第35話

 しばらくして、宮下から準備が完了したという内容のメールが来た。

 俺は了解とだけ返信する。それから、兄妹に別れを告げて、車いすを押した。

 

 宮下邸に向かう道中、意外なまでに何もなく、ただ静かな時間になっていた。

 そこで俺は、前から聞こうと思っていたことを千鶴に問いかける。

「最近、足の調子はどうだ?」

 千鶴は、事故で下半身が動かない体になってしまったと医者に言われた。しかしある日、彼女は俺に足の親指を動かして見せたのだ。

「うーん……、だいぶ動くようになったけど、まだ立つことはできないかな」

 彼女は証拠に足をバタバタと動かした。その行為を見て、俺は微笑む。

「練習すれば立つことも歩くこともできると思うよ!」

「そっか。歩けるようになれば、また隣に並んで歩けるようになるね」

「…………うん!」

 振り返って、無邪気な笑顔を見せてくれた。俺はどきりとしながらも、平常を装って、車いすを前へと押す。

 その後も千鶴は俺にいろいろ話をしてくれて、会話が途絶えることのないまま、無事に宮下邸に着いた。

 

 

 ものすごい豪邸っぷりに圧倒されて、千鶴は言葉を失ってしまっていた。しかしそれはほんの一瞬のこと、玄関から宮下が飛び出し、彼女を歓迎してくれたおかげで、すっかりいつもの調子に戻った。  

 俺たちは、まずお昼ご飯を食べるために、巨大なテーブルが置かれている部屋に来た。部屋ではすでに、チキンやシチューといったクリスマス献立の食事(高級店とかで出されるクオリティーだ)が準備されていた。

「おい宮下、こんなもん食べていいのか?さては後で金を取るとか言うまいな」

「取るわけないじゃないですか。馬鹿じゃないですか?あ、馬鹿でしたね」 

 宮下は、いつも通り、毒舌の混じったツッコミをしてくる。でも、俺はボケているつもりはなく、純粋に動揺しているのだ。 

「ほ、本当にいいのか?」

「だから、さっきからいいと言っているじゃないですか」

 そうは言われても、抵抗が……。み、みんなはそう思っているに違いない!

 俺はみんなの様子を確認する。が、智はあたかもそこが自宅のように席に着いているし、千鶴は食事の豪勢さに驚きはしたものの、やったー!とはしゃいで座ってしまった。

「ま、マジかよ……」

「マジです。さ、貴方も席についてください。食事が冷めてしまいます」

「う、うん……」

 俺も渋々席に着いた。


「では、召し上がりましょう!」

「「いただきまーす!」」

 宮下の呼びかけにより、クリスマスパーティーの食事が開始した。

 少女たちは食べ物を口に運び、幸せを具現化させたようなリアクションをして感想を言い合っている。

 一方、俺はというと。

 いまだにきょろきょろと周りの様子を伺いながら、食べ物に手を付けられずにいた。

 いや、だって、高級店とかで出てくるようなやつだよ、これ。こんなものがタダで食べれるなんてうまい話があるもんか。

 そんな感じで俺が心の葛藤を繰り広げていると————

「ほんっとに馬鹿ですか、貴方は!ほら、あーん!」

 ————しびれを切らした宮下が、スプーンでシチューを掬って、それを俺の口に無理矢理押し込んだのだ。

「っ!」

 シチューを、飲み込む。

「うまっ!頬がとろけて落ちてしまいそうだ!あ」

「…………」

「…………」

「何も起きませんでしょ?さぁ、早く食べてください」

 確かに、高額な請求とかはこない。てことは、本当にうまいだけの話だったのだ。

「ありがとう、宮下!お前いいやつだったんだな!」

 俺は、目の前に広がっているごちそうを、十分に堪能した。

 


  



 


 

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