



 異世界1年目。

 仕事は大変だけどそれなりに楽しかった。

 仕事内容は、街の1等地にあるドルゴ商店まで商品を仕入れにいき、自分が担当する支店で売るって感じだ。

 ドルゴ商店は、日用品、食料品、装飾品、武器関係など様々なものが手に入る。

 仕入れるものは自分で決めていいとのことだった。


 僕の店舗は街の東端だった。

 初めて自分の店舗に行ったときに、「ちょっと遠い店なんだが、いいところが空いたらそっちの店主にするからな。少しの間辛抱してくれ!」ってドルゴさんに言われた。

 3年経過したけど店舗が変わる話は一向に無い。まぁ、変える気なんてないんだろう。 


 販売なんてやったことないけど真面目に働いた。

 普通に生活出来るぐらいの売り上げだったし、管理局からドロッパー支援金も貰えた。

 浪費はしないけど、軽くお酒を飲んだり遊ぶお金はあった。


 この頃はドルゴさんも優しかった。


**


 異世界2年目。

 ドロッパー支援金が終わった。そしてドルゴさんが少し厳しくなった。


「デン! もう2年目なんだ。もっと頑張って稼げよ!」


 売り上げのノルマが課せられた。結構エグイ額だったので休みを削って働くことになった。


 ダンジョンでモンスターを倒して戦利品を売ることも試してみた。

 ダンジョン攻略なんて異世界っぽいし、元手無しで売り物が手に入ることに魅力を感じた。


 結果はボロボロだった。

 【武芸】スキルLv1のおかげで、思った以上に剣を上手く扱えた。

 だけど戦った事なんてない僕には、スライムを倒すので精一杯だった。

 森の中ではぐれスライムに殺されかけたこともある。


 正直何回か泣いた。

 もう母さんに会えないことで泣いた。

 せっかく勉強を頑張って大手企業に勤めてたのに、異世界に来てゼロからスタートになってしまったことや、その上、碌なスキルでは無い不憫さに泣いた。

 友達なんてほとんどいなかったけど、本当に1人ぼっちになってしまったことで泣いた。


 でも泣いても誰も助けてくれない。構ってくれない。

 そんな現実に直面して、なんとか頑張ろうと努力した。

 自転車操業だったけど、赤字を出さずに2年目を終えた時には達成感があった。


**


 異世界3年目。

 売上ノルマに加えて、上納金が必要になった。


「ドルゴ商店の看板を使ってるんだ、上納金なんて当たり前だろ! ガハハ」


 ヤクザな商売だと思った。初めて会った時の頼りがいのあるドルゴさんはもういなかった。


 ノルマに追われ、休みを削り、朝から晩まで働くのが異世界3年目の僕の姿だった。

 あれ……なんで異世界に来てブラック企業勤めみたいになっているんだろう?


 しみじみ。


**


 異世界近況。


 さて、この街の紹介を少ししようかな。

 転移された街は『ソロモンシティ』といい、かなり活気がある街だ。


 複数のダンジョンが街からそれほど遠くないところにあり、ダンジョンで生計を立てている冒険者で溢れている。


 1度ドルゴさんに、ダンジョンモンスターからドロップしたマジックアイテムを見せてもらった。

 マジックアイテムはかなりレアで固有のスキルが付与されているらしい。


「っま、お前には手が届かねぇ代物だけどな!」


 いつもの嫌味を聞き流しつつ、値段を見ると確かにとんでもない値段だった。

 ドルゴさんは僕を驚かそうと思って見せたんだろうけど、驚きはしなかったな。

 まさにRPGだな~って思った。


 また、ほかの街との交易も盛んだ。つまり色々な品が流れ込んでくる。

 特に食品は豊富だ。ほとんどなんでも手に入った。

 肉、魚、野菜はもちろん、米、味噌、醤油など日本人には嬉しい材料もあった。

 ちなみに肉に関しては牛豚に加えてオークやコカトリスなど、ゲームでは馴染み深いモンスターの肉も食べるみたいだ。


 ちなみに最近は、ケーキ屋が人気らしい。マカロンブームと聞いて耳を疑ったよ。


 色々なブームの火付け役はドロッパーとのことだ。

 味噌、醤油なんてのは大手食品メーカー勤務の男が広めたらしい。

 ケーキ屋はもちろんパティシエ。

 娯楽に関しては、大手オモチャメーカーBANZAI勤務だった男がかなり尽力したみたいだ。

 僕もたまにカジノに行って遊んだりするが、今ブームなのは『カタソタソ』と『カソソソンヌ』というボードゲームだ。

 他にもチェスや、物ッポリーとかもあるし娯楽には困らない。


 僕のイメージしていた異世界ってのは、もっと牧歌的でなんというか娯楽の少ないイメージだったんだけどな……。

 この異世界(他にあるのか知らないけど)はダンジョンや、魔法、スキルっていった異世界要素と、ドロッパー達の先進的な思考が良い感じで混ざり合ってかなり楽しい異世界ってのが僕の感想かな。


 ま、楽しむには金が要る。しがない商売人の僕は汗水たらして働くしかないってことですよ。トホホ。


 過去の振り返りはここまでにしよう。



**** 


 20時になったので店を閉めることにした。

 商売自体はかなり調子がいい。3年間真面目にやってきたからね。

 お得意さんも多いし、お客さんの意見を取り入れて需要に合ったものを仕入れるようにしている。


 他の店ってのは専門点が多い。肉は肉、武器は武器屋って感じだ。

 僕の店はコンビニをイメージしている。ご来店いただければそこそこ揃うってのがウリだ。


 今日は締日だったので売り上げの計算をする。


「売り上げは好調なんだけどな~、上納金がきついよな~」


 正直ドルゴ商店はかなりブラックだ。

 絞れるところは全て絞ってくる。何度か転職しようと考えたけど貯金がなく、今の仕事を辞めるわけにはいかない。ズブズブはまっていく感じだ。


 まあ、それでも拾ってくれた恩も感じてはいるんだけどさ。


 しかし……切り詰めるのはもう限界だ。最近はビールはもちろん、発泡酒もやめた。

 ……月に1回だけにしている。


 1年前に行って最後なんだけど、ダンジョンに行くことも考えている。

 1人で行くのは無謀なのだが、僕のスキルでは誰もパーティーに入れてくれない。

 ダンジョン入口付近でスライム退治に全力を尽くすことになるだろう。

 ただ、これは最後の手段にしたい。死の危険があるからだ。


 八方塞がりなんだけど、なんとかやっていけてるのは、商売自体は楽しいおかげだ。

 頑張った分だけ返ってくる感じが面白い。


 エンジニアも好きだったけど、ダイレクトに結果がわかる商売は気持ちよかった。


 かなり頑張ればなんとかなるのがドルゴさんの上手いところだ。

 絶妙の絞り具合なんだよね~……。



 だけど……、数日後僕は更に追いつめられることになる。

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