第19話

「オ、オレノナカマニ、ナニスンダー」

「カットォォォォ!」

 午後の教室内で、監督気取りのクラスメイトが声を張り上げた。台本を片手に、俺はげんなりとして訊ねる。

「なんだよ。まだなにかあるのかよ?」

「あ↑る↓わぁぁぁぁぁぁあ!なんだよ今の棒読みは!それでもお前は主役かっ!?」

 自分で役を押し付けたのにそれはない。

「もっと感情を込め*&@%℃¥$#!!!」

 途中、熱がこもりすぎて監督が獣化してしまった。まともな言葉を話せていなかったぞ。

 目が血走り、肩で呼吸をする監督を、近くにいた生徒がなだめる。ある程度落ち着きを取り戻したところで、監督は話を再開させた。

「とにかく、お前は主役なんだからもっと感情を込めないといけないんだ!」

「…………わかってるよ」

 実際、俺も自覚はある。重々承知している。

 クラスの出し物の詳細を話し合ったあの日から、みんなは協力しあって劇の準備をした。

 ある人は台本を書いてきたり。

 ある人は演劇のコツをしらべてきたり。

 ある人は小道具などを作ってきたり。

 クラスが一丸となり、成功という目標に向かって努力をしていた。

 しかし、そこには致命的な問題があった。

 俺の演技力不足。

 俺だって、努力をしていないわけではない。

 俺と智が主役と決まったあの日の夜、智は俺に『がんばろうね』とメールをしてくれた。何か月ぶりかのその連絡に、俺は滅茶苦茶嬉しかった。頑張ろうって思った。

 絶対成功させるぞって、思った。

 しかし、どうしても棒読みになってしまう。自分なりに、ドラマとか手本にして台詞を真似たりしているのに。

 そのせいで俺は、みんなの足を引っ張ってしまっていた。

 俺が悔しさで拳を強く握りながら俯いていると、終わりを告げるチャイムが鳴った。

「みんな、今日はここまで。明日も演劇の練習はするから、帰ってからも練習をするように」

「「はーい!」」

 学級委員長の高橋さんが呼び掛けに、クラスの全員が返事を返した。

 そこからは各自解散となった。

 俺は今日の宮下みやしたに近況報告をするために、さっさと身支度を整え――

「あの、今日いっしょに帰ってくれる?」

 ――ている途中に、隣の席から問われた。横を見れば、なんと智がそこにいた。

「え、あー…………」

 俺は返答に困ってしまった。思わず天を仰いでしまう。

 正直、智といっしょに帰りたい。

 最近智とはトラブルがあって話せていないのだ。だからこのチャンスをいかして仲直りし、また気軽に話せるようになりたい。

 しかし、だからと言って宮下の約束を守るわけにもいかない。あっちは先約だ。

 でも宮下と会うのは、俺と智とが仲直りすることについて話し合うため、だからな……。

 悩みに悩んだ末、俺が選んだのは…………やはり先約が入っていた宮下だった。

花織かおりちゃんと会う約束があったんだね。それじゃあ、仕方ないね」

「ああ。本当にごめん」 

「ううん、いいよ。明日もがんばろうね」

「うん、がんばろう」

 そうして、智と別れ、俺はファミレスへと向かった。


 夕方、仲の良い高校生のグループがたむろするファミレスへ、俺は訪れた。店内にはすでに宮下が、窓側の席を陣取っていた。

「あ、ここです、神山かみやまさん」

 俺に気づいた宮下が、席から腰を浮かせ俺に手を振り自分の位置を知らせる。俺も手を振り返して、宮下の座る席へ向かう。

 ここで店内がざわついた。  

 宮下は、近所の学生の間では学園アイドルと言われるほどの美少女だ。店内の学生はみんな彼女に目を奪われていた。そんな宮下に男がいるとなると、そりゃざわつくだろう。

 しかし現実は――

「せっかく、私のかわいいかわいい女の子ともだちと遊ぶことを断ったこの私を待たせるとは、どのような神経をしているのですか!全く!」

 ――宮下は女が恋愛対象で俺を含め世の男子には全く興味がないただの女子高生なのだ。

 俺はぷんぷんする宮下に、苦笑いをしながら手を合わせて頭を下げた。

「悪い悪い。こっちに向かうときに、智に、いっしょに帰らないか、って誘われてさ」

「なにしてるんですか!?なんでいっしょに帰らないんですか!?」

「え?だって、宮下のほうが先約だったから」

 俺が淡々と説明すると、宮下は溜め息をひとつ漏らした。

「別にいいんですよ、いっしょに帰ったって。それで貴方と智さんが仲直りできるなら、私との約束なんて破っちゃってかまいません」

「でも、宮下は俺が約束破れば怒るでしょ?」

「まぁ、この私が有意義な時間を割いてまで取ってあげたこの会議を貴方が破るなら、そりゃ怒りますけど。でも、理由がそれなら許しますよ!」

「あー、せっかくのチャンスを逃した……」

 頭を抱えて落ち込む俺。またも、宮下から溜め息が漏れた。後悔の念で押し潰されそうだ。

「すみません、ドリンクバーをひとつ」

 近くを通った店員さんをつかまえて、宮下が指をぴんと立てて頼んだ。店員は小走りにコップを取ってきて、テーブルに置いた。

「はい、これ。好きなものを飲んで落ち着いたら、会議を始めましょう」

「うん。ありがとう」

 俺は宮下の言う通りにドリンクを注ぎ、それを一口啜って、それから近況報告をした。

「智さんとは話せたけど、進展はなかった感じですか……。やはり、あの作戦を使うしかないわね」

「…………あの作戦か」

 あの作戦とは、前回の会議で俺に耳打ちをした作戦のことだ。

 宮下が裏で智にいろんな厄介事をして、それを『いい男』俺が演じて、智との好感度をあげる。そして無事、仲直りができるというものらしい。

 俺には演技力がない。さらには、人を騙す罪悪感もあって、あのときは当然断った。

 しかし、ここまで進展がないとなると、やはりその作戦を使わざるを得ないようだ。

「…………わかった」

 俺は下唇を噛んで、その用件を受ける。

「たが、それにはひとつ、条件がある」

「な、なんですか?」 

 宮下がごくりと唾を飲んだ。

 二人の間に、妙な緊張感が感じられた。

 そのまま俺は、言葉を続ける。


「俺に演技が上達する方法を教えてくれ!」

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