第34話

 ついに、クリスマス当日になった。

 前日にしかも中途半端に雪が降ったため、お世辞にもクリスマスっぽくはないが、でもまあ、十二月二十五日だからクリスマスなのだ。

 俺はベッドから跳ね起きて、支度をする。

 今日の予定は、まずパーティーの会場となる宮下邸に行って、飾りつけなどをする。そして、クリスマスパーティーの準備が終わったら、外出許可が下りた千鶴を迎えに行くといった感じだ。

 母が冷えると言って放ってくれた紺の上着を羽織り、俺は玄関の戸を開けた。

「へくしゅんっ!」

 扉から吹き込んだ風に冷えて、くしゃみをしてしまった。

 いくら雪がないからと言っても今は真冬なのだ。さすがに寒くもなる。

 俺は腕を擦りながら、気を引き締めて玄関から足を踏み出した。

 

 宮下邸に着くまで、合計六回ものくしゃみをした。途中で風邪を疑ったよ。

 そんなわけで俺はずずずと鼻をすすりながら、インターホンを押した。はーい!と元気のいい返事のあと十秒も待たずに宮下が出てきた。

 宮下は俺を視界に入れた後、露骨な溜息をして、

「はい、上がってください」

 と力の抜けた声で言った。

 わかっていたけど。同性に恋愛感情がある宮下はそう思うのだろうけど。先に智が来ることを期待してたんだろうけど……傷つくなぁ。

 そんなことは……まぁ置いといて、俺は宮下邸にお邪魔した。

 

 三時間後。

 智も合流して、宮下の部屋をクリスマス仕様に飾り付けていた。

 しかし、さすがはお嬢様の部屋だ。イメージ通りのどでかいお嬢様ベッドや本棚や机、それらがすっぽり入るくらい広すぎる。

「この調子では間に合いそうにないですね」 

 部屋にある置き時計を見ながら、宮下が言った。 

 確かに、時間が押している現状だ。

「どうする?そろそろ千鶴を迎えに行かないといけないが……」

「でも、ここの飾り付けも大事だよ」

「うーん……」

 考えているときも、作業をしている手はきちんと動かす。

「じゃあ、弘人だけで千鶴ちゃんを迎えに行ってよ。飾りつけは私と花織ちゃんでやっとくから」

「いいのか、宮下?」

「ええ!ただ……」

「ただ……?」

「可能ならばお昼前まで戻らないでください。それまでには終わるように、全力で飾りつけをしますので」

「うん、わかった。行ってくる」

 こうして、俺は病院に向かった。

 

 簡素な白い扉の前に立つと、いつも緊張する。

 自分におかしなところはないか。会ったらなにをしようか。

 そんなことを考えて深呼吸してから、取っ手に手をかける。

 そして扉を開けると、部屋の中にいる少女が振り返ってその美しい顔を見せる。その顔がさらに愛らしくくしゃりと笑顔になると、俺も緊張がほぐれて、少女と同じようににっこりと笑ってしまう。

 今日もそんな感じで心臓をバクバクさせながら、千鶴のいる病室の扉を開けた。

「ひーくんっ!!!」

 いきなり両手を大きく広げた車いすに乗っている千鶴が俺のところへ、さながらロケットのように猛スピードで突っ込んできた。

「ち、千鶴!?」

 俺はその状態の千鶴を受け止めようと、両手を広げて態勢を整える。が、先に俺に当たったのは千鶴の体ではなく、千鶴の乗っているだった。

 しかも、一番ガードの薄いすね。これには弁慶も大泣きだ。

 当然、大男でもない俺はその場に倒れこみ悶え苦しんでしまう。

「ごめん、そんなつもりはなかったの!大丈夫!?」

 突然、視界の中に千鶴の顔が入り込み、痛みを忘れてしまうほど、どきりとして硬直しまった。

「だ、大……丈夫だよ!」

 ここは無理してでもこう言っておけと、本能が語り掛けてきている。もちろん虚勢だが、大きな声で言い放った。

「それならいいけど……」

 ふう、と息を吐いて落ち着いた千鶴。  

 ここで俺は千鶴の容姿がいつもと違うことに気付いた。

 彼女はおろしている髪を結んでポニーテールになっている。さらに、普段は親から持って来てもらったTシャツを着ているけど、今日は黒のハイネックニックを身に着けていつもよりおしゃれだ。 

「かわ―———」

 口からぽろりと出かけた感想をすぐに飲み込んで、また出てこないように口を閉じた。

「……?どうしたの?」

 きょとんとする千鶴。結んだ後ろ髪が左に傾いた。

「な、何でもない!何でもないよっ、うん!」

「…………」

 千鶴がジト目になって俺を見つめる。

 照れているのだろう、だんだん頬が熱くなってゆくのが実感できた。

「…………」

 それでも俺が黙っていると、今度は詰め寄ってきたのだ。

 ち、近い……!

「か、かわいいって言おうとしたんだよ!」

 先に折れた俺は、さっきの感想だけ言って、さっと後ろを向いた。そのまま、真っ赤になった顔を覆う。

 は、恥ずかしすぎる!みんな簡単に好きな人にかわいいとかいうけど、実際自分が言うとなると、すっごい恥ずかしい!

「……………」

「……………」

「……行こっか」

「……うん」

 気まずさ故の沈黙の後、俺は千鶴の車いすを押した。 

 

 

「ほら見て!犬がいるよ!」

「う、うん。散歩中みたいだね」

「わ、車だ!たくさんあるよ!」

「ま、まぁ、駐車場だからね」

 さっきからずっとこの調子で、千鶴は初めて見るものに心を躍らせていた。

 しかし、反応に困る。俺にとってはいつも見ているものだから、新鮮味がないというか……。そんな感じで、張り付けたような笑顔を浮かべている————

「ねえねえひーくん、あれ知ってるよっ!『こうえん』っていうんでしょっ!」

 突然千鶴が、指をさして興奮気味に報告した。

「そうだけど……どこで知ったの?」

「テレビでやってたの。たしか……えぬえいち————」

「わー!わー!」

「どうしたの、いきなり叫んで……?」

「な、なんでもないよっ!それよりさ、ここちょっと寄っていかない?」

「いいの?花織ちゃんや智ちゃんが待ってるんじゃ?」

「大丈夫だよ、ほんのちょっと遊ぶだけだしさ」

「それなら……大丈夫だね!」

 俺は車いすの進路を公園に変更して、ここで時間をつぶすことに決めた。


 千鶴の指さした公園は、滑り台やブランコといった定番の遊具くらいしかない、小さいものだ。

 俺たちが足を踏み入れた瞬間、先客のサンタ帽をかぶった兄妹が物珍しさに近寄ってきた。お目当ては千鶴の車いすだろう。

「こんにちわー!」

 元気な挨拶の兄と、

「こ、こんにちわ……」

 控えめな妹の挨拶に、俺たちも挨拶を交わした。

「おねーさん、あし、けがしてるの?」

 兄のほうが千鶴に訊ねる。

「うん、怪我してるの」

「へー」

 ただ、あくまで興味を持ったのは車いすのほうなので、交流はここまで。兄弟たちは目を輝かせて車いすを触り始めた。

「緊張する?」

 千鶴に話しかける。

「ちょっとね。看護師さんやひーくん以外の人と話すは初めてだから」

「そうか。なんか困ったことがあったら言えよ(イケボ)」

「早速だけど、倒れそう!!!」

「えぇ!?」

 千鶴のほうを向くと、妹が慌てた様子でいて、彼女の視線の先では兄が車いすを傾かせていた。俺はすぐさま傾いているほうを支える。そして直した。

「ふう……」

 何とか体制を立て直し、一息つく。

「ご、ごめんなさい!」

 と同時に、兄と妹が千鶴に謝った。

「わ、私は大丈夫だよっ!それより……さ、一緒に遊ばない?」

「「…………うんっ!!」」

 兄妹たちとすっかり打ち解けた千鶴。何して遊ぶなどと、話し合いをしている。

 俺は遠くから見学かな。そう思っていると、なんと妹のほうがこちらに来て、

「おにーちゃんもいっしょにあそぼっ!」

 手を引いてみんなのところへ行ったのだ。

 そんなわけで、俺も混ざってみんなでボール遊びをしたのだった。

  

 

 

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