第弐話

「シュウ、私もいつかシュウの呪いで死んじゃうんだよね」


 微塵も笑わずに、対象年齢十二歳以下と明記されたすべり台に座って彼女は言う。

 この適度に廃れた公園に子供はめったに来ず、僕と彼女のお気に入りの場所だ。小さい公園なため滑り台に鉄棒、ブランコ、それとベンチくらいしか置かれていないが、そのチープさが何処と無く落ち着いて大好きだ。

 僕はそのあまりに唐突な発言にすぐさま返す言葉が思いつかずに少したじろいでしまったが、彼女の夕陽に照らされて逆光気味な、泣きそうな横顔を見て我に返った。

 呪い、という表現は些か凶暴すぎるので止めて欲しいともったが、僕はこんな場面で茶化せる人間じゃあないので、彼女の横顔から目を逸らして言う。


「今さらになって、怖い?」

 彼女、積木莉子つみきりこの座るすべり台に登りながら言う。

 莉子は僕の恋人であり、僕と関わって半年も経つのに生き続けている珍しい人間だ。

 それもまた、運良くロシアン・ルーレットの弾丸が最後の一撃に込められているだけの話なのだが、無論リボルバーの引き金から指は離せない。

 離すとしたらそれは絶命によってだろう。


「ううん、死ぬのなんて別にどうだっていい。生きてたって数えるくらいしか良い事ないんだし、それならシュウに寄り添って幸せに死にたいもん。シュウのためになら、未来永劫死ねなくてもいいくらいだよ」

 狭いすべり台で密着して手を重ねる。

 未来永劫死ねなくても、というのはあまり聞かない文句ではあるがなかなか恐ろしい物だなと、重ねられた手を握り返しながら考えていた。

「私が怖いのは、死んだ後のことだよ」

「死んだ後が怖いって、それはつまり生まれ変わるとか、天国と地獄とか、はたまた何も無かったり死んだ瞬間を繰り返す……みたいな哲学的な話? それなら僕は意識の有無について考えて寝れなくなった事が小さい頃にあったけど」


 天国や地獄なんてものがあっても、僕が死に誘った人々にリンチされそうで嫌なものだが、無というのも寂しくて嫌なものだ。

 やはり生まれ変われればいいと思うけれど、実際どうなのだろうか? 死んだ後に判れば僥倖だな。

 そんな風に茶化して場を和ませようとすると、莉子は少し笑った。


「小さい頃のシュウ、可愛いね」

「小さい頃は誰もが可愛いんだよ」

「かもね、けどそういう話じゃあなくて、のシュウが怖いの」


 握った手を離して倒れるようにすべり台を滑り降り、僕に手招きをする。

 僕はもちろん誘われた通りにすべり台を滑り降りる。男子高校生がすべり台を滑る図は、なかなかに滑稽だろう。

「自惚れた事を言ってるかもしれないけど、私が居なくなった後のシュウが壊れてしまうのが怖い。悲しみで、ならちょぴっとだけ嬉しいなんて思うけど、きっとシュウはそうじゃないでしょ」

「……そう」


 過去に死んだ人間の顔を思い出して、悲しむことをしない自分を嗤った。

 感情が麻痺しているのか、はたまた悲しむに値しない人間たちだったのかはついぞ分からないが。

 きっと前者だ、莉子が死んだって僕は何ら変わらない。きっと「あぁそうか」って納得してしまう。


「シュウの事だから――いや、いいや。私はシュウを信じるよ」

「何を言おうとしたんだよ」

「何でもないよ、何でもない杞憂になって欲しい事」

「それは何でもなくないんじゃ……」


 すべり台に座ったまま彼女の顔を見上げると、暗い話なんて忘れたような笑顔をして、

「何でもなくするのが、シュウだよ」

 と、頭を撫でてきた。


「……はいはい、分かりましたよお嬢さん」

「分かればよろしい!」


 どれだけ不幸の星に生まれた僕だって、どこまでも愚かな彼女だってこんな幸せを生きる権利くらいあるのだろうと、子供のようにはしゃぐ莉子を眺めては思う。


 僕は彼女の事が心の底から愛しているし、出来る事ならば彼女が生き残る術を見つけてやりたいと本気で思っているが、彼女はこの僕に関わってしまった。

 もし彼女と出会う前の僕に出会えるのならば、どんな手段であれ彼女との邂逅を阻止するだろう。

 だが、残念な事に僕がこの世で一番好きなのは『僕なのだ』。


 彼女のために死ぬなんて、そんなことはしない。

 僕のいない世界で生きる彼女なんて、積木莉子というただの登場人物に過ぎない。

 僕は僕の隣にいる積木莉子を愛していて、僕の隣で延命する方法が欲しい。


 そんな方法は存在しないのかもしれないが。


「まぁけどさ、どんな事があってもシュウは死なないでね、私が死んでも。シュウがお墓にお参り来てくれなきゃ寂しいから」

「何があっても僕は自殺なんてしないよ。多分僕は自殺するくらいなら友達百人作る」 

「あはは、それは自殺してくれた方がマシかも」


 そんな冗談を交わして、僕らは帰路に着く。

 まだ夜になるには時間はあるが、空の暗さに比例して人間の死ぬリスクは高まっていく気がして、僕らはいつも夕焼けと夜が混じって紫色になる頃帰路に着く。

 当然、彼女の笑顔を見たのはこの別れ際が最後になる。

 だってそうだろう? これは物語なんだから。

 

 この後に彼女が死ぬのも、実はこの別れ際を陰で何者かが監視していたことも。

 全ては最初から決まっていたように、物語は始まる。

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