第23話
俺の父親は、数年前から単身赴任で家にいない。今は母親と二人暮らしだ。
そんな俺だが、まだ父が家にいた頃に一度相談をしたことがある。真面目な顔をして、「どうやったら
その次の日、父は俺にいろんな格闘技の習い事をさせたのだった。
まぁまぁの月日が経ち、基礎をしっかりと覚え上達したなと思い始めた俺は、自分の上達具合を伝えるために、父のいるリビングに行った。
「お父さん!僕ね、お父さんのおかげで強くなったよ!これで明音お姉ちゃんに勝てる…………」
しかし、父は俺の言葉を最後まで聞かず、手で制してこう言った。
「
当時の俺はその力を使わずに、結局あか姉に勝負事で負け続けていて、父の行いはなんの役にもたたなかったのだが。
だが、今は違う。
断言できる。習っておいてよかった。
場面は、校舎裏に戻る。
俺は自分よりも背丈の大きい成人男性二人に向かって走り出した。視線は、奥にいる、目で必死に助けを求めている女性をしっかりと捉えている。
「あか姉から離れろっ!」
俺の声に気付いた男二人が振り返る。俺は跳躍して、右側にいるやつの顔に、力いっぱい固く握った拳をめり込ませた。男は衝撃を受け止めきれず、後ろに飛んでしまった。
もうひとりがこちらを向く。俺は素早く地面に着地すると、落ちるようにしゃがんで一瞬で男の懐に潜り込んだ。腹部に一回の打撃、足に蹴りを入れて相手の重心を崩して倒れさせた。
「ひ、
涙目のあか姉が、俺の名前を呼んでこっちに来る。俺はあか姉を安心させるよう
に抱きしめた。
「大丈夫?怪我はない?立てる?」
あか姉は首を縦にふった。俺は安堵した。
「いったいな……、何しやがる!」
俺らの目の前で尻もちをついていた男たちが、それぞれが殴打された箇所を押さえながら立ち上がった。あか姉が咄嗟に、俺の後ろに隠れた。ひどく怯えている様子であった。
そんな彼女を一目見て、目の前の男二人に向き直った。
殴った痛みが残る拳を再び握りしめて前に突き出すと俺は、あか姉を安心させるように、相手をビビらせるように叫んだ。
「お前らより俺のほうが何百倍も強い!痛い目を見たくなかったら、今すぐどっかに行け!!」
「な、なめやがってぇ!」
憤慨した男二人が、同時にこっちに殴りかかってきた。
俺は後ろに隠れているあか姉をぽんと一押しして自分から遠ざけると、鬼のような形相の男たちに、真っ向に向かった。
その際、あか姉に一言。
「安心して。あか姉は俺が守る」
男のひとりが大きく振りかぶった。
俺は左腕に力を入れてガードを作り、相手の腕の付け根に押し付け固定して、顎に素早く二発のパンチを食らわせた。男は後ずさりをする。
「さっきからちょこまかと、うざったいんだよクソガキィ!」
もう一人が、今度は掴もうと手を大きく広げてこちらに伸ばしてくる。
これは『
身を屈める。すると男が前のめりになって、しつこく追ってきた。
俺はがら空きの脇腹にぎゅっと握った拳で打撃を与える。防御のしていないところへの攻撃は、相手には大ダメージ。男はよろけてしまう。
今だ!そう確信した俺は、男の急所を思いっきり蹴り上げた!
「キュウ!?」
男は変な声を上げて、倒れこんだ。そのまま痛々しいうめき声を上げながら、悶え転がっている。これで行動不能だ。
「まずは……一人!」
自分に言い聞かせるように叫んで、残った一人に向き直る。頬からは汗が一粒滴った。
「……調子にのるなっ!!!」
男が懲りずに飛び掛かってくる。俺は一歩だけ下がり、左手を固めて下から上に振り上げた。
俺の拳は男のみぞおちにめり込む……ではなく、男が咄嗟に広げた手のひらに吸い込まれて、しっかりと捕まえられた。
「これで逃げられねぇ!」
「しまっ……」
俺の発するものが人に伝わるものとなる前に、視界がもう片方の手によって覆われた。
ゴンっ。
鈍い音が後頭部に響いた。その次に鋭い痛みが来て脳を揺れる。
男は俺の顔面を掴んだ後、その勢いで地面に叩きつけたのだ。
この行動には、今まで見守っていたあか姉が声を上げる。
「弘人っ」
俺は男の鼻の頭を殴り怯ませると、腹を蹴り飛ばして距離をとった。
「大丈夫。どこも痛くない」
俺のあか姉にかけた言葉は、真っ赤なウソだった。
拳は殴って赤くはれている。頭はガンガンと悲鳴を上げているし、今にも潰れそうだ。
俺は男に立ち向かった。
相手の攻撃をよけ、退いてくれるよう願いながら殴った、蹴った。それでも男は退かないし、俺の攻撃を読んでこちらにダメージを与えてくるようにもなった。
俺は何をしているんだろう。
本音がぽつりと漏れた。
それは完全に無意識下のもので、言った本人が一番驚いていた。
「お前は人に暴力をふるっているんだ」
男が言う。心を揺らす作戦のようだ。ニヤついている顔を見れば、何かを企んでいることがまるわかりだ。
しかし、今の俺はそれに気づかない。下を向いてしまっている。
「……………」
男のニヤつきがさらに
地をけり、俺に殴りかかる。それに対して俺は、すべての力を抜いて、その場に直立した。
確かに男たちのいう通り、俺は人に暴力をふるっている。だけど……
「力ってのは、結局は俺たちと同じように人を傷つけるためのものなんだよ!」
「違うっ!」
力いっぱい否定した。俺は硬く固く拳を握り締める。
「俺の力は、女を守るために使っているんだ!」
その言葉は、いつだかの俺に言った、父のものだった。
「ああああああああああ!!!」
俺の拳は、きれいなほどに男の顔面にぶち当たり、そしてぶっ飛ばす。男は背中から地面に着地した。
一度は起き上がろうとしたものの、途中で力尽き、がくりと倒れた。
「…………あか姉……」
俺はあか姉のほうを向く。あか姉も、俺のほうを向いていた。
「守ったよ……俺……」
刹那、ハンマーか大きな岩でなぐられたような重い痛みが、俺の後頭部を襲い、たまらず倒れこんでしまう。見れば、先ほど急所を蹴り上げて行動不能にさせたハズの男が、目に怒りの感情をたぎらせて、立っていた。
「ガキが……手こずらせやがって」
手を大きく振り上げた。俺を殴るつもりだ。
俺は腕で盾を作り、顔の前に構えた。逃げる気力なんて一ミリも残っていない。 万事休すか……。誰もがそう思った、その時————
「こっちです、先生!」
聞き覚えのある声がして、教師たちが駆けつけてきた。
「うちの生徒に何しているんだ!?」
教師のひとりが叫ぶと、俺を殴ろうとしていた男が目を見開いて逃げて行った。
「待てー!」
教師が男を追う中、間一髪のところで先生を呼んだ声の主——
俺は自分が無事だということを伝えるため、微笑んで口を開いた。
「心配すんな。俺はだいじょう……ぶ…………」
あれ……視界が歪む。だんだんと……目の前が……暗く————。
智や先生が来てくれて気が緩んだせいか、俺は気絶してしまった。
目を覚ました時にはすでに文化祭が終わっていた。
ここは学校の保健室だ。どうやら俺は、保健室に運ばれていてらしい。隣には先生がいて、奥にはあか姉や智やクラスメイトが複数いる。
俺は横になった状態で、先生に話を聞いた。主に文化祭のことを。
ただ、あか姉を襲ったあの男たちがどうなったかは、教えられなかった。別に俺は気にしていないのでいいのだが。
とりあえず、この件は一件落着した!…………したのだが。
用事が済んだらしい先生は、よっこいしょと立ち上がり部屋を去っていった。クラスメイトも智も出て行った。つまり、この部屋には俺とあか姉だけだ。
あか姉は持ち前の目つきでこちらを睨みつけてきた。
「ど、どうしたの?」
俺は苦笑いをして、あか姉のほうを向く。
これは……説教かな?笑顔の裏で、そんな考えが脳内を駆け巡った。
しかし、あか姉は何も言わない。それどころか、なんと俺に抱き着いてきた。
「な、なにしてんのあか姉!?」
「………………」
「え?え?」
俺は混乱するばかりだ。だって、あんなに鋭くて人を刺し殺しそうな目のあか姉が、今は少し温かみを帯びているのだ。
「……私と、付き合ってくれ」
俺は新たに、面倒ごとを抱えてしまったようだ。
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