演説

 ある昼下がり、ぼくは、演説をぶってやろう、と思った。

 そうだ、さっそくやらなければ、と思った。ぼくは想像のなかで、町の人びとへの招待状を書いた。


親愛なる皆さま。


きょうのごご5時から、広場で演説をします。

テーマは、『死んだあとの世界について』です。


かしこ


 そこまで書いて、少し悩んだあとに、「ぜひ来てください」と付け加えた。


 空が真っ赤になるころには、広場は人でいっぱいだった。みんな、わいわいと好き勝手に騒いでいる。

 ぼくが、ぎょうぎょうしく台に登り、えへんえへんとせきばらいをすると、みんなはしんと静まり返った。

 そしてぼくはこう始めるのだ。


  みなさん。人は死ぬ生きものです。それはみなさん、ご存知のとおりです。

  では、人は死んだあと、どこに行くとお思いですか?

  知らないなら、おおしえしましょう。

  わたしの思うに、人は死んだあと、神の国にゆくのです。


 すると、町の人の半分くらいがわあわあやりだした。


  にいちゃん、それはどの神さまの国だい?

  イエスさまの?アッラーのおわすところ?

  生まれ変わったりはしないのかい?


 そんな反論は予想ずみだった。ぼくは得意げにこう答える。


  それは、皆さん次第なのです。

  死んだあとの世界は、われわれが最後にみる永い夢のようなもの。

  そして夢とは、人の脳みそが見せる幻覚のことです。

  つまり、死んだあとはここに行く、という信仰があれば、

  人はどこへでもゆけるのです。


 それを聞いて、みんなは安心したような声をあげた。なあんだ、そうだったのか。わしゃ、てっきりまっくらな穴に落ちるのかと思っていたよ。

 そんななか、町いちばんのへんくつ者が、だがよう、と叫んだ。みんながそっちをむく。


  だがよう、論者はどうなるんだい?

  そいつらは死んだあと、どこに行くんだい?


 その反論も、もちろん考えてあった。ぼくは、さらに胸を反り返してこう言った。


  その場合もおなじことです。

  その人が行きたいところ……。たとえば、

  愛妻家なら奥さんのいるお家へ、子煩悩なら息子と娘が待つ家へ、

  友達想いならお友達が待つキャフェへでも、

  行くのでしょう。

  つまりはですね……。


 さっきの男が、また不満そうに声をはり上げた。


  先生、そりゃあ、違いですぜ。

  先生の言っているのは神が無い、の無神論者。

  おれが言っているのは、信じることが無い、の無信論者さ。


 この意見には、ぼくも少々困って、ううむ、と声をあげた。ここまでは考えてなかったのである。しかし、みんなの前に立っている以上、わかりません、と言うわけにもいかなかった。

 みんなも一斉に眉をひそめて、どよどよ騒ぎだした。

 ふと見ると、男はいたってまじめな顔でこちらを見ていた。

 彼は、家族もなく、友人もおらず、誰かとろくに口をかわすこともなく、生きてきた男である。そんなことがあり得るのか、と思うだろうが、あり得るのが世の中である。

 しばらく考えてから、ぼくは、口から出まかせにはなしはじめた。


  いい質問ですな。それではお教えしましょう。

  無神、もとい無信論者は、死んだあと、どこへ行くかと申しますと……。

  宇宙にゆくのです。

  そう宇宙、宇宙です。宇宙の中をふわふわと漂うのです。

  星はありますが、人はいません。その遊泳は、永遠に続くのです。

  ええ、確かに楽しくはないでしょう。ですが苦しくもありません。

  終わらない平穏の中で、彼らはまどろみ……。


 そこまで言って、ぼくははたと口をつぐんだ。


 まっくらな宇宙の中を、ひざを抱えて旅する彼らが、少しうらやましくなったからだ。

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