第14話
それは放課後、俺が今日知り合った、学園アイドルと呼ばれる存在の
部屋にはいってすぐに、宮下さんは千鶴に愛の告白をして、なんと千鶴は、いいよ、と微笑んで、それも俺をチラリと見た上で答えたのだった。
場は、一瞬だけ沈黙が訪れた。
そして、この状況を先に読み込めた宮下さんが、感極まった様子で「本当に!?」と千鶴の手を取って確認した。
千鶴は頷く。宮下さんは、飛び上がって喜んでいた。千鶴も、その喜びかたに驚きはしたものの、そのあとは嬉しそうに笑っていた。
それを見ていた俺は、病室の入り口付近でただひとり、取り残されたようにポツンと立っていた。
この場合、俺はどうするべきなのだろうか。俺と智が付き合う時の千鶴みたいに、二人を喜んであげる。それが、千鶴や宮下さんにとって一番心地のいい、俺のするべき行動としてはいいのだろう。
しかし、それを素直にできるかというと、そうではない。理由は、多分俺が普通は男女でお付き合いをするという固定観念に囚われているからだと思う。
病室の入り口の前で、頭を回転させて悩んだ挙げ句、俺の取った行動は、
「おめでとう!よかったな、宮下さん」
と、喜んであげることだった。
「はぁ~」
家に帰った俺は、自室のベッドに腰かけて、重々しいため息を吐いた。あの後、千鶴と宮下さんのカップルが楽しく話していて、俺は完全に蚊帳の外となってしまっていた。
俺はその時、嫉妬に似たような感情を抱いていた。俺ひとりだけ、話の輪に入れなかったことによるものか、それとも……。
そう考えかけて、俺はベッドに背中から倒れ込んだ。なにもない天井を見上げて、俺は手を上に伸ばした。
「ほんと、なにしたいんだろうな、俺」
伸ばした手が空を切って落ちると共に、俺は呟いて、そのまま瞼を閉じた。
次に目を開いたのは、それから二時間くらい経った頃だった。俺は、突然に鳴った携帯電話の着信音に起こされた。
発信者は、今日は風邪で休んでいたはずの、俺のカノジョの智だった。
俺は素早くスマホを操作すると、それを耳元に当てて智に応じる。
「もしもし、智?どうかしたの?」
『な、なんでもない……よ。ただ間違えただけ……こほこほ、だよ。ごめんね』
智の声は、大分元気がなかった。途中で咳き込んでもいたし、本当に風邪を引いているんだなというのが、ひしひしと伝わってくる。
ここは智のカレシとして、カノジョの看病をしなくては。そう思った俺は、智が通話を切る前に訊ねた。
「今、どこにいるの?」
『え?い、家。実家じゃない方の……』
「親は、いるの?」
『いや、呼んでないけど……どうしたの?』
その問いに、ベッドから起き上がった俺は、こう答えた。
「今からそっちにいくけど、いい?」
『え?ほんとに!?――じゃなくて、悪いよそんなの!私は大丈夫……こほこほ……』
大丈夫とは言うものの、咳き込んでしまう智。俺はこのまま、押しきる。
「大丈夫じゃないだろ!俺はお前のカレシなんだから、ちょっとくらいは頼ってもいいんだよ?」
『で、でも……』
「俺のことは、いいから」
『…………うん。わかった』
「ありがとう。じゃあね」
『うん』
電話を切って、俺は早速準備を始めた。
うちでは、こういうときにはよくお粥が出されたので、下のリビングで調理をしている母に、俺が今から出掛けることとお粥の作り方を聞いた。
玄関で俺が靴を履いていると、
「
と背後から声が掛けられた。
振り返ると、母が手にやや大きめな鞄を手に提げていた。
「どうしたの?」
俺が訊くと、母はその鞄を手渡してきた。
「これは……?」
俺は呟きながら、中身を覗いた。中身は、
「お粥の材料よ。もしも弘人が作り方を忘れたときのために、特製レシピの書いた紙も入れといたわよ」
ウィンクしながら説明してくれた母に俺は感謝の言葉を伝えて、そして智の家に向かった。
手提げ鞄を持って、俺はあらかじめ聞いていたアパートの
心臓が早鐘を打っている。何気に千鶴以外の女子の家を訪れたことがないから、とても緊張しているのだ。
プルプルと震える右手で、インターホンを押した。すぐに、はーいと返事があり、ドアが開いた。そこには、厚着をしている、少し顔を赤らめた智がいた。
「ごめんね、突然行くって言って」
まず俺が謝ると、智は俯きながら首を横に降って、俺を家の中に案内してくれた。
智の部屋は、ひとり暮らしには丁度いい広さで、物が丁寧に整頓されていて、キレイだなと俺は部屋を見渡していると、智が顔を更に赤く染めた。
「あの……あまりじろじろと見ないで欲しいな……。その……恥ずかしい……」
「え、あ、ごめん。ついキレイだなと……」
確かに、女子の部屋にいきなり押し掛けて、そのままじろじろ見るのは変態な行為だったなと反省しながら、俺は言い訳をした。
智は目をぐるぐる回しながら、
「ひ、ひろとは、な、何をしに来たんだよ」
と、聞いてきた。俺はここに来た目的を思いだし、それから手に提げていた鞄を智の方につきだし、ニコッと笑って答えた。
「今日は智のために、
俺は智にキッチンを借りて、早速料理を始めた。
智が興味津々で見守るなか、俺は母が入れておいた、レシピの書かれたメモ用紙を取り出す。メモ用紙には作り方だけでなく、アドバイスやポイントなどが詳しく記入されていた。
俺はそのメモ用紙の指示にしたがい、テキパキと行動する。
手提げ鞄から材料を取り出して、レシピ通りに調理して。最後に梅干しをお粥の上に乗せて、ようやく完成した。
目の前で見学していた智から、簡単の声が上がる。が、俺はそのお粥に違和感を覚えた。
このお粥は、量が多かった。
きちんとレシピ通りに料理したのにな。と、さっきの調理の行程を詳しく思い出すも、イマイチ間違えたところがピンと来ない。
「うーん……」と唸っていると、ふと、ある疑問が俺のなかで浮上してきた。
まさか、これって最初からこの量になるように書かれていたのか?まさか、二人で仲良く食えと!?
あの母ならやりかねない。俺がひとりで、腕を組ながら頷いていると、その仕草を不審に思ってか、智が訊いてきた。
「なにか問題でもあったの?」
それに俺は、母の思惑を伝えた。すると、なぜか智はパアッと顔が晴れて、お椀を二枚取り出して俺に伝えた。
「よかった。これで、二人で食べれるね」
智は、母と同じようなことを考えていた。
「…………うん。みんなで食べた方が楽しいもんな!」
そういって、二人のお椀にお粥を入れると、そのまま部屋の中心に置かれている四角形の脚の短いテーブルで、共に食べた。
そのあと俺は、智と話をした。
俺が六月が嫌いなこと。
いつのまにか教室に一人残されていたこと。
そして、宮下さんという人と知り合いになったこと。
宮下さんと千鶴が付き合うことになったのは、そのときはなぜか言わなかった。女同士で付き合うことが智もおかしいと思うかもだし、いずれ知るからここで伝えることでもないと、あのときの俺は思っていたのだろう。
しばらく俺らが話に興じた後、そろそろ時間なので、そこで俺は智と別れた。
外に出ると、すっかりと夜で空気が肌を刺すように冷たかった。俺は、ポケットに手を突っ込むと、早足で自宅へと帰ったのだった。
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