僕は異世界のアレクサンダー! (ソッチのアレクサンダーかよー!)

森たん

第1話 大手通信会社社員、急に異世界転移する

「おい! デン! 早くしろ!」


「は、はい。すぐやります!」


「ドロッパーの癖に役立たずだぜ」


 朝一、ドルゴさんの店まで仕入れにやってきた。

 【収納】スキルを使い、かさ張りそうなものを収納スペースに入れ、軽いものや詰めやすいものは風呂敷に詰め込んだ。


「せめて【収納】スキルのレベルが4でもあれば全部入るのにな! 本当に無能だぜ」


「す、すいません」


 急いで荷造りして倉庫から出る。


「あ、これは今月分です」

「ああ」


 ドルゴさんは今月分の家賃と上納金、そして仕入れ料金が入った封筒を乱暴に奪い取った。


「っけ、しけてるな。ドルゴ商店の看板背負ってるんだ、もっと稼げよバカ」


「……がんばります」


 僕は逃げるようにドルゴ商店から出た。



「早く戻らないとな」


 ドルゴ商店から自分の店までは遠い。荷物を背負いながらだと40分ぐらいはかかる。

 そもそもそんな不便な場所に店を構えたのは、約3年前。

 僕はドルゴさんの掌で見事に転がされたのだ。



**3年前**


 僕は大手通信会社『KDDDD』の社員で、入社3年目の25歳の時だった。

 仕事帰りにスマホを落としたので拾うと……


「あれ? どこだここ」


 なんの前触れもなく目の前の世界がガラッと変わった。手の中にはスマホではなく石が。

 東京の無機質な世界から中世っぽい街並みが広がる光景に。

 地面はコンクリートから土に変わり、建物はビルから木造の建物がメインに。

 建物は高くても3階で、所々露店が広がる様子は、RPGっぽい街だなって思ったよ。


 そして周りはザワザワしていた。

 この時、僕は状況を理解できていなかった。異世界に転移したことに。


「おい! 『ドロッパー』だ! 管理局のやつを呼べ!」


 サル顔ぽい男性、いや人間にしてはサル要素が強すぎる猿人が叫んだ。

 あとで聞いたが、『ドロッパー』ってのは異世界転移してきた人間のことらしい。


「にいちゃんちょっと待ってな! 詳しいやつがくるからよ!」


「は、はい」


 どうして僕が異世界転移ドロッパーだとわかったのか疑問に思ったが、すぐにわかった。スーツ着ていたからだね。


 ザワザワの中待つこと5分。


「どいてどいて!」


 群衆をかき分けて、現れたのはプクプク太ったおばちゃんだった。


「あんたがドロッパーの子やね! あ、『イセカイテンイ』って言えばわかる~?」


 関西弁で返そうかと思ったけどやめた。


「そうですね、転移……なんですね?」


「せやねん! ドロッパー言うねんけど、年に1人ぐらいおるんよ~」


「そ、そうなんだ」


 異世界転移者ってもっと特別なことだと思ってたけど、この世界ではそうでもないみたい。

 ちょっとだけ……世界を救うために召喚された勇者ルートを期待してた。まあ懐かしい思い出だね。


「詳しいこと、管理局で話すからついてきてくれる~?」


「わ、わかりました」


「ほな、いこか!」


 管理局は『市役所』みたいなものらしい。

 20年以上前に異世界転移してきた人が居るとのことで、その人と話をすることになった。


****


「こんにちは、私はタナカコウイチ。異世界21年目で44歳だ」


「あ、加藤カトウ 伝デンと言います」


「デン君ね」


 タナカさんは口ひげを蓄え、白髪が目立つけどダンディなおじさんだった。

 この世界に関して色々教えてくれた。



 要約すると、現世には戻れないからこっちで頑張るしかないってこと。

 そして管理局が1年間は手厚くフォローするから、2年目以降に向けて準備してほしいとの事だった。


 しかしタナカさんの存在はありがたかったなあ。

 もしも先輩異世界転移ドロッパーのタナカさんがいなかったら僕はパニックになってたと思う。

 いきなり異世界に放り出されて、路頭に迷って飢え死にってのもありえただろうし。


 1人ぼっちの異世界転移じゃなくて本当に良かった。


 さて話を戻そう。


「――つまり、働けってことですよね」


「そうだね、適正やスキルにあった仕事を1年目で見つけてほしい、ちなみに仕事は何をしてたんだい?」


「通信会社でSEしてました」


 タナカさんはSEが何か知らなかったので、説明すると驚いていたなあ。


「パソコンのプロだなんてすごいな!」


「いえ……いっぱいいますよ」


「俺の頃はパソコンなんて極々一部が使ってたからな~」


 20年前だと『ウィンドー95』の頃だな。


「これはスキルも期待できるな」


「スキル?」


「ああ、異世界では個人個人『スキル』があるんだ。【武芸】とか、【探知】とか、各種魔法とか色々ある」


 異世界系のライトノベルの鉄板、『スキル』があることに僕は歓喜した。

 僕は漫画もアニメもゲームが浅く広く好きななんちゃってオタクだ。

 ライトノベルも有名どころを少し読んだぐらい。


 異世界転生系のライトノベルで良くある設定が『スキル』と『ステータス』だ。

 残念ながらステータスを見ることは出来ないみたいだけどさ。


「へぇ! 面白そうですね!」


「ははは、そうなんだよ。特にドロッパーは有能なスキル持ちが多くてね。

 中には『ドロッパーしてよかった』なんて声も良く聞くよ。不謹慎な話だけどね」


「へえ~、ちなみにタナカさんのスキルってなんなんですか?」


「私は【火魔法】のLv6だ」


「それは……どうなんですか?」


「Lv6は10,000人に1人らしいよ」


「すごいですね!」


 10,000人に1人とか1度は言われてみたい。

 タナカさんは少し照れたみたいだ。


「はは、昔はソロモンシティのタナカと言えば通じたものさ。まぁ怪我しちゃって冒険者は引退したけどね」


「それはそれは」


「まぁずいぶん稼いだし今はこの仕事で満足してるさ。さて行こうか」


「どこにですか?」


「『スキル鑑定屋』だよ」


 この辺まで僕は異世界ライフに期待していたなあ。

 高揚感というのかな、何か刺激的な冒険が始まるような気分だった。

 そんな気分が不安を抑え込んでいた。


****


 鑑定屋の前には20人以上ひしめいていた。

 この人たちはなんと、僕のスキルを知りたくて来たらしい。


「有能スキルだとすぐスカウトされるよ」


「へ、へぇ」


 膨れ上がった期待感とともに鑑定屋の中に入ることにした。


 中には黒髪で可愛い女の子が座っていた。

 鑑定師らしく赤いフードを被っているけどアイドル並みに可愛くてドキドキしたよ。


「いらっしゃいませ」


「お待たせしましたね」


「いえ! ドロッパーの方は最優先ですので!」


 なんか気合入ってるな。促されるまま椅子に座った。


「こんにちは! 鑑定師のアカネです」


「加藤カトウ 伝デンです。よ、宜しくお願いします」


 アカネさんのスマイルは今でも覚えている。

 とびっきりの営業スマイルの中に、好奇心が入り混じった顔だった。


「それではスキル鑑定させていただきます! 両手をお貸しいただけますか?」


 両手を出すとギュッと握られた。ドキドキした。

 女の子に手を握られたのなんて3年ぶりだった。


 そしてアカネさんは目を閉じた。


「デン様のスキルは……え?」


「どうでしょうか?」


「少々お待ちください、あれ……おかしいな」


 アカネさんは困惑の表情で、僕の手をずっと握っていた。


 しかしどうしてこう、美人はどんな顔をしても可愛いんだろう。

 今思えばこの時が異世界3年間のピークだったかも。せつない。


「スキルはですね」


「はい」


「【武芸】スキルと、【収納】スキルです」


「お、いいじゃないか。【武芸】スキルは武器全般を扱えるスキルだし、【収納】スキルは収納空間を持つことができるよ」


 タナカさんが嬉しそうにしていた。

 しかしアカネさんの顔から困惑が消えなかった。

 僕は不安でいっぱいになったよ。


「えっと、スキルレベルなんですけど」


「はい」


「【武芸】はLv1で、【収納】はLv2です」


 微妙な空気が流れた。タナカさんは引きつった顔を無理やり笑顔にした。


「アカネ君」


「はい」


「何かの間違いでは?」


「いえ……間違いないですね」


 あとで聞いたけど、【武芸】スキルのLv1は武器の扱いが少し上手くなる。

 包丁の扱いも上手くなるので主婦にぴったりだそうだ。


 【収納】スキルのLv1~3は『あると便利』ぐらいのレベルらしい。

 武器の扱いに長けていて更に【収納】スキルLv2なら、補給なしで戦える便利なファイターに。

 【収納】Lv4以上は、かなりに大きな収納空間なので引っ張りだこになるとのことだ。

 どこかの王様お抱えの【収納】Lv7の人は、小さい小屋を丸ごと格納できるらしい。


 後で確認したんだけど、僕の収納空間は大体縦横高さ1Mの立方体だった。

 あると便利なんだけどね。重いものを入れても大丈夫だし。

 ただ……レアかと言われるとまったくそんなことは無い。


 まあ結論。僕のスキルはドロッパーとしては微妙ってことだった。ダメドロッパーである。

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