第3話 バーサクヒーラー
すべての元凶はあの男であった。
説明を受けたわたしは納得すると同時になぜこのコンテンツが現実には実装できずに終わってしまったのか、その事情を理解した。
キャラクターに設定されたバックボーン。
それらを具体化するものがイラストや各種パラメータといった情報だ。
さらには戦闘時における思考ルーチン。一般に戦闘AIと呼ばれるものがプログラム上に組み込まれている。
戦士はおのれの負傷を省みることもなく戦いに没頭し、魔法使いは状況に応じて自分たちが有利となるような呪文を唱える。
そして、僧侶は仲間と自分自身の命を護るために味方のステータスに気を配り、傷ついた者を癒やすのが本来の役目だ。
「街ゆく人々よ! 神の声に耳を傾けよ! 勝利は目前である!」
なおも血走ったような眼でもはや絶叫にしか聴こえない説法を繰り返すアレイスタさん。
彼のように本来の役割からは若干、外れたような設定も持つキャラクターもいる。
臆病な剣士、にぎやかな盗賊、殴る魔法使い……。
彼は敵を倒したがる僧侶だった。
「つまりはアレイスタさんが得意の即死魔法を連発して、一向に勝てないって言うわけね」
「開始一ターン目で向こうの盗賊がスキル【みをかくす】を使用したあと、絶対に即死系攻撃呪文【ザラ】を選択するのよ。そこから盗賊のバックアタックを受けて、一度は治癒魔法でHPを回復するんだけど、ほかにやることがないターンでは必ず【ザラ】を使用するの。でも、アリーナでは即死系の魔法はなぜか通じないのよ。最後はいつもMPが枯渇して、アレイスタさんが倒されたあとは二人掛かりでやられるわ……」
これまで嫌というほど繰り返してきた戦いの
悩む姿すらどこか美しいと感じてしまうのは、
「なるほど。つまりは味方に足を引っ張られて、うまくいかないというわけね」
「せめて、死なないようにしてくれたら剣士の方はわたしが先に倒せそうなんだけど……」
問題点はつかめてきた。対応策も頭の中に浮かんできている。
盗賊のバックアタックも受けてもアレイスタさんは一撃で倒されることはないのだ。だとすれば……。
「大体、分かったわ。必要なアイテムを購入したら、さっさと闘技場に向かいましょう」
椅子から立ち上がり、静かに告げるとカオリは驚いたような表情を見せた。
「え? レベル上げはしないの。少しくらい強くなったほうがいいと思うけど……」
「必要ないわ。わたしが職業選択で僧侶になれなかった時点で本来の戦略は破綻しているから」
カオリは当初、わたしを僧侶にしてアレイスタさんの代わりを務めさせようと考えていたらしい。
ところが、わたしの初期パラメーターでは
ギリギリ最低値でどうにか魔法使いにはなれたが、それだってボーナスポイントを全振りした結果である。
リアルなステータスで女子高生が冒険者を目指すのはやはり無謀な挑戦であることを思い知らされた。
ちなみにカオリは初期状態ですべての職業になることが可能だったらしい。
どれだけボーナスポイントを持っていたのかは怖くて聞けなかった。
まあいいわ、どんなに性能を誇ろうとシステムの壁に阻まれて、どうにもこうにも立ち行かないのが現在の状況だ。
目に見える数字なんて所詮は飾りに過ぎないということを存分に証明してみせましょう。
席を離れ、カウンター横に設けられているアイテム売り場へと向かった。
壁には大小様々な種類の武具が飾られ、鈍色の輝きを放っている。
防具類は場所を取るためか、グローブやブーツ、肩当てと言った小物類以外は見当たらない。まあ奥の倉庫にでも置いてあるのだろう。
売り場の端、人目につきにくいコーナーで細い麻糸にくくられた薬草が山と積み上がっていた。
入れ物の木箱に挿し込まれている販促用のポップには、
『初心者用薬草。消費期限間近のため大安売り。おやつにもどうぞ』
と書かれてあった。お買い得なのは分かるが、薬草をおやつ代わりに食べる変わり者は果たしているのだろうか?
ちょっとした疑問が頭の中でぐるぐると駆け巡る。
「まあ、いいわ。大事なことはキチンと薬効があるかどうかよ」
「いらっしゃい、お嬢さんたち。かわいいね」
売り場の主人らしい壮年の店員が笑顔で声をかけてきた。
ダメだ、この程度のほめ言葉で喜ぶな、わたし。
こういうのは商売人がよく使う常套句である。
緩みそうになる頬を気合で引き締め、足元に置かれた特売の薬草を指差す。
「いくらですか、これ?」
わたしの言葉に店員さんは一瞬、ガッカリしたような表情を浮かべる。
まともな装備も持たずに安売りのアイテムを求める駆け出しの冒険者であると判断されたのだろう。
「あ……それね。うーん、じゃあ三つで一〇コイン、一〇個まとめてなら二五コインでいいよ」
こちらの懐具合を察したのか、なかなか新米冒険者にはやさしい価格を提示してくれた。
しかし、わたしの計画にはいささか心もとない……。
「だったら、全部買うから、いまの値段の半分にしてください」
思い切った提案で大幅な値切りを要求した。
隣ではカオリが青ざめた形相を浮かべている。
見たか、わたしの生き様!
「ね、ねえ……マリ」
あせったようにカオリが呼びかけてきた。
その声は心なしか不安そうである。
ふふ、わたしの大胆さに恐れおののくが良い!
「そんなに買って、お金は足りるの?」
あ……。
結局、足りない分はカオリに立て替えてもらうことになりました。
◇◇◇
わたしたちは闘技場の中央で次に現れる相手を待ち構えている。
どうにかアリーナへの入場料、二人で二〇コインはギリギリ用立てられた。
こうなってしまったのも勢いでお徳用薬草セットに三七五コインも散財してしまったからである。
そのお金は、わたしがここへ来たとき、すぐに最新の装備へ切り替えられるようカオリが貯めておいてくれたものらしい。
おかげで自分の装備は初期のままである。
本来であれば、この状態で闘技場に立つなど自殺行為にも等しい。
は、反省はしているわ……。
「いよいよ次ね……。用意はいい?」
カオリがいつもより精悍な表情で横に並んだわたしにそう呼びかけてきた。
かすかに汗をにじませた横顔はドキリとするほどに凛々しい。
彼女は慣れた様子でここまでの四回戦を難なく突破した。
次が最後の一戦である。満を持して、わたしはアリーナの中程へと馳せ参じた。
あとは敵が現れるのを待つばかり。
「問題ないわ。あとは
出せる限りの軽口を叩いてみせる。
でも心臓は早鐘のように激しい鼓動を打ち鳴らしていた。
あせるな、あせっても結果は変わらない。大丈夫、ゲームで培ってきた経験値ならわたしは絶対に負けない!
もし、負けたら?
しばらくは薬の行商でもやって苦境をしのごう。
失敗したってただのゲームオーバーだ。青春には時々、無駄も必要。
闘技場対面の入場扉が重々しく開かれた。その後ろから二人の人影が姿を現す。
ひとりは恵まれた体躯を金属製の鎧で包み込み、手には大振りの剣を構えたいかにも剣闘士といった感じの男。
もうひとりは急所や要所を革鎧で守り、ほかは動きやすいような布の服と革紐で固めた小柄な男性。手にはよく切れそうな美しく磨かれたナイフが見え隠れしている。
「それじゃあ、作戦どおりにカオリは剣士との戦いに集中して。盗賊の方はわたしが引きつけておくわ。この戦闘の大事な点は相手に数敵優位を取らせないことよ。だから、一刻も早くカオリは剣士を倒して。そこからは二対一の状況で有利に戦いを進められるわ」
敵を目の前にして、事前に打ち合わせた攻略の手順を簡単に復習する。
「分かったわ。でも、マリ……。本当に気をつけてね」
カオリはわたしの作戦に小さく相槌をうって、こちらを気遣うように返事をした。
戦法としては問題ないと理解していても、さすがに相方のレベルが1では不安に感じてしまうのだろう。
やさしい言葉は十分にありがたい。
でも、わたしとしては経験値稼ぎの最中にカオリがレベルアップすることだけは絶対に避けたかった。
そうなってはクエストに挑むことさえ出来なくなってしまうからだ。
対峙した相手のうち、片方の姿が不意に視界の中から消え去った。
盗賊がスキル【みをかくす】を使用して、こちらから見えないように行動を開始したのだ。
ターゲットログからも名前が消えている。敵はこのままこちらの死角をついて攻撃を開始するのだろう。
狙いはわたし……。
そう考えたのは盗賊の戦闘思考ルーチンが自身の攻撃に対して最も非ダメージ量が多いと判断される弱い敵。つまりはレベルの低い方を優先して狙ってくると思ったから。
「行って、カオリ! わたしの方は心配ないわ。大丈夫、ずっと立ってみせるから!」
不安げな表情を浮かべているカオリに力強く檄を飛ばす。
彼女はわたしの声に背中を押され、勢い良く剣士に向かっていった。
振り下ろした刃が敵にダメージを与える。かわされないし、防御もされなかったということはカオリの技量が相手よりも上回っている証拠だ。
これで問題点のひとつは解決した。
一対一であればカオリが負ける可能性は低い。
時間をかければ、そのうち敵を倒すことが出来るだろう。
続いて剣士が反撃の一刀を振り抜いた。
力に任せて放たれた攻撃はカオリのHPにわずかなダメージを与える。
「あ……。ようやく、選択コマンドが出たわね」
視界の上方に刻々流れていく戦闘ログ。
その下で次にわたしが取るべき行動選択コマンドが現れた。
予想したとおり、わたしの順番は四人の中では最後。
だけど、なんの問題もない。
いまどきのVRMMOならいざ知らず、このゲームに限っては一ターンで動ける回数は誰であろうと、ひとり一回きりだった。
そして、最初のターンでわたしが取るべき行動はたったひとつ、【なにもしない】である。
「これで用意は整ったわ。あとは……さあ、出てきなさいよ盗賊!」
全員が行動を終わらせたことにより、次のターンが始まった。
その瞬間、死角からわたしを狙って白銀の刃が牙を向く。
存在を消していた盗賊が攻撃スキル【バックアタック】を使って奇襲を仕掛けてきた。
「痛いのもらった?」
テキストログに戦闘結果が流されると、状態を示すシステムインジケーターの色がそれまでの【白】から、注意喚起の【黄色】を飛び越して一気に危険水域を示す【赤】へと変化した。
なにせ化石のようなシステムで動いているゲームだ。
リアルな表現も本体の痛覚を刺激する体感装置もない。
ただただ文章として処理されていき、表示されるパラメーターが状態に応じて変動するだけ。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
このまま次の攻撃を受けたら即座に終わりだ。
残りのHPはわずか1。
だけど装備もレベルも初期状態のままなのに、なぜだか倒されずに生き残ることが出来た。
このモードではプレイヤー側に”即死判定”はない。
わたしの建てた推論はどうやら正しかったようだ。
きっとゲームシステム的にはいずれレベルアップに伴い、パッシブスキルか装備アイテムで即死攻撃を無効化することは出来るはず。
それでも低レベル帯での挑戦が前提となっている初級クエストでは、ほとんどのプレイヤーキャラクターが即死への対応策を持たないままにクエストを進行していく。
ならばゲームデザイナーとしては、このモードのみはプレイヤーへの即死系攻撃をオミットするしかない。
それがノーダメージの状態からHP1でわたしが踏みとどまれた理由だ。
生き残りさえすれば方法はある。
ローブの内側から所持しているアイテム【やくそう】を取り出した。
これだけではない。ほかにも服のポケットや腰に下げたアイテムポーチの中にまで薬草をギュウギュウ詰めにして持ってきた。
わたしが果たすべき役割はただひとつ。
敵に倒されることなく、ここでずっと立ち続けること。
死にさえしなければ特売の薬草で救えるほど駆け出し冒険者の命は安い。
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