第15話

 あれから、二週間ほどが経過した。

 ともは無事に風邪を治して、いつも通りに登校してくれた。

 宮下みやした毎日千鶴ちずるのもとを訪ねて、より仲良くなれたとかで惚けていた。

 俺も、何事もない毎日を過ごしている。

 今日もまた、この平穏な日々を送れる――

「今日の放課後、図書室に集合!いいね!」

――宮下の命令によって、俺の日常はことごとく奪われたのだった。

 

 そんなわけで放課後、俺と智は、一階にある静かな図書室へと、足を運んだ。 

 図書室は、普段はあまり生徒が利用しない。もともと薄暗く静かな雰囲気が苦手という理由で使われないことが多い。

 そんななかで、読書のために設置された長机に、俺と智が隣同士、宮下が向き合う形で席に着いた。

「で、なんで今日は俺らを呼び出したんだ?また惚け話か?」

 俺は怪訝そうな顔で、宮下に訊ねる。宮下は、それもしたいですけど……、と前置きをしつつ、真剣な表情をして、正面の俺たちに向かって答えた。

「でも、今日の本題は、千鶴さんの失われた記憶を取り戻す方法を見つけることです!」

『………………………………………』

 この図書室が、さらに静まり返った。

 俺はこの場の空気を変えるために、少し大きめの咳払いをした。二人が視線をこちらに向けたところで、俺は宮下に自分の思うがままに話す。

「それは、無理だと思うぞ、多分。これまでの千鶴の記憶に関するものを見せたけど、すっかり忘れているみたいだった……」

 この意見を、しかし宮下は鼻で笑った。

「それは……愛が足りないんじゃないんですかねぇ……?」

 完全に、小バカにするような顔で、こちらを見てくる。俺は思わずイラッときた。

 確かに、俺は千鶴より智と付き合う方を選んだが、それでも、千鶴に愛がないとは限らない!俺は同じように、強きになって返した。

「はんっ!それは違うね!俺は千鶴の幼馴染み!愛のひとつやふたつはあるんだよ!千鶴のことで知らないことなど、(多分)ない!」

 ビシッと宮下に指を指しながら、キメ顔で宣言した。

「むっ。…………ならあなたは、千鶴さんのほくろの数を知っているのですか?」

 宮下が苦し紛れに質問してくる。俺は……その簡単な問題に、またもキメ顔で即答する。

「23。簡単だね」

 小さい頃に、一緒にお風呂に入った時に数えた。決して勘などではない!確証のある、答えだ!

 やれやれといった仕草で宮下を見下ろす。彼女は……俯いたまま、「正解です……」と、呟いた。

「確かに、千鶴さんのほくろの数は、常人よりも3、私より5ほくろ多い23です。でも……」

 宮下が、徐々に顔をあげる。そして、完全に正面を向いた宮下の表情は…………

「どうして、カノジョ持ちのあなたが、そのことを知っているのでしょうか……。ねぇ、旭ヶ丘あさひがおか智さん?」

「…………あ」

 気づいて、ぎこちない動作で俺は智の様子を確認する。智は、大粒の涙を目に溜めていた。今にも泣きそうだ。

「えっと、あの、これは……ね?その、あれだよ、あれ。俺と千鶴って、ほら、幼馴染みじゃん?だから、知っててもおかしくないからさ?」

 あたふたして全く言葉がまとまらないなか、俺は必死の言い訳を試みる。

「………そうだよね……。弘人と千鶴ちゃんって幼馴染みだもんね。それくらい、知っているよね……。…………。うわぁぁぁぁん!」

「あ、待って、智!」

 しかし、一瞬納得したように見えたが、最後には涙を流しながら、この静まった図書室を一直線に駆け抜けて出ていった。

「…………」

 ただ智を引き留めるために伸ばした俺の手は、重力に抗う気力を失い、ただ呆気なく降ろされた。

 智に、悪いことをしてしまったな……。

 俺は重々しい溜め息を吐いて、自分の座っていた席に腰を掛けた。今の俺には、やっちまったという後悔しかなかった。

「…………はぁ」

 また、溜め息が漏れてしまった。

「こんなはずじゃ……」

 突然、目の前にいる宮下の口から、ポツリと呟きが漏れた。見れば、彼女の顔は、真っ青だった。どうして?と疑問に思っていると、俺の視線に気づいた宮下は、いきなり頭を下げて謝罪した。

「ごめんなさい、ごめんなさい!こんなことになるとは思ってもいなかったんです!ごめんなさい、ごめんなさいぃ……」

「そんなに謝るんだったら、なんでこんなことをしたんだよ?」

「貴方が智さんに叱られて、あわよくばビンタでもされればいいなと思っていたんですよ」 

「おい」

「で、でも……こんな風になるなんて、思ってもいなくて……」

 確かに、宮下は俺と智を別れさせようとたくらんでいるわけではないことは、今までの台詞でも充分伝わってきた。

「だから、ごめんなさ――」

 だから俺は、宮下の何回目かの謝罪を、手で制して、微笑みかける。

「智のことをあまり考えていなかったのは俺もだから、別に悪いのは宮下だけじゃないよ。あと、その謝罪は、俺じゃなくて、智にするもんだろ?」

「…………はい」

「じゃあ、一緒に謝りにいくか!」

「…………はいっ!」 

 そうして二人、玄関で涙を拭いながら靴を履く智を見つけて、滅茶苦茶謝った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る