6月 9日 余波1:木曽千鶴子「それにしても松平姫と吉良さよなりは真面目」

2年B組 長谷部沙耶香


 私は去年のA組のクラスメイトで2年のクラス替えでも一緒にB組になった木曽千鶴子さん(通称「地図ちゃん」)と教室で机を向かい合わせて弁当を食べながら放送を聞いていた。B組は去年の1年A組から移った子が結構いるし、みんなから信頼されている委員長の日向くんがいるので、多くはミフユ支持になっていた。


 地図ちゃんは箸を動かすのを止めて意外そうな顔で感想を言った。

「ミフユって案外穏当にきたねえ」

「とは言ったって制服改革は激震だと思うよ、地図ちゃん」

「そりゃそうだけどね」

「それにしても松平姫と吉良さよなりは真面目」


 吉良さんは中学校の歴史の授業で「歴史上の人物で誰が好き?」と聞かれて、吉良上野介は避けるだろうけどと思ってたら「石田三成」の名前を挙げて「生真面目さがいい」と言った日から「さよなり」という渾名がついた。まあ、本人の前で言う子はいないけどね。


「それはいえてる。言っている事はそりゃそうだけど。ボランティアって帰宅部総スカンじゃない?やっぱりこのあたりは日向くんが言う帰宅部利益代表たるミフユが信頼できるよねえ」

 A組の委員長の松平姫が歯ぎしりしているのが目に浮かぶ。


2年B組 澄山真莉愛


 学食で部活のバスケットボール部の子と一緒に昼食を食べてた。放送については案外甲乙つけにくいかもしれない。私は去年A組だったし、日向もいるからミフユでいくけどさ。運動部女子は学食Loverが多いから「ヘルシーな定食」はともかく(吉良さよなりちゃんらしいセンスね)美味しくて腹持ちのよく健康的なメニューとか言われたら転ぶかもしれない。野郎だと単にご飯おかわり自由とか要求しそうだけど(今だって定食で頼むとき「ご飯は大盛りにして!」って勝手な事を言ってるしね)さてどうなることやら。


2年D組 姫岡秀幸


 今日の政見放送は教室で聞いていた。吉良さんのお膝元で担任の四方先生も前のめりなので僕の立場は割とない。あ、別に公然といじめられたりはしないけどね。去年のクラスメイトの方がいいの?とは言いたげな人は見かけるけど、そういう話じゃないし。


 とまあ、こんな感じなのでD組の大勢は古城さんには厳しいところがある。ただ、吉良さんの生真面目さは彼女の考えの世界にいない人にはきつい。帰宅部でバイトしている子や文化部の子に他の目や耳がない時に軽く聞くと「古城さんに入れる」と言ってくれた。今のところ票読み通りという所で動きそうにない。


2年C組 秋山菜乃佳


 今日も休み時間に早弁。朝練があるのでお腹がすくんだけど姫岡が今度この事を言ったらアタック練習の標的にしてやる。うん。決めた。


 なので政見放送は学食で聞いた。周りの反応は見ていたけど決定打は両陣営ともなさそう。どちらも公約の意味がまだ浸透してないからかな。あ、食べたのはいつものスペシャル定食390円。あり得ない安さ。今日は生姜焼きがメインだった。お腹いっぱい。いつもありがとうって感じ。


 お昼のランチラッシュが退いた時を見計らって、カウンター越しに店長さん(なのか知らないけど、調理師の人たちをまとめているボスがいるのよ)に声を掛けた。


「おっちゃん。こんにちは。今日もスペシャル定、美味しかったよ」

おっちゃんが笑って返事をくれた。

「秋山さんか。いつも来てくれてありがとよ。みんなも美味しいって言ってもらえたら喜ぶし」


「ところでおっちゃんにちょっと教えて欲しいことがあるんだけど」

「なんだい?」

「今流れていた生徒自治会長選挙の放送で学食メニューの見直しを訴えてるんだけど現実性あるの?」


 おっちゃんは手を止めて手を拭いながらカウンターの方へ来た。

「ここの学食、スペシャル定食の設定も本当は難しいんだよ。安くなきゃ学生のお財布が持たないし、それでいい食材をいろいろ組み合わせるのは本当に大変。調理師の人といつもけんかしながら調整しているんだよね」

「分かる。野菜とか多くしてくれているしヘルシーさと私ら体育会系部員の要望両方対応してるもんね」

「そうなんだよ。人員もギリギリだし、はっきりいってやる気の搾取寸前な給料しか出せてない。定食を増やすのは人を増やさないと無理。そして人を増やすのは価格設定的に無理。交渉機会は設けてくれって言われたらおっちゃんが出ればいいけどな。メニューの追加とか無理だとその時は言わなきゃならんって思っとるんだけど。分かってもらえるかねえ?」

「それだと交渉決裂しかないよねえ」

「そうなっちゃうか。それも嫌なんだけど実際無理だからねえ」

「間違ってもヘルシー路線だけにはしないでね」

「秋山さんたち体育会系の子たちの事は大丈夫。男子だと『ご飯大盛り』女子なら『おかず充実』とか今も昔も変わらず一貫してるからね。ここを折れたら多分うちの店、お客さんの過半数失っちゃいそうだし」

 

予鈴が鳴った。おっちゃんにお礼を言うと私は駆け足で教室へ戻った。やっぱり、根回しすらしてないみたいね。


宮本丈治みやもとじょうじ


 政見放送は職員室で聞いていた。古城が意外に穏健路線としての制服の追加を訴えていたのは少し思っていた印象と異なっていた。

 問題は吉良だ。超真面目な子という定評は知っていたし、それ故に何がなんでもバックアップするという確信があるような友達が松平しかいないのも分かっていたが思った以上だった。負けても正しく負ける事を追求する子だろう。それじゃ困る。席を立つと教頭の日暮先生の席へ向かった。

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