第21話

 文化祭前日。

 俺とともは、放課後に千鶴ちずるのいる病室へと訪れることにした。宮下みやしたは、誘おうとしたが見つからなかったためここにはいない。

 今はバスの中だが、お互い千鶴に会うのは久しぶりなので結構緊張している。車内はエンジンの音だけが忙しく聞こえるだけだ。

 緊張感を紛らわすため、俺は智に話しかけた。

「千鶴に会ったら、まずは何を話す?」

 智はうつむき加減で考えたあと、答えた。

「げ、げんき?」

「…………」

「き、急に黙るな!」

 顔を真っ赤にした智につっこまれた。俺は謝る。

「ご、ごめんごめん」

「…………。それで、弘人ひろとなら、なんて声をかけるんだ?」

「……げ、げんき?」

「同じかよ!?」

 またもつっこまれた。……でも、仕方ないじゃないか。だって数ヶ月もあってないんだから!

 再び、俺たちを沈黙が襲う。

 今度は、智のほうから口を開いた。

「千鶴ちゃん……元気かな?」

 その言葉には、本当に心配しているんだなって事がまるわかりなくらいに、感情が込められていた。俺は智に、そして俺自身に言い聞かせるように、根拠のない答えを言った。

「元気だよ、きっと」

「…………そうだよね」

 ふと、隣を見た。

 俺の横に座る智は、空を眺めていた。その目は、どこか温かさの宿った、優しいものだった。俺も静かに微笑んだ。


 バスが目的地に着いたのは、それから数分後だったのだが、どうも俺には数十分にも感じられた。おかげで、滅茶苦茶うずうずしている状態だった。

 病院では若干の懐かしさ感じたものの、俺も智も一直線に千鶴のいる病室に向かった。そして勢いよくドアを開けた!…………そこまでは良かった。ドアを開けた時のばんという音だけが渡り、後には沈黙が訪れた。

 千鶴は目をまんまるくしてこちらを見ている。

 すごく気まずい気分だ。なんの話をすればいいのか分からない。智も同じらしく固まっている。

 何か…………言わねば!

 病室の入り口で硬直したまま。勇気を出して、重々しい口を開いた。

「げ、げんき?」 

 刹那、どこからかズゴーと倒れる音がした。そして、

「コミュニケーション下手ですか!?」

 ベッドの奥から宮下が飛び出てきた。

「「何で宮下(花織かおりちゃん)がいるんだよ!?」」

「それは、千鶴さんのお見舞いをしにきたからですよ。私達、カップルですもの。ね、千鶴さん」

 いかにも当たり前のように(実際そうだけど)、言い放った。千鶴も首を縦に振って返した。俺はバレないように歯ぎしりした。そう、悔しいのだ。

 俺は先日、智に千鶴が好きな事とそれを隠して交際をしていることを見抜かれた。そして本当に好きな人のことだけを考えればいいと言われ、俺は言われたとおり千鶴のことだけを考えようと決めたのだが……。

 既に千鶴は付き合っており、その相手となるのが、宮下花織。

 宮下は学園アイドルと呼ばれている。俺にとってはライバルなのだ。

 そんな彼女は「それより……」とこちらに近づいてきて、

「お二人とも、仲直りしたんですね!BNN作戦は意味無かったけど……最終的には仲直りできて、よかったです!」

 無邪気に伝える宮下。初耳の作戦名に戸惑う智を尻目に、俺は返しす。

「あぁ、仲直りしたぜ、と」

「……………………はい?」

 どこか引っ掛かる単語が逢ったらしく、笑顔のまま冷や汗を流して聞き返す宮下。俺はもう一度言ってやった。

「宮下のおかげで、親友と、仲直りができたぜ!別れちゃったけど、俺達は良かったと思ってるぜ。BNN作戦は意味が無かったけど、目的は達成したし良いよな!」

「よくなああああああああああああい!!!」

 宮下が耳元で叫んだ。聴覚がキンキンする俺に、彼女は詰め寄る。

「どうして別れちゃったんですか!?だいたい、貴方はそれでいいんですか?」

「いいんだ。俺は本当に好きな人を好きになるんだ」

 自信満々に答えた。台詞には後悔の念は微塵もなかった。

 俺と智は千鶴の所へ行った。宮下も最初は頬を膨らましていたもののやがては肩を竦めると、俺達の会話に参加したのだった。

 

 部屋に太陽の日差しが差し込んだ。俺の心は、朝には似つかわしくない程に高鳴っていた。

 ついに、文化祭当日だ。

 俺は身支度をぱぱっとこなすと、早速学校に向かった。

 学校の校門では、生徒会が作ったであろう、大きく『文化祭』と書かれた門が建てられていた。

 教室に行くと、昨日皆で準備した劇のステージが構えられていて、自然とやる気が入ったような気がした。中にはもう衣装に着替えたクラスメイトもいる。

「おはよう、弘人」

 そのなかの一人が声をかけた。俺もおはようと返した。

「よぉ神山。おーい、主役が入ったぞー!」

 友達がふざけて誰かを呼んだ。舞台の裏から声がして、監督が出てきた。監督が俺を含め皆に呼び掛ける。

「リハーサルをやるぞ!」

 

 俺らの演劇は午前に一回午後二回ある。これは第一回目の劇。舞台上では俺と智が衣装の学ランを着て、役を演じていた。

 今は物語の中盤で、この台詞が終わったらしばらくは出番がない。

「行くぞ、智!」

「分かったぜ!」

 智が頷き、俺達は走って舞台を去って行った。

 舞台裏。劇中にはあまりない休憩時間を、俺は智と話すことにした。

「いい感じだな、智」

 さっきのシーンは、たくさん練習をして、個人的には文句なしだった。だが、智は顔をしかめている。

 俺には智は考え事をしているように見えた。

「どうしたんだ、何か気になることでもあるのか?」

「え?ああ……」

 彼女は話そうか少し悩んだ後、俺に打ち明けてくれた。

「実は……観客に千鶴ちゃんがいた気がして……」

「でも、千鶴は今病室にいるはず…………」

 そうは言いつつもコッソリと観客席を観察する俺。当然、そのなかに千鶴の姿はない。

 智が嘘を吐いているようには見えないけど…………。

 俺達は一つの疑問を抱えたまま、演劇に望んだ。

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