第4話 放課後は大冒険
取り出した薬草には半紙が付けられていた。
そこには
どうやらこの世界にも薬事法は存在しているらしい。
そういえば、【やくそう】の具体的な使用方法をわたしは知らない。
目を凝らして、『ご使用に際して』と書かれた部分に目を落とす。
・用法用量を守ってご使用ください。
【処方】……一回につき一枚を服用してください。過度のご使用はお控えください。規定量以上の服用は健康を害する恐れがございます。
え? 食べるの!
説明を読んで驚いた。
まあ、確かに患部に当てるよりは直接、口径摂取したほうが薬効は現われやすい。
時代が進めば成分を抽出し、静脈注射するようになるだろう。
ではまあ、食べやすいように小さくまとめられた薬草を口にする。
う……。お、おいしくない。
どうやったところで所詮は『草』なのである。お料理に使うハーブだって単体で食せば決して美味ではない。
しかし、効果はバツグンだった。
「おお! 全回復したわ」
赤色だったインジケーターがふたたび白くなった。
たとえ安売りのアイテムであってもレベル一の冒険者のHPを元に戻す程度には効能があるみたい。
「マリ! 大丈夫なの?」
敵の剣士と切り結びつつ、カオリが心配そうな声で呼びかけてきた。
彼女の戦闘ログにもわたしがダメージを受けたことは伝わっているはずだ。
それを見ての反応だと思う。
「大丈夫だよ。全然、平気!」
とびきり元気に答えてみせた。ここまで計算どおりに進めば、自然と自信もついてくる。
この先の展開もあらかた読めてきた。
盗賊は自分のターンが来るとまたしても姿を消す。
正直、スキルアタックではなく通常の攻撃でもわたし程度なら十分な深手を負わせられるはずだ。
けれど敵は律儀に最大出力の攻撃を仕掛けてこようとしている。
おそらくは対象のHPそのものではなく、MAX値における損失割合が一定以下の場合はよりダメージ効率の高い攻撃を優先するようになっているのだろう。
攻撃AIとしては駄目だけど、プレイヤーの選択肢を広げるという点ではプレイアビリティに配慮した仕様となっている。
まあこちらの手数が増えるなら色々と試せるので遠慮なく使わせてもらうとしましょう。
カオリは有利に戦いを進めている。
もっとも、短期決戦とはいかないようだ。
なぜなら、剣士はHPが一定以下になると【とうきのオーラ】なるクラススキルを使ってHPをある程度、回復してしまうからだ。
それでも僧侶が使う治癒魔法ほどの効果はないので、HPを
わたしはニターンに一度、攻撃を受けたときは薬草を使ってステータスを戻し、手が空いている場合は手持ちの【やくそう】をカオリに使って失ったHPをチマチマ回復させている。
不思議なことに自分で使う場合は毎回、口に入れなければならないが、味方に対して使用するときは普通に差し出すだけで発動するのだ。
まあね、戦いをしている最中に「はい、あーん」などと手ずから口に食べさせるわけにもいかないよね。
べ、別にしてみたいわけじゃない……。
さらに十数ターンが経過した。
わたしはと言えば、ただひたすら傷ついては薬草をムシャムシャと口に放り込み、戦闘の行方を見守っている。
なんていうか、気分は和室でお茶受けのお菓子を
つまりはすっかり退屈していた。最初こそ緊張感で膝も震えるほどだったけど、一定のルーチンが確立してしまえばあとはただの消化試合である。
戦術的には正解だと分かっているが、実行すると当たり前に暇を持て余す。
それにしても……。
最初は舌に残る薬っぽさがどうにも苦手な薬草だったけど、慣れてしまうとこれが段々とクセになってくる。
ハピ粉? ハピ粉入ってるの、これ?
おやつにどうぞと書かれてあったアイテム屋のご主人の慧眼にいまは心から敬服している。
――剣士はカオリの攻撃を防御した。
流れてきた戦闘ログに思わず目を留める。
敵の行動が変化した?
回復スキルを使わずに、カオリの一撃を防御することでHPの損失を最小限に抑えようとしている。これは……。
「精神ポイントが枯渇したんだ! もうちょっとよ、頑張ってカオリ!」
HP回復スキルである【とうきのオーラ】は比較的、SP消費の重い技のはず。 戦闘が長引けば必然的にポイントが足りなくなって使えなくなるのだ。
こうなれば決着はまもなくだろう。
いましがた、もう何度目かも覚えていないが盗賊が姿を消した。
わたしは安心して手元にあった最後の薬草をカオリに使い、減っていた彼女のHPを回復する。
まだまだ未使用の薬草はアイテムポーチの中にたくさん詰まっていた。用意は周到。
盗賊の攻撃。インジケーターがまたしても赤く染まる。
――カオリの攻撃が剣士に命中した。クリティカルヒット!
ここに来て彼女も絶好調である。おっと、薬草の準備をしないとね……。
ポーチの口を開いて、中の薬草を取り出そうとした。そのとき――。
「マリ、気をつけて! 敵がそっちに!」
声に驚いて顔を上げた。
そうすると、なぜか剣士がわたしの目の間で
どうして?
体は動かないが思考だけはやけに鮮明だった。
戦闘ルーチンが変化した。あるとすればHP減少に伴うターゲットの変更……。
理由は相手に数的有利を与えないための次善の策。つまりは道連れ。
しまったわね。こちらが考えていることなら、向こうだって同じはずだ。甘く見すぎていた。
なんとか耐えてみようとするが、所詮はレベル一の魔法使いに攻撃を避けることなどできそうにない。
最後のログが流れた。
そして、わたしの視界は暗転していく。
ごめんね、カオリ……。
◇◇◇
光がまぶしい。
目を開けると自分が
半身を起こして、ここがどこかを確かめる。
木製の長椅子?
体に伝わる感触と視界に映る木目からなんとなく予想を付けた。
辺りに目をやると見えてくるのは周りを囲んだ石の壁とからっぽの本棚……。
「ここって、もしかすると……」
間違いない。最初にわたしが送られた『大図書館』だった。
「マリ! 良かった、気がついたのね!」
カオリが急いで近くに駆け寄ってくる。
彼女の服装は自分と同じ学校の制服だった。ということはカオリもゲームの世界からこの場所へ戻ってきたのだろうか?
「あの、ごめんね。わたし……」
大見得を切った挙句にあっさり倒されてしまう失態。
悔やんでも悔やみきれない。
「え? どうしたの」
動揺を隠しきれないわたしの様子を見て、カオリはとまどいの声を上げた。
「だって、わたしのせいで……」
言いかけたとき、衝立のうしろからまたひとり誰かが現れた。
銀色の長い髪、
「おはようございます、星光さん。お加減はどうですか?」
落ち着いた口調でこちらの状態を尋ねてくる。
カオリの横に並んだ女の子の背丈は頭ひとつ小さかった。
こうしてみると彼女は随分と幼い。
自分たちの世界なら、中学生になったばかりといった感じだろうか。
「おふたりのおかげで無事、この本を手に入れることが出来ました。ありがとうございます」
胸に抱えた皮張りの表紙の本。
それを持ったまま少女はゆっくりと
わたしには何があったのかサッパリ理解できない。
「え? わたしたち……。無事ってどういうこと。いくらカオリでも二対一ではどうやっても……」
「あら? まだ言ってなかったわね。マリがやられた次のターンに連続クリティカルでわたしが剣士を倒したのよ」
は?
事の
つまりはクエストを達成できたというわけ?
「あなたが教えてくれた通りよ。剣士はすでにHPが尽きかけていたの。うまくクリティカルで倒したあと一対一で盗賊も倒したわ。マリがこまめにわたしのHPを回復してくれていたおかげよ、ありがとう」
丁重に感謝を伝えてくれるカオリだが、こちらとしてはなんとも釈然としない。
ニ連続クリティカルなんて、どこのラノベの主人公よ……。
「それからクエスト報酬を受け取ってここに帰ってきたという感じよ。まったく疲れる冒険だったわ。でも、そのおかげで……」
カオリは視線を少女に流して、胸のうちに抱え込まれた秘密のアイテムを注視する。
「はい。こうして見事に『合成の書【第一巻】』を手に入れることが出来ました」
ミネルヴァが本のタイトルを口にした瞬間、わたしの脳裏に直感が走った。
あ、これ……。最後まで集めないと完成しないパターンのやつだわ、きっと。
「まあ、ようやく手に入ったのだから喜びもひとしおね。今日はもうゆっくり休みたいわ」
カオリが伸びをしながら本日の活動を終わらせようとしていた。
確かに疲れたわ。主に精神が……。
「それでは今日は解散といたしましょう。お二人とも気をつけてお帰りください」
ミネルヴァが静かに散会を告げた。
しかし、帰れも言われてもどうやって来たのかさえ実のところ定かではない。
どうするのさ?
「カオリさん。また新たに助力をお願いするときは予知夢でお知らせしてよろしいでしょうか?」
「ええ、そうね。気兼ねしないでどんどん連絡してきてね、ミネルヴァちゃん」
二人は『予知夢』などという素敵なシチュエーションをアプリのグループチャット感覚で利用しようとしている。
ロマンのひと欠片もないやり取りだわ……。
「さてと……。それじゃあ帰りましょうか、マリ。出口はこっちよ」
勝手知ったる我が家のようにカオリは日常への帰還口に向かおうとしていた。
わたしも慌てて、彼女の後ろ姿を追いかけようとする。
「星光さん……」
ミネルヴァが何かを伝えようとわたしを呼び止めた。
背中越しに振り返り、女の子の表情を視界にとらえる。
「あなたまで巻き込んでしまって……。本当にごめんなさい」
沈んだ瞳に力なく落ちた肩。相手の気持ちが存分に伝わってくる。
だったら答えはもう決まっていた。
「大丈夫よ、なんの問題もないわ。わたしも楽しかった。それと、これからは名字じゃなくてカオリと同じように”マリ”って呼んでね」
わたしの答えにミネルヴァはもう一度、大きくお辞儀をした。
その姿勢のまま、いつまでも動こうとはしない。
遠くから自分を呼ぶカオリの声が聴こえてきた。
すぐに返事をして動き出そうとする。
でも……。
「またね、ミネルヴァちゃん」
頭を下げたままの少女に再会を約束して、わたしは駆け出した。
さあ帰ろう、まだ終わっていない宿題がある
◇◇◇
図書館を出ると、すぐに石で出来た上り階段が目に入った。
上下左右は壁によって囲まれており、この階段と反対方向に真っ直ぐな通路がどこまでも長く伸びているだけだった。
明かりは階段の上の方から差し込んでいた。
その先がどうなっているのか、ここからではうかがい知れない。
「ここを昇っていけば、旧校舎の床下に出るの。わたしが先に行くわね」
手短にそう告げたあと、カオリは軽やかな足取りで階段を昇っていく。
不意に彼女の姿が見えなくなった。
本当に元の世界へ戻れたのだろうか?
――痛っ! ちょっと何よ、これ? おでこ、ぶつけたわよ。
頭の中にカオリの憤慨するような声が響いた。
え? 何これ! 気持ち悪い……。
空間を超えて相手の言葉がダイレクトに聴こえてくる。
テレパシーというやつなのだろうか?
――これ置いたの、マリでしょ? まったくもう……。
どうやらカオリは何かに当たって、ケガをしたようだ。
あ、わたしが置いた椅子……。
「えっと、ごめんね! それ、わたしが使ったままにしてたの」
届くかどうかは不明だが、とりあえず謝っておく。
――こんなのなくても、余裕で出入りできるでしょ。邪魔だからどけておくわよ。
気楽に言ってくれるが、普通の女子高生であるわたしには踏み台がないと困ったことになる。
――さあ、これでいいわ。マリも早く上がってきて。
カオリがわたしにも階段を昇るように急かしてきた。
声を受けて、恐る恐る足を動かす。
どのくらい進んだだろうか?
気がつくと、まだ明るい日差しが隙間から差し込んでいる小さな部屋にいた。
足元には冷たい地面。周りには木の床板が広がっている。
間違いない。旧校舎の中だ。
「ほら……。手伝ってあげるから、手を出して」
目の前で片膝をついた恰好のカオリがこちらに向かって片手を伸ばしている。
わたしは差し出されたその手を固く握り、まだ夏の香りが残る木造の旧校舎へ大切な友達とともに戻ってきた。
おわり
マリとカオリの放課後冒険クラブ奇譚 ゆきまる @yukimaru1789
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