アンチフィクション・ヒロイズム

自由帳

第壱話

 僕は幼い頃、常々自分は幸福だと思って生きる少年だった。

 初めてそう思ったのは、確か幼なじみが真横でトラックに轢き殺された時だったと記憶してるけど、なんせ知人の死なんてものは僕の人生じゃ珍しい物じゃあないんだ、正しくは分からない。

 だからそうだったと仮定しての話になる。


 あれは僕が小学三年生の時、十歳になるかならないかってところだったと思う。

 丁度その月に十歳になった幼なじみと仲睦まじく並んで歩く通学路で、彼女は将来有望な神童から精肉店にも並ばない醜い肉塊に変わった。

 事故が起こる直前までその日あった何の変哲もない事とか、帰ったら一緒に宿題をしようとか、もしかするとそんなことを話していたかもしれない。


 ともかく純真だった僕たちは、堅苦しいニュース番組や終業式で校長先生が散々言う『交通事故』なんてものが、まさにその直後に起こるなど微塵も思っていなかっただろう。そもそも交通事故なんてもの、ドラマの中でしか起こらないものだとすら思っていた。

 それでも僕らは横断歩道を渡る時は左右を確認して手を上げたし、その道に歩道があれば縁に乗ったりせず、ちゃんと歩道を歩いた。

 安全意識からではなく、口煩い大人に小言を言われないためだったが『安全』を守ってはいたのだ。

 それなのに僕の真横に轟音を立てて、トラックは彼女を破壊した。


 破壊という表現は人身事故にはあまり使われない表現かもしれないが、彼女は文字通り破壊された。

 ありとあらゆる箇所が破裂して、細胞内臓骨全てが破壊され、人生は破滅した。

 トラックが何故歩道に乗り上げ、標識も何もをなぎ倒して彼女に突っ込んできたのかは、もはや考えても分かるわけがないのだが、あの時の事故だけは未だに鮮明だ。

 君の長く綺麗な髪が揺れ、君はあの時確かに笑っていた。

 握っていた僕の右手を離し、トラックの存在に気づいたように微笑んだ君は鈍い音と共に消えた。

 消えたなんて綺麗なもんじゃなかったが。


 僕はこの人生であの状況を言い表すに相応しい言葉を、未だに見つけてはいない。

 だから僕にとってあの出来事はトラウマになっている映画のワンシーンみたいな物なのだ。 

 フィクションと言って差し支えはない。

 過去なんてそんなものだ。


 ……閑話休題、話を戻そう。


 僕は幼い頃、常々自分は幸福だと思っていた。

 トラックに轢き殺されなかったし、地震で死にもしなかった。墜落する飛行機にも乗らなかったんだから。

 まるで主人公補正がかかっているかのよう綺麗に僕だけが生き残り、綺麗サッパリ僕以外は死んだ。


 だがそれは当然のように、逆の意味にもなる。


 僕は大人になって、常々自分が不幸だと言う事に気づいた。

 幼なじみはトラックに轢き殺されたし、地震で小学校の校舎は崩れた、中学の時は沖縄行きの飛行機が落ちて寝坊した僕以外が死んだ。

 だから今僕を昔から知っている人間はほとんどいない、両親くらいかもしれない。

 主人公なんて言うには呪われた体質すぎる。


 不幸の要素はそれだけじゃあない。

 大きな事を挙げればその三つというだけで、僕が関わった人間に後遺症が残る程の怪我や、命を失うことが起きるなんて、日常茶飯事だ。

 だから、雑魚が死んだ話はキリがない。

 人間は三秒に一人死ぬらしいし、それが偶然僕の周りで起きているだけだと言われてしまえば、それっきりかもしれないが。

 それでも僕は、三秒に一人とは言わずとも三週間に一人が死傷する僕という存在を許容は出来なかった。


 そんな知人の死体を敷き詰めたような人生でも、恥ずかしながら、のうのうと生き延びていると思う。許容なんて出来やしない代わりに罰せもしないんだからどうしようもない。

 だから今こうして、死んだクラスメイトに声も無く言い訳している。


 一昨日自殺したクラスメイト(名前は忘れたが、隣の席の女子、金に染めた髪でよく担任に怒られていたと記憶してる)は、恋愛絡みで友人と喧嘩した末に自殺したらしい。

 まぁ理由なんて知っても死んだ事に変わりはないし、どんな理由で死のうが死んだやつの勝手だから、僕はその話を朝のホームルームで聞きながら思っていたことは「一時間目の授業は何だっけ」と、いつもと変わらないことだった。


 こう見えても僕は、自分の特異性を理解した上で生活しているつもりだ、自ら周りと距離を置いて俯いて生きてやっている僕の特異性に触れて、勝手に死んだクラスメイトに対しての懺悔や償いなんてものは、実のところ頭の片隅にも有りはしない。


 そりゃ隣の席になったのはくじびきの結果、『運』が悪かったのかも知れない。

 いいだろう、その点では同情するよ。

 ――可哀想に、自分の運の悪さに殺されるなんて、君は二重で自殺してるようなものだね。

 なんて。


 だが僕は、この十七年の人生で理解しているのだ。

 友人を作り、恋人を作り、その他大勢との関係を作り、みんな死んだ。

 だからとっくに僕の中では出来ている。

『僕≒死』の式が、関わった人間と別れが、イコールで死と直結していることが、分かっている。

 僕が何を言いたいのかと言えば、一昨日死んだクラスメイトはあろう事か目立ったのだ。金髪に染めて、僕の目に付いた。

 その時点で十分過ぎるほどに関わってしまった。

 触らぬ神に祟り無し、よりも悪質だが、まぁつまりはそういう事を言いたい。

 自業自得で死んでいくなら、僕に憐れみの目なんて向けないて欲しい。

 

 この物語は、僕、相生終御あいおいしゅうごの物語だ。

 ……多分ね。

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