第14話 交流ホットケーキパーティー

「笠木―、ちゃんとエプロン持って来た? やるよねー、うちのクラス委員長も。ホームルームにホットケーキパーティーを企画するなんて」

 登校早々、朝練を終えた千佳が矢㮈やなの肩をたたいた。

 連休明けの席替えで、矢㮈は窓側の後ろから三番目という微妙な席になり、千佳は隣の列の一番後ろだった。まあ、近いと言えば近い。

「高瀬君のエプロン姿、チョー楽しみなんだけど!」

 千佳が相変わらずのテンションで、廊下側の後ろから二番目の席で読書中の高瀬を見て言う。残念ながら、彼は千佳の隣にはならなかった。

 本日五限目のホームルームで、担任が家庭科の先生であることを幸いにして、クラス交流会としてホットケーキパーティーが企画されている。

(演奏会ももうすぐだから、できればあんま指怪我したくないんだけど……まあホットケーキくらいなら大丈夫だよね)

 自慢ではないが、家が洋菓子店だからと言って矢㮈も菓子作りが上手なわけではない。料理など以ての外である。昔、母親を手伝おうとはりきって調理台に立った時、早速包丁で怪我をし、それ以降も同じようなことを続けている。

「そういえば調理班はどうなってるの?」

 矢㮈が訊くと、情報はバッチシの千佳が腕を組んで渋い顔をした。そんな表情をしても彼女はかわいい。

「それは昼休み発表なんだって。委員長たちが公正なクジで決めたとか何とか。あー、高瀬君と同じだったら良いなー。あと笠木もね」

(……ほう、あたしはついでですか。てか高瀬が一緒なのはヤダなあ……)

 千佳とは一緒だったら良いが、高瀬も同じなのは勘弁してほしい。



「うーわ! ヤッター。委員長ありがとーっ!」

 とりあえず千佳には幸せが回ってきたようだ。

 調理台を挟んで、矢㮈と高瀬は互いに仏頂面だった。

 はっきり言って、運がない。

 しかもどういうわけか、矢㮈と千佳以外の班のメンバーは全員男子だった。元々男子の方が多いクラスだったが、班によっては全員女子の所もある。

(ホントに公正なクジなの!? これ!)

 矢㮈が心の中で泣く泣くエプロンを出して用意を始めると、向かいの男子の一人が高瀬ともう一人に白いエプロンを渡した。学校貸し出しのものだ。

「ほいよ、高瀬と衣川ころもがわ

 にっかり笑ったその男子は松浦大河まつらたいがで、クラスの中でも陽気で感じ良く、誰とでも話せるタイプだ。つまり高瀬の正反対と言ってもいい。染めているのか不明だが、髪の色は明るい茶色だ。

「ああ、ありがと」

 高瀬が一つを受け取り、短く礼を言う。本当に無愛想だ。

「ありがとう、松浦」

 もう一人は衣川瑞流ころもがわみずはるという、小柄な男子だ。髪がサラサラと流れるような感じで、女の子でもいけそうなかわいい小動物的男子である。

(ああ、だからなのかなあ……)

 矢㮈はこっそりため息を吐いた。

 周りの調理台の女子の視線が、ちらちらとここに集中している。

 しかも千佳までいるものだから、男子の視線まで……。

(何かあたし一人浮いてる……)

 よりによって、何でこの五人のメンバーなのだろう。

 やっぱり運がない。

「あれ? どしたの、笠木さん」

 松浦が不思議そうに矢㮈の顔を覗き込む。

「あ、ううん。何でもない。とりあえずケーキミックスの封開けよう」

 矢㮈は目の前でパタパタと手を振り、配られた材料に目を遣った。

 手軽なケーキミックスはスーパーなどでよく目にするが、実際はあまり使ったことはない。当たり前だが、家の店では小麦粉から始まる。

「イチゴとかフルーツもあるねー。高瀬君! おいしいの作ろうね!」

 千佳がうれしそうに笑い、高瀬の横に移る。

「……焼くだけだろ」

 高瀬が困った風に隣の千佳に閉口した。

「じゃあ俺、ホットプレートの用意するから」

 衣川が調理台の下の扉を開ける。

「じゃ、はい千佳ちゃん」

 矢㮈はケーキミックスの袋の一つを千佳に渡した。

「二つあるから、そっちお願い。高瀬と仲良くやってね」

「はーいっ、了解!」

 千佳が手を上げて受け取る。ふと高瀬の方を見ると、冷たい目で睨まれた。

 ……気を取り直して。

 矢㮈は袋を破り、ケーキミックスの粉をボールへと移した。

「はい、卵」

 松浦が卵を差し出してくれる。

「ありがと。牛乳もお願いしていい?」

 ――こうして、ホットケーキ作りが始まった。

 何枚か焼き始めると、調理室が良い匂いでいっぱいになった。

 千佳が機嫌良く焼いているのを横目に、矢㮈は使い終わった道具の洗い物をしていた。

「……これ、切る必要あるのか?」

 高瀬と松浦が、まな板の上のイチゴと缶詰めフルーツに目を遣っている。

「だいたいクレープならまだしも、ホットケーキなんだから……」

 高瀬が首をひねるのに、松浦も「そうだね」とうなずいている。

 矢㮈はボールを布巾で拭くと、二人の横から手を出した。

「笠木?」

 高瀬が珍しくきょとんとする。――面白い。

 矢㮈は少し緊張しつつ包丁を手に取った。そして慎重にイチゴをスライスした。

「千佳ちゃん、焼けたの頂戴」

「はいよーっ」

 焼き立てのホットケーキとその周りの皿の上に、スライスしたイチゴを並べていく。そしてその間に、綺麗にみかんやクリームなども盛り付けて整えて行く。

「うわ、おいしそう……」

 松浦が声を漏らした。

「何でも見た目が綺麗だとおいしそうだよね」

 矢㮈は言いながら、あっという間に盛り付けを終えた。ちょっとした、ケーキみたいな?

「すごいね、笠木さん」

 横から衣川が感心したように言う。千佳がポンと手を打った。

「あっそっか。笠木ん家、洋菓子屋さんだったっけ?」

「え!? そうなの?」

 高瀬を除く二人が驚く。

「いやいや……作ってるのは父さんだし、あたしはこれくらいしか」

 矢㮈は苦笑して、とりあえず包丁から離れようとしたのだが――

「じゃあ切るのお願いしていい?」

 衣川と松浦がそろって矢㮈に言った。

「え?」

「オレらがやると汚くなりそうだし」

「うん、悔しいけどあたしもー」

 千佳までもが同調する。

「え、いや、簡単に――」

 焼く方に回った三人は、もうそっちに集中している。……はあ。

 矢㮈は仕方なくもう一度包丁を手に取った。

 心なしか、軽く震える。

「……危ないと思う」

 ふいに隣で声がして見ると、高瀬が眉間にしわを寄せて矢㮈の包丁を持つ手を見ていた。

「だっ、大丈夫っ。さっきみたいに……」

 矢㮈が缶詰めのパイナップルに包丁を入れようとした時、高瀬の手が矢㮈の手首を掴んでそれを止めていた。

「……高瀬?」

「さっきもすごく慎重だったし。包丁ダメなのか?」

「いや……そんなことないけど……」

 今は指を怪我したくないなんて、そんなこと言えるわけがない。

 まだそれは高瀬にも秘密なのだ。

 黙った矢㮈に彼はため息を吐き、それから矢㮈の手から包丁を取った。

「実は俺も昔から鍵盤弾くのに指怪我したくなくて、包丁あんまり握ったことないんだけど」

 彼の言葉にドキッとする。

(え……? 高瀬、まさか気付いてる……?)

「まあでも、お前よかマシだろ。切り方だけ教えろ。盛り付けはお前がやれ」

 ポカンとした矢㮈が高瀬を見ると、彼はふいと横を向いた。

 ――どうやら、気付いているわけではない……? 

 先程のは単なる彼の昔話だったようだ。

「ほら、早く!」

「は、はいっ」

 ほっとしたせいで、いつもより高瀬が優しかったことなど気付かなかった。



***


 也梛やなぎが屋上に行くと、珍しく矢㮈が顔を出していた。

 イツキという名の白い鳩と遊んでいる――いや、遊ばれている。諷杝ふうりはそれを見て笑っていた。

 そして、也梛に気付いて片手を上げる。

「遅かったね、也梛」

「ああ、今週掃除当番だから」

 也梛は諷杝お気に入りの丸太のようなベンチに腰掛けた。

「何だ。てっきりお友達と遊びに行ったのかと」

「は?」

 諷杝が微笑んでちらと矢㮈を見た。

「最近ようやくクラスに男友達ができたんでしょ? 良かったー。也梛ひねくれてるから、ちょっと心配してたんだよね」

「それは……」

「松浦君と衣川君のことー!」

 矢㮈がニヤリと笑う。わざわざ也梛のお友達報告をしてくれたらしい。

「別に友達って言っても……」

 確かにあの二人は先日のホットケーキパーティー以来、よく話しかけてくる――特に松浦は。彼は誰とでも合わせられるタイプなのに、どうして也梛に話しかけてくるのかは謎だ。

「あはは。也梛が珍しく照れてるー」

「あ、ホントだー」

 諷杝と矢㮈がクスクス笑う。

「うるさい、お前ら」

 言いつつ、こうして三人で話すのは久しぶりだなと思う。

 矢㮈がひとしきり笑い終えて、ベンチの上に置いていた彼女の鞄を手に取った。

「んじゃ、あたしそろそろ行くから」

「え、もう?」

 諷杝がイツキを抱く。

「うん。ちょっと五月末までは頑張らなきゃ」

 一体何を――そう訊ねる前に、彼女の姿はもう見えなくなっていた。

「何かよく分かんないけど、矢㮈ちゃん頑張ってるみたいだね」

「みたいだな。って、おい、諷杝。お前ギターはどうした」

「あ……忘れた」

 全く悪気なく諷杝がペロッと舌を出す。

「……お前なあ」

「でも大丈夫。今日は風が気持ち良いから、僕は大人しく寝てるよ。バックミュージックはもちろん也梛が担当ね」

「何が大丈夫だ! 意味分かんねえ」

 也梛はため息を吐いた。

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