第24話

「私と、付き合ってくれ」

 夕焼けに染まる保健室。

 ベッドで横になっている俺に対して、千鶴ちずるの親戚の、あか姉こと安嶋あじま明音あかねが言った。

 頬を紅潮させながら。いつもは鋭くとがらせた目に、温かみを帯びさせながら。

「…………え?」

 俺は驚くことよりもまず、自分の耳を疑ってしまった。

 あのあか姉が……俺に意地悪をしてきたりしたあか姉が……あたかも俺のことが好きなような仕草をして、言い放ったのだ。

 これは絶対に、百二十パーセント聞き間違いだ。

 自分自身にそう言い聞かせながら、

「いま、なんて……?」

 恐る恐る問うてみた。

 するとあか姉はむすっとふくれっ面になり、ベッドに上がってきた。そして横たわる俺に顔を近づけると、真っ赤になりながらこう言った。

「わ、私とっ!つつつ付き合ってくれっ!」


「聞き間違いじゃ、なかったぁ!?」

 がばあと、身を起こした。しかしさっきまでとは異なる場所にいて、一瞬首をかしげてしまった。

 ここは夕焼け色の保健室ではなく、夜で暗くなってしまった俺の部屋。

 つまり先ほどまでの光景は……

「…………夢……」

 俺は心の底から安堵の息をついた。

 別に、あか姉のことを嫌っているわけじゃない。むしろ逆だ。

 あか姉は、こっちに来た時はいつも遊んでくれたし、(他人には)優しいし、俺よりも一つ年上として本当の姉のように接してくれた。

 それでも、あか姉に告白されて「いいよ」とは言えない。俺は千鶴のことが好きなのだ。今は俺の片思いだけど、いつか必ず好きになってもらうんだ。

 ひとり静かに決意を固めた俺は、再び床に就く————

弘人ひろと、起きてたんだね」

 寸前に背後から声がして、ぎょっとした。

 その声は紛れもなくあか姉のものだ。しかしなんであか姉が俺の部屋の俺と一緒の布団で寝てるんだ?

 疑問を抱いた俺は、記憶をたどった。

 

 

 それは文化祭一日目の夜のことである。

 その時俺は、顔を渋らせ頭を悩ませていた。二日目の演劇も上手く役になりきれるか——ではなく、あか姉が俺の家に来たからである。

 本来あか姉は、いとこである安嶋千鶴の家に泊まるはずなのだが、どういう風の吹き回しか、突然俺の家で泊まると言い出したのだ。幸い、千鶴家とは隣同士なので俺の親があか姉と顔見知りで泊まることを許可してくれたのだが、もしそうじゃなかったら駄々をこねていたに違いない。考えただけでゾッとする。

 でも、俺が顔を渋らせ頭を悩ませているのはそこじゃない。

 俺はあか姉を自宅入れて部屋に戻ろうとしていたら、あか姉が突然、「私、弘人といっしょに寝る」と言い出したのだ。

  俺の親は、あか姉の寝る場所は確保しておくと言っていた。だから無理して俺の部屋にくる必要はない。

 なのになぜ俺の部屋がいいといったのか……?

 俺は顎をさすり考える。と、今日の夕暮れ、保健室の出来事が脳裏に浮かび上がった。あか姉に付き合ってくれと告白されたときのことだ。

「わ、私とっ!つつつ付き合ってくれっ!」

 無理という言葉を口から出せなかった。お互いにいい気持になれないのは、よく知っている。でも、上手く断る理由が俺にはない。

 だから俺は、その答えを保留にしてしまったのだ。

 それを思い出し、俺は顔を渋らせてしまった。そして悩んだ結果、仕方なくあか姉の頼みを許可したのだった。


 そうだ、そうだった。

 でも、俺は床であか姉はベッドで寝ていたハズ。

「なんであか姉が俺と一緒の布団にいるんだよ」

「私、弘人と一緒に寝るって言ったよ?」

 そういう意味だったのか……!

「で、でも布団狭いし、寒いよ」

「くっつけば大丈夫。あったかいよ」

 そういって抱きしめてくるあか姉。口調も優しいものに変わっている。

 俺は、まともに寝ることができなかった。

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