第26話
あか姉が俺のところに来たのは、文化祭の出し物である演劇の舞台を片付け終わって、
教室の真ん中に、廊下に背を向けて俺、その向かい側に智という位置で座っていて、入り口の近くで入りづらそうにしているあか姉を智が見つけたのだ。
「あー……私、ちょっとトイレに行くね」
智はそう俺に告げると、そそくさと教室を出て行った。
これは彼女なりに気を遣ってくれたのだが、俺は少し気が重い。だって……
俺はこれから、頬を紅潮させて慈愛に満ちた笑顔を浮かべたあか姉をフラなくてはならないのだから。
「久しぶり、弘人」
「う、うん。久しぶりだね、あか姉」
俺は気まずいを具現化した顔を隠すように、精一杯の笑顔(実際には苦笑い)を張り付けて、応じた。
「今日はいろいろ出かけていて、弘人たちの演劇を見に行けなかった。ごめんね」
「え?あ、べ、別に謝ることでもないよ。うん」
考え事をしていて、あんまり聞いてなかった。逆に謝りたい。
ていうか、そんなことをしている場合ではない。
俺はあか姉をフラなくてはならないのだ。今日で彼女は帰ってしまう。だから、早く言わないといけない。けれど、肝心な言葉が、口を突いて出てこない。
「……どうしたの?」
俺が葛藤していると、あか姉が首を傾げて訊いてきた。か、顔が近い。
あか姉は
このまま、付き合ってもいいかな。別に、あか姉のことが嫌いではないし、俺がうなづけば彼女は幸せに……。
「自分が好きでも相手が好きじゃないと、嫌だしね」
刹那、智の言葉が脳裏をよぎった。
そうだ。本当にあか姉が幸せになるためには、俺はフラないといけないんだ。
ガシっとあか姉の肩を掴むと、真っすぐ目を見据えて。口を、開いた。
「ごめん……、俺、あか姉とは付き合えない」
「……え?」
あか姉は聞き返した。けれど俺の言葉は彼女に届いている。届いているはずだ。
「俺はあか姉とは付き合えないんだ。ごめん!」
今度ははっきりと、伝えた。残酷だけど、何も感じないというとウソになるけど、敢えて口調を強くはっきりと伝えた。
「……………」
「……………」
二人のいる空間に、重い沈黙が降る。
あか姉はずっと、俯いてしまい表情が全く分らない。俺も下を向いた。
こうなることは大体予想していたが、これからどうすればいいのかわからない。
何分も何時間にも感じられた沈黙の時間を破ったのは、あか姉だった。
「やっぱり……今まで意地悪してきたアタシなんて、嫌いになるよな……」
「き、嫌いじゃないよ!確かに、あか姉は俺に意地悪をしてきたけど、でも、きちんと優しいし、頼りになるし、いい人だし……。俺にずっと勝っている、憧れなんだよ!」
あか姉の思い込みを否定するためについ口を開いたが、心の奥にしまっていたことまで言ってしまった。
勢いで顔を上げたものの、赤面してしまいまた俯きたくなってしまった。と、
「……弘人」
同じく赤面をしたあか姉と、目が合った。
あか姉はぷいっと明後日のほうを向いてしまい、
「アタシはこれからグランドに行くから、弘人もついてこい。もちろん、拒否権はないぞ」
そう言って教室を出て行ってしまった。
「…………うん!」
あか姉のあとを俺が追う。まるで親分子分のような構図だ。
でも、それでいい。普段通りで、いいんだ。
グラウンドに出ると、澄んだ匂いが胸をいっぱいに満たした。
昨日はとある事情があり千鶴のお見舞いに行けなかったから、今日の文化祭が終わった後、俺とあか姉は千鶴のところに寄った。
当然、千鶴はあか姉のこと覚えていなかったが、すぐに仲良くなって今までのような関係にまで戻っていた。うん、よかった。
あか姉は明日学校があるということで、夜に帰ってしまうのだ。
「バイバイ、弘人」
「バイバイあか姉」
俺と千鶴の家の間で、別れを言い合う。先に車に乗っていたあか姉の親の太郎さんが窓から顔を出して、「じゃあな、弘人」と言った。太郎さんにも子供のころから仲良くしてもらっているので、俺は礼をした。
最後にあか姉が、車に乗る前に手を振ったから、俺も手を振り返した。
いつの間にか眠っていたらしい。再び目を開けたら、辺りはすかっり暗くなっていた。この二日間いろいろあったなぁ。と、思い返していたら、突然スマホが着信音を発した。
あか姉?それとも智?
頭に疑問符を浮かべながらスマホを持って見ると、予想外の名前が表示されていたので、俺は目を見張ってしまった。
「安嶋……千鶴……?」
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