第20話
今日も今日とて演劇練習で叱られた後、俺は
宮下の家は…………まぁ、想像の通りの豪邸であった。価値の高そうな表札が飾られた、どっしりと構える門に俺は圧倒された。
こんな田舎には浮きすぎる建築物。
中も当然広く、俺は思わず天井を見上げた。うちとは比べ物にならないくらい、高かった。
宮下が今日の練習内容を説明するときに、数人のメイドの姿が目についた。
これじゃあ、リアルお嬢様だ。
「…………聞いてます?」
と、宮下が、俯いて考える俺の顔を覗きこんできた。俺はちっとも聞いておらず、首を横に振った。
「……全く。まぁいいです。ついてきてください」
宮下は溜め息をひとつつき、俺についてくるよう指示し、稽古場へと案内した。
宮下家の稽古場というのは、本格的で立派なものだった。壁の一面に大きな姿見があったりと、劇の役者やダンサーの人が使うような感じのものだった。
「ずいぶん本格的なところなんだね」
「はい。父に将来は女優になりたいと言ったら造ってくれました」
金の使い方がやべぇな、宮下家。俺はニコニコ笑顔で話す宮下にだんだん恐怖を感じ始めてしまった。
俺が肩を震わしていると、突然稽古場のドアが開いた。そして一人の女性が入ってくる。
「花織さま、只今参りました。あら?そちらの方は?」
メイド姿の女性は、俺を指差して宮下に尋ねる。宮下は、俺をちらりと嫌そうな顔で見て、紹介した。
「こちらは、
…………。…………ん?
若干の違和感を感じつつ、俺は会釈をした。メイドの女性も、自己紹介をする。
「
丁寧にお礼をする花咲さん。年齢は30くらいだろうか。歳の割には肌かきれいだった。
「それで花織さま、今日はなんの御用でしょうか?」
花咲さんは宮下に訊く。宮下は答える。
「そこの神山さんに、劇の稽古をしていただきたいのです」
「神山さんに、ですか……」
「ど、どうもです」
驚いた、という表情になる花咲さん。そりゃあ、いつも宮下を教えているのだから、そんなリアクションはするだろうな。やっぱり不満とかあるのかな?
俺はそう思いながらも、顔には笑顔を作り軽く頭を下げた。
「………………」
花咲さんは突如、黙り混んでしまった。肩をふるふると震わせ、俯いている。
「は、花咲さん?」
心配になり、俺も宮下も声を掛けた。と、
「いいですよ!花織さまの願いでございましたら、なんでもします!」
勢いよく顔をあげ花咲さんが言葉を放った。目はキラキラと輝き、滅茶苦茶笑顔だ。
続けて宮下の手を取り、鼻息荒く言う。
「任せてください!必ずや私が、花織さまのお友達を―――劇役者にして見せましょう!」
「えぇぇぇえぇえぇぇぇぇぇぇぇ!?」
こうして、演技力をつけるために頼んだ劇の特別練習で、俺は劇役者になるための稽古をすることになったのだった。
「オ、オレノナカマニナニスルンダー」
「カットォオォォォォォォ!!!」
数日後、俺の演技に何十回目かのカットが入ってしまった。
監督が鬼のような形相でこちらへ向かってくる。止められた俺は、苦笑いで訊ねる。
「な、なんだよ。まだなにかあるのか?」
「あ↓る↑わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
監督が怒鳴った。
「変わってないんじゃぁぁ*¥&₩@#℃!」
「か、変わってないって言われても………」
この一週間、俺はメイドの花咲さんに毎日稽古をつけていただいていた。変わっていないはずがない!……と、言いたいところだが、事実、俺の演技には変化がない。下手くそのまんまだ。
「なんでできないんだよ!みんなは上手くやっているのによぉ!もっと感情を込めることはできないのか!?」
詰め寄ってくる監督。文化祭本番が近いせいか、少し苛立っているよう感じる。
俺は俯いてそれを聞いていたがもう限界だ。拳を固く握って、言い返す。
「知らねぇよ!俺だって毎日毎日練習してんのに!感情を込めて台詞を言おうと努力してんのに!みんなと文化祭を成功させようって、努力してんのに…………なんで俺だけ上手くできねぇんだよ!」
やけくそに、言ってやった。
顔が熱く、息が荒くなっている。目には涙がたまっている。今にも泣いてしまいそうだ。
俺と監督に、剣呑な空気が流れる。今にも喧嘩をしてしまいそうな様子だった。
それを察してか、クラスのなかの何人かが、俺たちの間に割って入り、宥める。
監督はそれでなんとか落ち着きを取り戻したが、俺はこの感情が収まらず、この教室から出ていってしまった。
行き場のない俺は、誰もいない屋上に続く階段の踊り場で、頭を埋めていた。
「俺だって、がんばろうとしているのに、なんでみんなはわからないんだよ…………」
そんな独り言をぶつぶつと呟いていた。情けない。本当に情けない。こんなとこ、誰かに見られたりでもしたら…………。
「わかるよ!」
突然目の前から声がして、顔をあげた。なんとそこには、智が立っていた。
俺は目を丸くしたのち、恥ずかしさで顔を真っ赤にして、顔を隠すように俯く。そして、少しムキになって言った。
「…………なんでわかるって言えるんだよ」
「それは…………」
言葉に詰まる智。ほら、わからないんだろ。
俺は嘲笑う。また元通りに仲良くなりたい智を責める、最低な俺を。
そんな俺の前で、智は口を開く。
「弘人はいつだって、真剣な顔をして頑張っているよ!演技をするときだって、努力しているんだなってわかるくらい、真剣な表情をしているよ!」
「…………え?」
俺は予想外な言葉に、思わず顔をあげる。
見ると智は、頬を赤く染めていた。
「花織ちゃんからも聞くよ!毎日練習して、頑張ってるって!」
「……………………」
俺は目を見開いて、声がでないほど驚いていた。智は俺をちゃんと見ていたんだな……。
「…………でも俺、演技上手くならないし――――
この言葉は、俺の口から自然と出た。こんなこと、ほんとは言いたくないのに。
「――だから、悪いのは全部俺…………」
「そんなことはないよ!」
智が叫ぶ。今にも泣きそうな顔で、俺の言うことを否定した。そして、俺のとなりに座る。
「弘人は悪くない。悪いのは、私の方だよ」
最上階、屋上の手前の踊り場で。
智の口から出た予想外な台詞に、俺は疑問しか浮かばなかった。
「なんで智が悪くなるんだよ」
俺は訊ねた。智は一回俯いて、なにかを考えてから顔をあげて、話した。
「私ね、気づいていたんだ。弘人が、
「違う!」、とはすぐに言えなかった。
「でも今は、智のことが――――」
「本当に好きなの?」
「……………………」
俺は黙り込んでしまった。言い返そうとしても、なにも思い付かない。なにも出てこない。
「私のことを好きになろうとしているんでしょう?弘人は優しいから」
「だから、」と彼女は続ける。
「私のことを『女』として見ようとしているから、この物語に感情移入ができないんだよね。多分だけど、無意識に」
そこで智は、両手で挟み込むように自分の頬を打ち、そして姿勢を正した。
「別れよう。私たち」
俺は別れの言葉が来るのだろうなって、薄々感付いていた。それでも、抵抗があった。
「で、でも…………」
俺の言いたいことを汲み取ってか、智が首を横に振る。
「私のことはいいよ。弘人は千鶴ちゃんのことが好きなんだから、千鶴のことだけを考えて」
その瞬間、俺のなかで区切りがついた。
俺は智に
「わかった!」
俺はいつの間にか、涙を流していた。それは決して別れてしまったからではない。その涙は、違う理由で流れていたのだった。
「ありがとうな、智」
「いえいえ。これからは、『親友』だぜ」
「あぁ、よろしくな、『親友』」
俺たちは互いに握手をして、少し喋りながら階段を下りていった。
教室に戻ると、監督を始めとするクラスの全員が、俺の前に集まってきた。
「弘人、ごめん!俺、お前の気持ちを知らずに好き勝手言ってしまった!」
監督が頭を下げる。それに続いてほかのやつらも「ごめん!」などと言って頭を下げた。
「俺の方こそ、さっきはやけくそになってた。ごめん!」
俺も謝った。なんだかんだ言っても、やっぱりこいつらは俺の良き友達だ。
「気を取り直して。みんなで、文化祭を成功させようぜ!」
「「おぉー!!!」」
こうして俺らは、また劇の練習を始めた。たまーに監督の怒号が響くものの、俺は案外上手く役を演じれた。
劇練習も順調だし、クラスも一段と絆が深まった。これで文化祭成功は間違いなしだ!
宮下の考えた『BNN大作戦』はやる必要がなくなったけど、まぁ、そんなものはどうでもいいか。
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