第11話 連休の中日
三日の日は千佳の部活が無いと言うことで、
千佳は少し初夏が薫るワンピースをすらりと着こなして、同性であるにも関わらず矢㮈をドキリとさせた。さすが、スタイルが良い。
しかし彼女は見かけによらないサバサバとした口調で、肩をすくめた。
「何か悲しいわよねー。ほら、見て見なさいよ、笠木。大半がカップルじゃない」
「え、そう? 親子連れも……」
「あー、高瀬君が私服でこういう所来る姿とか、見てみたいよね」
出た、高瀬。矢㮈は軽く眉をしかめた。
「いやあ……高瀬はこんなトコ来るようなキャラじゃないと……」
「だから、そのギャップがいいんじゃない。特にあの眼鏡外したら、結構良いと――あ、そうそう、あんな感じ」
千佳が数メーター先の小物屋から出て来た男を指さす。
背が高くて、ジーンズにTシャツ、その上に軽く長袖のものを羽織っている。その男の少し前には、彼をふり返る笑顔の女の子がいた。カップルに見えなくもないが、あれはどちらかというと兄妹のように見えた。
確かに背の高さなど、高瀬と似ていなくもない。だが顔はというと距離があってよく分からず、眼鏡を外したら云々に関しては何とも言えなかった。
(ってか……高瀬はどーでもいいんだってば)
矢㮈は千佳の手を引っ張って、さあ行こうと促す。
まだお昼を済ませていなかったので、まずはお腹を満たしに行こう。
(高瀬よりもむしろ
諷杝と一緒にイツキの存在も思い出して、矢㮈は一人で苦笑した。
*****
二日の夜遅くに、妹の
次の日の朝、これを聞いた諷杝が笑った。
「あはは。さすが君の妹。行動力は瓜二つ」
「笑い事じゃねえ。いきなり夜中に『明日行く』ってメールが来たんだぞ」
「それだけお兄ちゃんに会いたかったんでしょ。それに結構うれしそうだったけど?」
「……」
わざわざ寮まで来てもらっても何もないので、ここから一駅先のわりと大きな駅で待ち合わせることになっている。
今日はちゃんと起きて食堂で朝食を取った諷杝がバイトへ行く準備をしている横で、也梛も身支度をしていた。諷杝のバイト先も一駅先で、一緒に行くことになったのだ。
さすが連休。最寄りの駅は決して大きいわけではないが、家族連れが多い。いつもより少々混んだ電車に乗って、待ち合わせ場所へと向かう。
十五分も前に着いたのに、そこにはもう若葉の姿があった。肩より少し長めのストレートな黒髪が目に飛び込んできた。
「あ! お兄――ちゃん?」
若葉が也梛に気付いて、すぐに訝しげな表情になった。
「どうした」
首を傾げる也梛の隣で、諷杝がにこやかに笑う。
「こんにちは、若葉ちゃん。前に一度会ったはずなんだけど……覚えてる?」
若葉がひとまず兄からその友人へと目を移して、やっと笑顔になる。
「海中さんですよね。お久しぶりです。お兄ちゃんがいつもお世話になってます」
「いやいや、いつもお世話しているよ」
軽く返す諷杝に、也梛が低い声で言う。
「俺が、お前をな」
当然、彼にはスルーされる。
若葉の視線がもう一度兄に戻って、再び眉をひそめる。
「だから、何なんだ」
也梛も思わず眉をひそめ返すと、若葉はうんと背伸びをして手を伸ばし、也梛の顔から眼鏡を奪い取った。
「なっ……」
「眼鏡かけて良い子のふりしたお兄ちゃんと並んで歩きたくないの。それに、はっきり言って、似合わない」
若葉は眼鏡をさっさと也梛の斜め掛け鞄のポケットに押し込み、諷杝の方に向き直った。
「海中さんも何とか言ってやって下さい。だって目悪いわけでもないのに、伊達をかけてるんですよ?」
「んー、まあ、そうだけど……」
諷杝は困ったように笑い、ちらりと也梛を見る。
これ以上この妹のグチに付き合わせるのは可哀そうだ――しかも兄の也梛の悪口に。
也梛は携帯の時刻表示を確認した。
「諷杝。そろそろ行った方が良いんじゃないか」
「うん、そうする。じゃ、またね」
どこかほっとしたように諷杝が手を振って離れて行く。
「海中さん、どっかに用事?」
「ああ、今日は一日バイトらしい」
也梛は欠伸をかみ殺すと、久しぶりにレンズを通さずに見る景色に目を細めた。
「折角来たんだ。今日はとことんお前の相手をしてやる」
兄の言葉に、若葉の顔が笑顔になった。
「じゃあ、まずはあそこの小物屋!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます