6月 6日 面接2:加美洋子「でも私は古城先輩に何の義理もないですよね」

加美洋子


 5限目の授業を聞きながら日向先輩からのオファーを考えていた。

 中学1年生の時、不合理な校則がまかり通っていた事に不満で生徒会活動に顔を突っ込んでいた。日向先輩とはその時に知り合った。

頭の良い人でやる気を出せば私の手足になってくれそうと思って6月の会長選への立候補を猛烈プッシュして振られた。仕方ないので1年生の間は雌伏して情報を集め計画を立てた後、2年生の時に会長選に立候補して学校側のお気に入りの秀才を蹴散らして会長職を奪取した。


 生徒会長になってから学校側に「何故こうなったんですか?」と確認するようにした。すると先生方はあたふたする。結局慣行となっているだけで規則になった時の経緯なんて引き継がれてないのだ。この質問を形を変えながら繰り返していき徐々に生徒全体の疑問として認識をするように仕掛けていく事で、説明の付かない慣行と化していた規則の見直しを実現した。


 選挙公報の発行は9日。現時点では古城先輩がどんな公約を掲げているか不明。ただ日向先輩がこうやって私に声を掛けてきた事を考えると全く話が合わないような内容ではないと思っていると見て間違いないだろう。

 放課後の面談でこの点は説明があるだろうし、ないなら関わらなきゃいいだけだ。場合によってはもう一方の陣営に直接押しかけたっていいだろうし。そう思うと楽しくなってきた。


 終礼のHRが終わると北校舎3階の物理化学準備室へと向かった。

廊下では2年生らしい男女が待っていた。一人は日向先輩でもう一人は三重陽子先輩だった。日向先輩と親しく付き合っているというのは1年生男子のやっかみになっていてそれは耳に入っていた。

 三重先輩は前髪を揃え後ろ髪は肩の下あたりまで伸ばしたきれいな黒髪の人だった。遠目に見てもすごい美人なのだ。男子どもが騒ぐのも無理はないか。


 頭を少し下げて挨拶すると三重先輩が

「あなたが加美さんね。古城さんはもう中にいるから。私達はしばらく他に行ってます。前向きな検討よろしく」

そういうと日向先輩と三重先輩は二人連れだって準備室から離れて階段の方へと歩いて行った。


 私は軽く息を吸い込んでからドアをノックした。

「加美さん?どうぞ、中に入って」

そういう声が中から聞こえた。


 中に入ると窓を開けて肩ほどまで髪を伸ばしてポニーテールにしている背の高い女子生徒が眼を細めながら外を眺めていた。古城先輩だった。


「私が古城ミフユです。本当はこちらが三顧の礼を取るべきだけど選挙運動前でまだ情報は伏せておきたいからここに来てもらっちゃったけどごめんね」

「日向先輩のたっての願いでしたからそれは気にしてません。でも私は古城先輩に何の義理もないですよね」

「そうだね。だから私に機会を与えた事に感謝してる。ありがとう」


 古城先輩は大きな机の周りに置かれた椅子に腰掛けるようにすすめられ、二人で向かい合って座った。

「率直な所を聞きたいのですけど、古城先輩は会長になって何を目指したいのですか?」


 古城先輩は明るく答えた。

「不条理さ,不合理さを減らす事かな」

「不条理ですか?」

「そう。生徒自治会長になる事で学校での不条理さや不合理さを減らす機会を得られると思う。ただ、みんなの意思がどこになるのか。話を聞いて意見をまとめて合意形成をやらないといけないから出来る事は限られるでしょうけどね」

「はあ」

「とりあえずなんとかしたい不条理の一つが制服かな。女子がスカート指定というのはおかしくない?って思った。スラックスであったとして誰も困らない。制服の発想自体は否定しないけどバリエーションが認められてもいいはず」


 意外に地道な話だった。ただ今時の保守的な公立校ではこれですら過激だろう。少し焚きつけてみる事にした。

「もっと大きな問題はやらないんですか?」

「立候補の公約には制服の標準服化、私服着用の自由も入れていて提案はするけど、最低限、女子の冬制服のスラックスの規定追加と男女夏制服の上衣ポロシャツ追加は実現したいって所かな。これは利害調整と合意形成の問題だから。学校に保護者、地域住民や卒業生に対しても勝手な主張を言っている訳ではなく選択肢の問題なんだってアピールしていく必要があるし。最後は落としどころの問題になると思うよ」


 そして逆に古城先輩に聞かれた。

「私は絶対守るべき原則、例えば個人の権利とかだよね、以外については原則主義は取らない。利害調整、合意形成の中で決めていくべきだし、そのガイド役がリーダーの役割だと思ってます。加美さんだったら、この件はどのようにして取り組む?」

「成果を得る事が大事だし、その成果とは合意形成で初めて明確になる事だとも思います。古城先輩の方針は私も納得できます」


 そしてもう一つ質問を突きつけられた。これは私と組めるかどうかを試すものでもあった。

「加美さんにとって不条理、不合理を減らす事は生徒自治会、つまり生徒全体にとって重要なテーマだと思える?」

「私は日向先輩から強権上等な危ない奴ぐらいに見られてるのは知ってますが、それもこれも私自身が不条理さ、不合理さは大嫌いだからです。それで中学の時は生徒会の御用聞きっぷりに呆れて会長になって色々と変えてきました。この点では古城先輩とは気が合いそうです」


 私は古城先輩に聞いた。

「先輩。私は日向先輩を中学校の生徒会長に担ぎ出そうとして逃げられてそれ以来避けられてきました。中学で生徒会活動に顔を突っ込んで気がついたんですけど私ってとっても政治が大好きなんです。それを日向先輩は嫌ってるんだと思ってます。そんな日向先輩が無理をして私を誘ってきたようにも思えるのですが大丈夫なんですか?」

「加美さん。日向くんはあなた個人の能力はとっても評価している。むしろ評価し過ぎてるぐらいかな。生徒会長選の時の事があって苦手だとは思ってたみたい。あなたがチームに入ってくれたらとっても力強い事だし、そう思ったから私にあなたの事を紹介してこうして会う機会まで作ってくれているんだから、その点は大丈夫だと思うよ」


 私は決心が出来た。右手を古城先輩に差し出した。

「古城先輩。分かりました。先輩は率直だしやろうとされている事も共感してます。是非先輩の選挙戦を手伝わせて下さい」

 古城先輩は力強く握手してきた。

「こちらこそありがとう。加美さんと一緒にやれてとってもうれしい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る