取り込み世界

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第1話 取り込み世界

α氏は仕事帰りの道を酒をあおりながらフラフラと歩いていた。彼は工場で働いている。テイクインシティと呼ばれる新しい町で汗にまみれていた。退屈な仕事ではあるが、安定はしているし、給料もさして悪くない。彼はこの仕事を気に入っていた。しかし不満もある。話し相手がいないのだ。

 それは彼が引っ込み思案であるというわけではなく、ともに働いている人々が定型文のみの会話しかしないからである。その中で、彼は一人だけその異常さを感じていた。彼は歩きながら、なぜこのようなことになったのか考える。


 ある日、いつもどおり工場へ働きに行く途中に同僚のβ氏にあった。彼に挨拶すると、いつも少し騒がしい陽気な挨拶ではなく、おはようございます、と静かに言われた。おかしいとは思ったが、今日は寝覚めが悪かったのだろうと思った。誰にでもそんな日はある。工場に着くと、いつもは賑やかな事務所は静まり返っていた。しかし数人は話をしていた。皆この状況を不審に思っているのだ。


  中心となっていた仲の良いγ氏から、どうやら昨晩の市営放送を聞いた人間は無口になっているということを聞いた。またそれを聞いてしまったγ氏の妻が今朝から話しかけても挨拶しかしないということも。α氏の家にはラジオはない。そのおかげで「テンプレート人間」にならずに済んだのだ。その日の業務は定時より30分ほど早く終わった。本来ならば皆急いで帰るものなのに、β氏含む「テンプレート人間」たちは終業時間まで地面に張り付いたように立っていた。帰りに本屋に寄ったとき、店員たちは皆黙って働いていた。本屋であるのだから当たり前と言えばそうだが、店内は人が本当にいるのか怪しいほど静かだった。


  



 次の日、工場の事務所に着くと昨日は周りの人々の変わりように不安の表情をしていたγ氏は真顔で作業着に着替えていた。なにか解決策が見つかったのかと思い、γ氏に聞くと、おはようございます、と抑揚のない声で挨拶をされた。ああ・・・なんてことだ。γ氏まで「テンプレート人間」になってしまったのだ。きっとテンプレートになった妻になにかされたのだ。彼はその日から会話する相手がいなくなった。 


 しかし「テンプレート人間」が増えるにつれ、町の景気は良くなっていった。怠ける人間も、必要以上に働く人間も皆全て均一に働くようになったからだ。「テンプレート人間」たちは感情が内容に見えるが、服や装飾品などの贅沢なものは頻繁に買っている。しかし身につけている姿は見たことがない。きっと重くて邪魔なのだろう。ではなぜ次々と買っていくのか・・・これではまるで・・・・・・。

 彼は考える。まさか、そんなことはないだろう・・・。そうとでも考えなければ正気が保てなかった。テイクインシティ。α氏は住んでいる町の名前を呟く。初めは「泊める」という意味から来るもの拒まずといった意味かと推測していたが、そうではなかったのだ。take inとは「取り込む」という意味がある。これがこの町の正体だ。この町に来るもののエネルギーを吸い取り、町はより栄えていく。「テンプレート人間」は町の操り人形として金を使い、経済活動を盛んにする。そういう生き物なのだ、この町は。


 酔っ払いの妄想だと考えたかったが、どう考えてもこれ以外の考えが思いつかなかった。彼はこの街から引っ越すことをまず考えた。市営放送のラジオを聞く前に早々に立ち去らなければ。今後の計画を考えている彼の耳に微かになにか音が聞こえてきた。静かな町にいきなり流れ出した市営放送は逃走の計画を考える彼の感情を奪った。彼はフラフラとした足取りから綺麗な姿勢に変わり、無言で家に帰っていった。

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