第37話
みんなが人生すごろくをエンジョイしている最中、一抜けをした宮下に、突然、部屋をすぐ出た廊下のところまで呼び出された。
「どうしたんだ、宮下……?」
「神山さん……なにかお忘れではないですか?」
「?なにも忘れてないと思うが……」
頭上に疑問符を浮かべながら、俺が宮下の問いの答えを返すと、彼女はジト目でこちらを睨みつけてきた。
「………………!」
いつもだったら、「なんで忘れるんですか、
俺は急いで記憶を辿って、宮下との約束やらなにやら、とにかく彼女と関わりがあった出来事を探ってみる。しかし、見つからない。
「本当に、そうですか……?」
宮下の瞳に、邪悪な感情が宿って獣のようにギラっと光る。
で、でも、本当に心当たりがないのだ。
「あなたがクリスマスパーティーを開いた理由ですよ?」
「……………あ」
千鶴視点
ひーくんが花織ちゃんと一緒に部屋から出て、十分は経った。
花織ちゃんは戻ってきたのに、ひーくんはまだ戻ってきていない。花織ちゃんが言うには、今後の予定を確認していたら突然腹痛を訴えだしてトイレに駆け込んだらしいけど。
「弘人、遅いねー」
智ちゃんが、すごろくのサイコロをいじりながら、つぶやいた。
「そうだね。すごろくも止まったままだし、早く帰ってきてほしいな……」
「ふふふ、そうですね」
「な、なんで笑ったの!」
「いえ、なんでもないですよ」
「絶対なんでもなくないよ!だって顔が笑ってるもん!」
「クスクス…」
「あ、智ちゃんも!顔を隠していてもわかるんだからね!」
などと三人で話していると、ガチャリとドアノブをひねる音が聞こえた。みんなの視線が、一斉に音の鳴ったほうを向く。
そこにいたのは、顔がすべて隠れるくらいの真っ白な髭を生やした、全身が真っ赤な服を着た―———
弘人視点
「メリークリスマス(低い声)!」
サンタさんに扮した俺は、みんながいる宮下の部屋の入り口から入った。
もともと、このクリスマスパーティーは、千鶴がサンタさんのことを覚えているのか、という風な疑問から生まれたものだ。さて、千鶴の様子は……?
「……………」
なぜかこちらを、呆れたような眼差しで見つめている。
……おかしいな、こんな反応をするとは想定すらしていなかったぞ。
「メ、メリークリスマス(超低い声)!!!」
「………何してるの、ひーくん」
「!?」
え?なんで俺だってばれたの!?
俺が困惑して周りを窺うと、他の二人も俺と同様、困惑といった表情をしていた。
「サンタさんって言うんでしょ?スマホで調べたから知ってるよ。驚かないでよ」「え、いや、そういうことじゃなくて……」
どうして俺だと分かったんだ?
このコスプレ、中身が誰だかわからないくらいに髭が盛られているはずだし、実際着替えた時も、メイドさんとかに不審者と思われてしまったくらいだ。
ただ、俺はこの質問を千鶴にしなかった。ほぼ毎日会っているからわかったのだろう。そう自分で完結させたからだ。
「うん、そう。それより、すごろくの続きをしようよ。ひーくんで止まったままだよ」
「あ、ああ。そうだな。よし、続きをするぞ!」
気を取り直して。
俺たちは、中断されていた人生すごろくを、再開した。
それから、外が暗くなるまで遊んだ。俺は千鶴を病院まで送るということなので、宮下邸で一旦解散となった。
街頭に照らされる帰り道を歩きながら、俺と千鶴は今日のことを振り返り、語り合っていた。————と、
「ん?」
頬に冷たい感触を覚え、上を見る。すると、白い何かが、街頭の光を反射させて輝きながら、降ってきたのだ。
「まさかこれって……雪!?」
そう。俺の頬に落ちたのは雪だった。
「千鶴、上を見て!雪だよ、雪————」
俺はこの光景を是非とも共有したいと思い、千鶴に呼びかけるものの、彼女は反応しない。
後ろからはよく見えないので、正面に回り込むと、千鶴はぐったりとしていた。最初は疲れて寝ているのかと思ったけれど、どうもそれとは違う。
俺は今出せる全力よりも全力を出して、病院へ突っ走った。
千鶴には今の記憶と前の記憶を持っていて、それが脳の容量オーバーにつながって気を失ったらしい。以前にもあったらしく、次、同じようなことが起こったら、もう……。
俺はベッドに横たわる、目を閉じたままの千鶴を見ながら、医者のセリフを思い出していた。
あと一回でも同じようなことが起これば、もう千鶴は二度と目を開かない。
「何してんだよ……」
誰に向けたかわからない、そんな言葉を吐き捨てて、俺は病室を出た。
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