第3話 すれ違いはいつも
ライブが終わった。
今日も今日とて、わたしの心持とは裏腹にライブの盛り上がりは完璧と言わざるを得なかった。
このことはもう毎度のことなのでわたしは違和感を覚えたりはしない。結局、どういう立ち振る舞いをしたってわたしの感情は、わたしの精神はファンによって都合よく受け取られてしまう、ということなんだろう。
だが、ファンはそうでも身近にいる存在、つまりバンドメンバーにはそうじゃないということぐらいわかってしまうらしい。このわたしの露骨な態度は。
「ミサキ、なんだよ。今日のライブは」
まず、真っ先にそう突っかかってきたは愛海だった。舞台袖に下りてきた瞬間に、わたしの前に先回りすると、そう凄んで見せた。汗でメイクが落ちかかったせいで生来の童顔が覗き、いまいち迫力に欠ける。
「なんだよ――って、どういうこと?」
そう返したわたしに、愛海はピックを地面に投げ捨てた。
「少しはライブを盛り上げようって、そう思わないのかよ!」
ここでわたしは少し驚いた。愛海は情熱は人一倍あっても激情を表に出すような子ではなかったはずだ。その彼女がここまで怒りをあらわにすることは珍しいし、わたし自身、見たのは初めてだった。
「いや、別にコードもミスらなかったし、音程も完ぺきだったはずだけど」
このときわたしは、わたし自身の声の低さにはっとした。あまりに唐突なことに動揺し取り繕う言葉も逆に冷たいものになってしまったのだ。
そして、こういうある種の冷静さは怒りに駆られた人間を逆なでするということをわたしは知ることとなる。
「そうじゃねえよ!」
愛海の声が一段と大きくなった。
「なんだよ、あのMC。ファンを馬鹿にしてんのかよ。てめえに何があったのか知んないけどよ。あんな不機嫌丸出しのMCやられちゃ、こっちのやる気も下がるんだよ」
愛海はなおもまくし立てる。だけど――MC? 曲じゃなくてMC?
「いいか、このバンドは確かにお前のボーカルで持ってるようなもんだけどな。だからって好き勝手やっていいわけじゃねえんだよ。
曲を作ってんのは誰だ。ロケを提供してくれてんのは誰だ。え?――お前じゃないだろ。ファンもここのスタッフも、手前の八つ当たりを聞いてやるためにわざわざ来てんじゃねえんだよ」
わたしはここで急速に冷めていくわたし自身を感じていた。
価値観が違うのだ。愛海にとってライブは盛り上がりが全て。歌やサウンド――もっと言えば曲の歌詞や音作りなどは二の次で重要なのはグルーブ感ってわけだ。そもそも、グルーブという言葉を使っている意味合いもわたしとは異なるだろうけど。
冷めていく心と共に反論する気も失せて黙っていると、愛海の方もしびれを切らしたらしい。ふざけんなよホント、と吐き捨てるとピックも拾わずに楽屋の方へと消えていった。
その後ろ姿が完全に見えなくなるまで、わたしは愛海の姿を目で追っていた。
「あちゃー。あれは完全にプッツンって感じだね」
わたしの横で佳奈がそう言う。だけど、その言葉尻からは微塵の焦りも伺えず、いつものように何を思っているのか読めない表情でわたしに追わなくていいの、と聞いた。
「今はそっとしておく、かな」
「ふーん、まあ愛海のことだし、楽屋で落ち着いたら謝りにくるよ、きっと」
「そうだといいけど」
そうだよ、となんの根拠もなく答えると佳奈はわたしに用事があるから後はよろしくと、どこかへ行ってしまった。
去り際に見えたスマホの画面にリアルタイムチャットが開かれていた。多分、あの男の連絡先をすでに手中に収めたのだろう。佳奈の心中を察するにわたし達のいざこざなんかより、もうそのことにしか目がいってないという感じだ。
愛海については佳奈が思っているより深刻であるとわたしは思っている。いつもの喧嘩なら落ち着いた愛海が律儀に謝ってくるし、わたしもそれに対しては愛海を尊重して律儀に対応した。
そういうとき、愛海がミサキちゃんへと言って、わざわざメールで謝るための場所を設ける――彼女のその生真面目さがわたしはとても好きだったりする。
だが、今回の感じはいつもとは違う。そういう実感が今のわたしにはある。願わくば、楽屋に戻ったわたしの前に神妙な顔をした愛海が居ればいいのだが。
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