第5話 あの頃と今

 クリスマスライブ前日の夜、わたしは『スウィートブルー』の歌――詩をしたため直していた。なんだか小っ恥ずかしいのだけれど、これは絶対にしなくちゃならないことだから、我慢して取り組む必要がある。


 ふと窓を覗けば昨夜から降り始めた雪がまた勢いを増して吹雪いている。夜ごとに寒くなる一方だと感じていたのは、つい先日までのことらしい。というのも、わたしは他人に比べ、何かと時間の認識が遅れているからだ。端的にはマイペースということなのだろうけど、わたし個人としては気付けば諸々の準備をする暇なく寒さや暑さに見舞われたという感じ。


 そのおかげか、例年のごとく今年も雪が降り始めた頃ぐらいに、わたしはやっとのことで防寒具を揃える事となった。そして、今回のクリスマスライブに関しても、わたしのこの認識の遅れは危く致命的なものになりかけた。今、こうして時間をかけ、じっくりと詩を推敲しているわたしだが、昨日まではそれこそ辺り一帯を駆けずり回ってライブの準備に追われている有様だったのだ。


 イベント事業部への申請はもちろん、この『スウィートブルー』を歌うために持てる限りの伝手を頼ってアコースティックギターを調達してきたことも、思い返せばすぐ昨日のことである。まさか、わたし自身、事がここまでギリギリのタイミングで運ぶとは思いもしなかった。まあ、結局全ては、このわたしの計画性の無さから招いたことであるが。


 その途中で良くない?――ニュースを二つほど聞いた。それは当然、わたし達に関してのことなんだけれども。一つは愛海について、なんと彼女は新しいバンドでこのクリスマスライブにエントリーしたらしい。もちろん、わたし達のバンドは依然、ほったらかしで。そのことについても、わたしは愛海から何も聞いていない。


 そして佳奈――彼女は早々にわたし達の仲を取り持つことを諦め、チャットにも顔を出さなくなっていたが、わたしが駆けずり回っていたこの連日、数回ほど彼女の姿をこの目で確認した。そのどれに関しても佳奈の横には代わる代わる違う男が寄り添っていたことに、わたしは正直驚きを隠せなかった。一体、彼女は今年のクリスマスに何人の男と会うつもりなのだろうか。


 しかし、詳しく探ってみたところ、どのデートのトリにも必ず今回のクリスマスライブを設けているとの情報をわたしは佳奈の哀れな男友達から聞き出した。彼はわたしの剣幕に少し怯えていたが、デートのことを話すときは心底幸せそうであるのが印象的だった。


 そう――もうおわかりのように、今回のわたしの目的には彼女達の存在が必要不可欠となる。この『スウィートブルー』の歌は彼女達――愛海と佳奈の前で歌うことに意味があるのだ。そのためだけに、わたしはもしかしたら、このライブを――ひいてはクリスマスを最悪足らしめるものへと変えるかもしれない。願わくば、ライブ会場でのわたしが慎ましく、冷静でいてくれることを祈るだけだ。




 推敲に推敲を重ねたけど、『スウィートブルー』の詩は初めと――これをしたためた当初とほぼ変わらないものとなった。文面自体は大幅に変わっている。でもそれは接続語や表現を変えただけだったり、そもそもの誤用だったりと、ちまちまとしたもので、詩の中身自体は――伝えたいこと自体は何一つ変わっていない。


 もう何年も前に書いた黒歴史とも言える書き散らしが、今の自分の心境をこうもピタリと投影してくれるのは何も偶然ではないはず。と、わたしは思う。ただ、この詩が連想させる情景や心象はあの頃と同じものは一つとしてない。


 それは詩が、言葉が、変わったのではない。わたし自身が変わったのだ。あの日から――まだ青くて微笑ましいだけの少女だった――あの日々から、何かを得て、そして失いかけている――そういうモノのすべてがわたしを、今のわたしを変えたのだ。『スウィートブルー』という詩を通じて、わたしはそのことにようやく気が付いた。


 ほんの些細かもしれない日常のその一片でさえ、わたしは大切に思う、思いたい。この詩を書いた当時の日々、それはわたしの中で、それこそ踏みしめた雪の感触のように、今もなお鮮明で確かな厚みを持っている。


 愛海のまだ化粧っ気のない童顔に、いつも髪がボサボサだった佳奈。そして、わたしと言えば、こんな詩を書いてしまうくらい夢見がちな女の子だった。あの頃は机を並べて、よくおしゃべりしたものだ。


 最初にバンドをやろうと言ったのは愛海だった。わたしのこの『スウィートブルー』を読んで、愛海が言ったのだ。最初は大笑いをしてたくせに、いざやろうと言うと愛海は止まらなかった。佳奈はただの巻き込まれだ。でも、まんざらではなかったはず。だってライブの衣装をこしらえるのは、いつも佳奈だったから。そして、わたし達はこのバンドを組んだ。


 路線はわたしが決めたらしい。理由は単純にボーカル担当というだけ。致命的に音痴の愛海にはボーカルは務まるはずもなく、佳奈は歌詞を憶えられないし、声がアニメ調なので、なんというかターゲット層が違うというか、とにかく〈スクール・オブ・ロック〉にはなり得ないので、結局ボーカルをやるのはわたしということになった。


 中学卒業後、別々の高校に通うことになってもわたし達の結束は揺らぐことはなかった。机を向かい合わせて爪を見せ合ったりすることはなくなったが、代わりにわたし達が向かい合うのはリハスタのタバコ臭い休憩所、見せ合うのは互いの目指す理想となった。


 このころから愛海は髪を染め、佳奈は化粧が上手くなり、わたしのボーカルは鋭くなった。バンドの雰囲気も部活動みたいなものから、超然としたものへとシフトし、小さな箱では顔を憶えられるようになった。


 このころのわたし達は最高に熱くて、キレッキレで、そして数々のことに盲目的だったように思う。盲目とは近すぎて、互いが見えなくなること。無理に寄り添おうとして、その結果のすれ違いにはまり込んでしまったということ。


 それが悪いことだとわたしは思っちゃいない。あのころの危ない鋭さ、わたし達のバンド活動の絶頂を得るためには、そのすれ違いが必要だった。時に衝突し、それでも飽くなき歌への意欲と情熱がわたし達を邁進させ、ライブ会場はいつも火花を散らしたよう眩しかった。


 でも、今は違う。すれ違うことに主眼を置くようになったわたし達はいたわりもねぎらいも忘れ、ただ刺々しく、互いをズケズケ傷つけあうだけ。


 この嫌なすれ違いに愛海は、佳奈はどう思っているのだろうか。もしかしたら、何も感じていないのかもしれない、何も思っていないのかもしれない。わたしみたいにあの頃を顧みることも無ければ、こんな駄々っ子みたいな涙とも無縁なのかもしれない。


 それはとても悲しいことだ。寂しいことだ。どこかの誰かが出会った経緯さえも――リスタートという意味で――白紙同然のようになって記憶のキャンバス、その端っこに仕舞われてしまうのだ。後で思い起こしては出したり仕舞ったりされる画廊にわたしは、わたし達の日々は追いやられてしまうのだ。


 その点で言えばこの別れはいわば大人になるために必要な決別、と言い換えられてしまう。それは過たずそうであろう。物事における大事な線引き、折り合いに妥協。ミクロな視点で言えば、バンド活動という当てのないものからの卒業。またはただ単に価値観の相違、もはや定番の音楽性の違い、という言葉。


 もし、これが――このバンド活動が前述のとおり、人生の単なるワンシーン、ただの過程の一部に還元されてしまうのなら、わたしは大人になんかならなくてもいい。ずっと子供のままで、この行き止まりで歌い続けよう。


 『スウィートブルー』――この歌は一つのカギだったのかもしれない。愛海と佳奈がこの歌を聞いたとき、彼女たちにもこの思いを、この気持ちを、知ってほしい。わたしがそうであったように。


 そう、これは切実な祈り。彼女たちに捧げる掛け替えのない思い――あなた達の他に代わりはいないんだということ。そして、性急すぎるわたしの青さ。

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