第22話


 文化祭の出し物は、無事に成功した。

 クラスメイトは大いに喜んだ。だが、主役の二人はそうでもなかった。

 もちろん、俺も智も成功したことには嬉しく感じたし、それなりに喜んだ。

 でも俺達は、あることが引っ掛かっていた。

 それは、智が劇の最中に見た、千鶴似の観客がいたということ。

 俺は見つけられなかったし、智の見間違えということもあり得る。

 けれど二人にはわずかにしこりがあった。

 今は劇が終わって、休憩の時間。

 みんなは他のクラスや学年の出し物を見に、教室から出ていった。なので教室には、俺と智だけ。

 とりあえず、俺たちはやんちゃな生徒が身に纏いそうな制服を着替えることにした(智は一応女なので、舞台裏で行っている)。

 先に着替え終えた俺は、智にこれからどこ行くかを訊く。

「うーん……」

 少し間があって、返事が来た。

「グラウンドに出ているお店とかに行きたいかな」

「わかった。先に教室を出とくね」

「はーい」

 智の許可も得たし、俺は教室を出た。廊下から、少しだけグラウンドの様子をうかがう。

 それなりに盛り上がっていた。

 どこのお店に行こうかな。

 そんなことを考えていたら、簡単な服装に着替え終えた智が合流した。

「お待たせー。じゃあ、店に行こうか」

「うん」

 そうして俺達は、少し話をしながら廊下を歩き始めた。


 適当に駄弁っていたところで、急に智が立ち止まった。

 俺は数歩離れたところでそれに気づき、声をかける。

「智?どうしたんだ?」

 すると智はこっちを向き、目の前を指差す。そして目をまん丸くして口を開く。

「ひ、弘人ひろと……、あそこにいるのって、千鶴ちゃん?」

 その言葉を聞き、俺は若干の期待と怪訝な感情を抱きながら、前を向いた。

「げっ!」

 そして露骨な程に嫌な顔をしてしまうのだった。

 目の前にいた女性。それは、容姿が千鶴に酷似している。

 彼女は、千鶴のいとこ。名前は安嶋あじま明音あかね。鋭くつり上がった、凶暴な目が特徴な人だ。歳は俺たちよりもひとつ上だから、俺は『あか姉』と呼んでいる。

 智が劇中に見たという千鶴は、多分この人だろう。

「お!ひーくんじゃん!」

 俺はあか姉に見つかり、声をかけられた。猛スピードで迫られる。

「なんだよ。いるんならきちんと言えよな!」

 バンバンと背中をおもいっきり叩かれ、俺は噎せてしまう。

「え?え?」

 智が心配そうにしていた。俺はあか姉の攻撃から避けて、彼女に軽い紹介をした。

「私は旭ヶ丘あさひがおかともです。よろしくお願いします!」

「あぁ、よろしくな!」


 あか姉は、千鶴の親、次郎さんの兄、太郎さんの一人娘だ。彼女とは、千鶴が引っ越してきた次の年に知り合った。

 あか姉は正月や行事の休みに、よくこっちに訪れて、俺達と遊んでくれるいい人だ。

 しかし俺は、この人を見るとつい嫌な顔をしてしまう。

 理由はとっても簡単で単純だ。

 俺はこの人と勝負をして、まだ一度も勝ったことがない。

 会う機会がすくないこともあるだろうけど、なにをしても俺は勝てないのだ。

 鬼ごっこもかくれんぼも、いろんなスポーツで対決しても、勝てないのは俺ばっか。

 頭を使うボードゲームなんかも、いつも負けるのがオチだ。

 それなら運に頼ってじゃんけんをしてみるも、イカサマを疑うレベルに全敗してしまう。

 そんな感じで、俺はあか姉に苦手意識がある。

 現在、俺と智と新たに加わったあか姉は、ちょうど昼の時間帯ということもあり、お店で食べ物を買っていた。

「ひーくん、それうまそうだな。一口くれ!」

 隣にいるあか姉が、俺の持っているフランクフルトを齧る。フランクフルトは半分以上減ってしまった。

 あか姉の一口はでかいんだよ。とほほ……。

 俺は肩を落として、残った肉をパクついた。

 時折、そんな俺を見て智が心配して、自分の買った食べ物を分けてくれようとするが、そのたびにあか姉が阻止そしして、

「いいって、これくらい厳しくしねぇと、あいつはずっと負け続けるからな!」

 あっはっは!と声を出して笑う。

 なにも言い返せないのが悔しい。

 さっきから、ずっとこんな感じだ。おかげで財布は痩せていくのに、腹はなかなか満たされなかった。


 立ち食いをしながらお店を回っていたが、足が疲れたとヒールのあか姉が言ったので、校舎裏に近い木陰で休むことにした。

「あか姉は、千鶴がいまどうなっているか、知ってる?」

 ふと、俺は訊いた。今日あか姉と会って、ずっと気になっていたことだった。

 あか姉は突然真剣な顔になり、俺の方を向いて頷いた。

「あぁ、知っている」

「……そうなんだ」

 俺は空を仰いだ。あか姉も俺にならって天を見上げて呟く。

「お気の毒だったな。あいつも、お前も」

「…………」

 あか姉にしては珍しく穏やかな声で気を遣ってくれたから、俺はちょっぴり嬉しかった。

「あのさ。今日の文化祭が終わったら、俺達と千鶴のお見舞いに――――」

 隣を見た。けれどあか姉の姿はなかった。

「あ、あか姉!?」

 俺はおもむろに立ち上がり、周囲を探した。しかし見つからない。

 智に、「先生を呼んできて」と頼んだところで、あか姉の声が聞こえた。

 場所は校舎裏あたり。すぐ近くだ。

 俺は急いでそこへ向かう。

 するとそこには、自分よりも背丈の高い男性二人と、それに捕まって必死にもがくあか姉の姿があった。

 あか姉は俺を見つけると、

「助けて、弘人!」

 と叫び助けを求めた。

 そこで俺は悟った。あか姉が、ピンチだと。

 俺はあか姉に一度も勝ったことがない。なにをやっても、負けるのはいつも俺。

 そんな俺が、あか姉が敵わない相手に立ち向かうなんて、普通に考えれば、勝ち目なんてないだろう。

 頭ではそれがわかっていても、俺は無意識のうちにあか姉の元に向かっていっていた。

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