第25話
瞼が、目に引っ付いて離れない。
目下に深いくまをこしらえた俺は、ゆっくりと布団から起き上がった。
「
隣で、俺に抱き着いているあか姉が起きる。
「おはようあか姉。……いい加減離れて」
「えー。いいじゃん、もう少し」
「ダメ。今すぐ離れて。熱い」
「………もう少し」
そういってあか姉は、より近づいてぎゅっと俺を、親や大切な人に買ってもらったくまのぬいぐるみのように、ぎゅっと抱きしめた。ほのかにシャンプーのいい匂いが俺の鼻腔をくすぐる。
「……あか姉!」
きゃっきゃとはしゃぐあか姉に対し俺は、強めに言うと無理矢理に引きはがした。あか姉は残念を表情に浮かばせ、俺から(ほんの少しだけ)離れた。
「俺、今日も文化祭があるんだ」
よっこいしょと立ち上がり、あか姉のほうを見る。あか姉は俺と目が合うと、頬を紅く染めながら、笑顔でがんばってと応援してくれた。
ありがとう。でも、それは俺が求めている反応じゃないんだ、あか姉。
「俺、今から着替えるから」
「……うん、私なら……構わないよ」
「そうじゃなくて!着替えるから、俺の部屋から出て行って!」
俺はあか姉の背中を押して、強引に部屋から追い出した。そしてドアのカギを締める。
「…………はぁ……」
そのままドアに背中をつけて、心の底からため息を吐いた。
あか姉の容姿は、俺の好きな
全く、どうしたものか……。
早鐘を打つ心臓を手で押さえながら、俺は数分ドアにもたれかかったまま考えていた。
「……眠い」
文化祭の舞台裏で、俺は大きなあくびをした後につぶやいた。
「あはは……。大丈夫?」
苦笑いを浮かべながら、劇の衣装に着替えた智が訊く。俺は首を横に振って否定した。それから、寝不足の元凶なるあか姉のことについて少し話した。
「それは……大変だね」
「そうなんだよ。で、どうすればいいと思う?」
「どうすればいいって……なにを?」
「あか姉の告白への断り方」
「断り方……かぁ……」
智は前に腕を組んでうなりながら考えた。考えているときの彼女の表情は真剣そのもので、俺は生唾を飲み込みながら見守った。
やがて考えがまとまった様子の智が、ぴんと人差し指を立てて答えた。
「私的には、はっきりと断ってほしいかな。返事を曖昧にしたままだと、変な期待をいだいちゃうし、もやもやもするし。あと―—」
「——自分が好きでも相手が好きじゃないと、嫌だしね」
白い歯を見せながら、智はまぶしいくらいの笑顔でこちらを向いた。
「……智。……あの時は、ほんとすみませんでした!」
俺は、背筋をまっすぐに伸ばしできる限り直角に頭を下げた。
「うむ、分かればよろしい」
智はさっきの笑顔ではない優しい笑顔を俺に向けて、「でも」と続ける。
「自分の気持ちははっきりと伝えたほうがいいよ。そのほうが、けじめつくから」
「……うん、わかった。ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
やはり、持つべきものは親友だな。
俺はしみじみと思い知らされた。
「おーい、もうすぐリハーサルするぞー」
俺が智と雑談をしながら衣装に着替えていると、クラスメイトのひとりが呼びかけた。
「じゃあ、私さきに行くね」
智が俺に声をかけた。俺はうなづいて智を見送った。
すれ違う時に、智の表情が何かを紛らわすようなものになっていたように見えた気がしたけど……たぶん俺の気のせいだろう。
俺は急いで衣装に着替えて、みんなの集まる劇のリハーサルに参加した。
一日目の演劇は、とある事情があり一回目以降ができなかった。というわけで、今日はいつも以上に役を演じて、頑張った。もちろん、出来栄えは大成功だった。
最後の劇が終わり、「お疲れー」と言って舞台裏に戻ってくる役者たちを、「お疲れー」と舞台裏の人たちが迎えた。
そんな感じでクラスメイトがはしゃいでいると、監督が咳ばらいをひとつして、
「えー、まずは舞台の片づけからだけど……」
気まずそうに話を切り出した。
それを聞いた途端、みんなの顔が一瞬一斉に歪む。まぁ、当然の反応だ。せっかくの文化祭だし、他のクラスの出し物も見に行きたいだろう。しかし、それが片づけでつぶされてしまうとすれば、嫌な顔をしてもおかしくない。
監督の表情がより一層気まづくなったよころで、俺が口を開いた。
「あのさ……片づけは全部俺がするよ」
「「え?」」
俺の提案に、みんなは目を丸くして固まった。数秒して、監督がみんなの疑問を代表するように、「いいのか?」と問うた。
「いいよ。これは俺なりのお返しだ。お前らは、『主役だから覚えるセリフが多いだろ。準備は俺たちに任せろ』って言ったよな。だから、片づけは俺がやる。俺に任せろ」
どんと胸をたたき、自信満々に言ってやった。
「………弘人。いや、弘人さん!あざーっす!!」
丁寧に一人ずつ俺のお礼を言って、みんなが教室を出て行った。
「自分に素直でよろしい」
誰もいない教室で、誰に向けたのかわからない言葉が口から出た。
やはり、慣れないことはやるもんじゃないな。
片づけ始めて十分は経過した今、全体の二分の一が終わったところで、そんなことを思い始めた。
「大変そうだね。私も手伝うよ」
ふと、背後から声がして、振り返ると頬に冷たい感触があって思わずのけぞる。
「あっ、ごめん!」
声の主、智が手に持っていたジュースをひいて、謝った。俺はそれを笑って許し、彼女からジュースを受け取ってから何でここに戻ってきたのかを聞いた。
「それは、私も主役だったからね。一緒に手伝うよ。……ダメかな?」
「そんなわけないよ。一緒に手伝ってくれるのはうれしい。ありがとう」
それから、黙々と片づけをした。智が手伝ってくれたおかげで、案外早く終わった。
俺は智からもらったジュースで喉を潤す。冷たくてとても気持ちがよい。炭酸が効いてて、爽快な気分にもなる。
作業を終えたばかりの俺にとっては、最高のものだった。
「あ、まだまだあるよ」
智はビニール袋も持っていて、その中からほかのクラスが作った食べ物がたくさん入っていた。全部おいしそうだが……。
「これって全部智が買ったの?」
俺の問いに智は首を横に振り、袋の中からフランクフルトを丁寧に取り出して、
「違うよ。これらはみんなでお金を出し合ったんだ。はい、これどうぞ」
俺に渡してくれた。
「そうか。なら、みんなに感謝だな」
持つべきものは友達だ。一日に二度もそう思わせられるなんて、夢にも思わなかった。とっても、心が熱い。
目から零れそうな大粒の涙を精一杯堪えながら、智から手渡されたフランクフルトを味わって食べた。
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