第肆話

 この物語を始めるにおいて僕が宣言しておきたいのは、僕は決して英雄になんてなれないという事だ。

 この物語は僕が主人公かもしれない。

 この物語で僕は語り手かもしれない。

 この物語の僕は少しカッコよく見えるかもしれない。


 それでも、僕は結果として英雄になんてなれやしないと思い知ることになる。

 未来の事は分からないが、現時点の僕は英雄になんてなれない殺人鬼だ。

 仲間のピンチに駆けつけたくても僕に仲間は居ないし、ヒロインの泣き声を聞いて救いの手を差し伸べたくても僕の物語にヒロインなんて出やしない。


 赤いマントも似合わない。

 バイクは免許すら持っていない、確か校則で禁止されてたし。

 勿論スーパーヒーローみたいな超能力は手にしてないし、かっこいいスーツもない。


 あるのは現実だけ。

 この両手に扱える程度のものだけ。


 自衛するのにも不十分だろうが、それでも僕は英雄になろうと戦うんだ。格好いいだろ。

 それじゃあ物語を始めさせてもらおうかな。


 ……あぁ、そういや時系列の説明をしてなかった。

 僕はこの後僕が対峙して退治することになる敵、ネタバレになるといけないから詳細は伏せるけど、そいつを何とか倒した後の僕だよ。

 倒して、祝杯も挙げずに床について、翌朝起きて散々「君ならやれると思っていた」とか何とか言われた後の僕だよ。


 だからまぁ、言わなくても分かると思うけど僕は死なない。主人公は死んでもパワーアップして生き返るのが鉄則だしね、改造されたり巨人になったり、そんなフィクションの世界みたいな事は起きなかった。

 あんまりハラハラしないでいいよ。

 だってほら、最初の戦いってのは所詮チュートリアルだし。





「いやー、本当良かったよ。終御くんがアッサリと私達の仲間になるって言ってくれて、あそこで断られたら殺してたからさ」


 アーモンドチョコレートを食べて、佐多箱陽は冗談を言うように笑った。

 あの後僕はシャワーを浴び、それから何故かキャンピングカーに乗せられて何処かに向かっていた。

 目的地は聞かされていないし、僕が何をすればいいのかもまだ聞かされていない。


 ただ「まぁ寛いでよ、割と長旅だから寝てもいいからね」とだけ目の前でパンツを見せながらアーモンドチョコレートを頬張る彼女に言われただけだ。

 最初のうちはスカートが捲れている事を注意すべきか考えてはいたが、別に僕以外に誰かが見るわけでもないし、言って機嫌を悪くされても面倒なので放置することにしていた。柄はウケ狙いか真面目か、虎柄だった。


「殺してたって……大げさな、せいぜい警察を呼ぶくらいじゃないの?」

「ううん、殺してたよ」

「なんで? 僕なんか殺しても……あぁ、罪を揉み消すんなら一家心中の方が楽だからか」


 動機がないが、それでもまぁ世間様は適当なことを言って納得するだろう。あの家庭はどうだの、そんな風に人を下に見るのが好きな世界だ。

 だがその推理は間違っていたようで、佐多箱陽はアーモンドチョコレートを一つ口に入れてこちらを視た。


「終御くんは少しでも考えなかったの?」

「え? いや子供が家にいる時間帯で両親二人だけが自殺って、ワイドショーとかに取り上げられる怪事件になりそうだなって」

「そうじゃなくて、逆にのかを、考えなかったのかって話」

 当然の事だった。

 疑問にこそ思ってもどこか適当に「まぁそんな事もあるんだろう」と流していた。理由が在るなんて思いたくなかった。

 僕は特別だとか、そういうのが得意じゃない。そんなのこの特異性だけで十分過ぎる。

 ……何だ、確かに十分だ。


「皆殺しの特異性」

「素晴らしい、ノーヒントでよく答えられたね」

 両手を叩く彼女に対して、僕は質問を続ける。

「殺されて当然の特異性だからね、けど佐多さん、それなら何で僕を生かした」


 殺されて当然どころか、殺さなければならないレベルの僕と、あろう事か談笑する佐多箱陽を正気だと考えるほうが難しかった。

 自殺志願者なら、さっきまで持っていたうちの包丁で首を切った方が楽に死ねる。


「うーん……戦闘員の深刻な人手不足もあるけど、一番の理由は君の特異性が殺さなければならない物かどうか、判断するのが私たち機関だからかな。今の君には殺処分するほどの有害性はないって、上は判断したんだよ」

「人手不足……」


 世知辛い話だ。

 秘密結社も不況というわけなのだろうか、そう聞くとテレビで見ていたヒーローも、金で雇われていると思うと何だか虚しい気持ちにもなる。

 敵側も敵側で、物語の裏では僕を佐多箱陽がスカウトしたように仲間をスカウトしていたのだろうか? それは何だか好感が持てる。


「そもそも機関って?」

「世界治安保護機関、通称『アンチフィクション』」


 名刺を差し出して説明を続ける。

 僕はそれを受け取り、少し名刺を見つめる。

 名刺には『世界治安保護機関』のロゴと『葬儀屋・佐多箱陽』とだけあった。

 まさか本職だとは思えないし、葬儀屋というのは通り名みたいなものだろうか? 中々に仰々しくて明るい印象の佐多さんには似合わない通り名だ。


「活動内容は超能力者や超常現象……『フィクション』の討伐、現実を現実的であり続けさせるために活動してるの」

「超能力って……空飛んだりとか、念動力とか? 後は周囲の人間が次々死んだり」

「前者はともかくとして後者――終御くんは『フィクション』に分類はされてない、私たちは『アンノウン』って呼ばれてる。一般人にも結構な割合でいるものだよ、雨男とかもアンノウンに分類される能力だったりするしね、ちなみに何も持ってない人は『ノンフィクション』」

「待って」


 次々と知らない単語を出しては解説をしていく佐多箱陽の言葉を遮って、頭に浮かんだ疑問を口に出す。


「ありふれているのなら、どうして僕なんだ」


 しばらく考えた後に彼女は、

「偶然だよ」

 と、ようやくアーモンドを噛み砕いた。

 

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