第12話
私を女にしてほしい。智は、そう言った。
それを聞いた俺の反応は――――
「………………え?」
ただ呆然としていた。しかし、これは聞き覚えの可能性だってあるハズだ!
そう思い――いや、そう願い、もう一度問い返した。しかし、願い叶わず。答えは同じままだった。しかも、さっきより声のボリュームを上げて、はっきりと言われた。
俺は頭を抱え込み、必死に考えを巡らす。
聞き間違いでは、なかった。となると、どういう意味合いで、言ったのだ?
まさか、実は自分を女だと思っている男で、今日は女になるために手術を受けるとかの、裏の裏は実は表でしたみたいなやつなのか!?それとも、本当にあっち系の……ああいう意味なのか!?どうなんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
熟考の果て、叫びだしそうなほど混乱している俺を見て、智は解説をするための口を開いた。
「その……私、男が着るような服しか持ってなんのよ……。だから、今日の買い物で……女の子みたいな服とかを買ったりして……」
言葉を途切れ途切れに紡いでいく智。徐々に顔を赤く染めていき、俯いて話していたが、急に顔を上げ、そして俺の目をしっかりと見つめて言った。
「女にしてほしいです!」
言って、再び俯いた。
そういう……ことだったのか……。
さっきまで考えていたことが、急にばかばかしく感じられ、俺は思わず笑ってしまった。そして、俺は智の肩の上に、両手をポンと乗せる。
「えっ?」といった表情で顔を上げた智に、俺はにっと笑ってこう言ってやった。
「ああ!任せろ!」
――と、宣言したのはいいものの。
いたったい、なにをすればいいのだろか?そんなことを思いながら、目的地であるショッピングモールに着いた。
「まずは……どこ行こうか?」
微笑んで、智に問うてみると、彼女はとある店を指差した。それは、女性用の服を扱う店で、決しては入りづらい雰囲気ではないものの、そこには少し苦手意識があった。
「あ、あそこに行きたいです」
智が、そうボソッと呟く。なにやら智は、赤面していた。これは……今まで男の格好をしていたから、女の格好というものには恥ずかしいという感情があるのかな?俺はそう感じ取った。
そして、智の手を引いた。智は混乱した様子で、俺と繋がれた手を交互に見ていた。そんな智に、俺は渾身のウィンクとともに言う。
「言っただろ、『任せろ』って。ほら、行きたい店なんでしょ?」
それを聞いた智は、さっきの赤面が嘘のように笑顔になり、「うん!」と返事をして、俺と一緒に店の中へ入った。
店内は、全体的に明るい色の壁で、服とかもきれいに整頓されている。客も少なからず、女同士の集団や、複数のカップルがいた。
そういえば、俺たちって周りからはどう見られているのだろうか。ふと、俺は考えた。
もしも……智が周りからは男だと思われているのなら。そしたら俺たちは……ただの変態じゃないか!
男二人で女物の服を扱っている店に訪れるところを想像したら、そういう結論にたどり着いて、頭を抱えた。
「ど、どうしたの?」
そんな俺を、智は服を手に持って心配した様子で、尋ねてきた。
「え、あ、いや。何でもない。あはは……」
苦笑いして、そう返した。それを聞いて彼女は、また服を選び始めた。
智は、俺が考えていることを全く気にしていないように見えた。それは、智が女だからなのだろうか。いや、違うだろう。俺には、他の理由があるように思える。それがなにかはわからないが、そうなると、俺もこんなことを気にしてはられないなと思う。
俺も智のカレシとして、堂々と隣にいれるように。そう、決意した。
ここでは服とズボンを購入して、俺たちは店を出た。智は意外とすんなりと決めて、試着とかは一切せずにそのままレジに運んだため、この店にいたのはほんの数十分だった。
「次は、どこ行きたい?」
率先して荷物を持った俺が訊くと、智は顔を紅潮させて、小声で答えた。
「し、下着の店」
「あー、下着ね。…………下着!?」
つい声のボリュームが上がってしまう。智は、周囲を確認しながら、「しー」と注意をした。それから、下着を買いにいきたい理由を、頬を赤らめながら釈明する。
「私……男物の下着しか持ってないから」
そして、恥ずかしがりながらズボンに手をかけ、下げて下着を見せ――――
「待て待て待て待て!わかった!わかったからそれはやめて!」
――ようとしたのを俺が止めた。もし完全に下げきってしまったら、警察を呼ばれかねない。
「じゃあ、下着を買いに行こうか」
「う、うん……」
俺たちは、謎の緊張感を抱きながら、下着を売る店に入った。店には当然女しかいなくて、さっき行った店より断然いづらかった。
俺が周りを見回していると、智が振り返って、
「あの……いづらいんでしょ?だったら、先にそとに出ていても……いいよ?」
と、心配をしてくれた。それは、自分的にはうれしい心遣いなのだし、今すぐそうしたいところなのだが、しかし俺は出なかった。決意したように、智のカレシとして堂々と隣にいれるようになるために。
「だ、大丈夫。なにも問題はない!」
親指を上に立てて、笑いながら答えた。智は、最初は不安気に俺を見つめていたが、最後には折れて「じゃあ、弘人も私の下着を選んでくださいね」といって、自分に合う下着を探し始めた。
「いらっしゃいませ。なにかお目当てのものはありますか?」
店員さんが営業スマイルで俺らを迎えてくれたのは、店内が少しざわつき始めた頃だった。
「あ、あの……私に合うやつ……です。……ありますか?」
智が質問すると、店員さんは嫌な顔をしたがすぐに持ち前のスマイルで隠した。店員さん、バレバレですよ……。
「……あ、ありますよ!任せてください!」
店員さんは、自信満々に答えながら、店裏に行ってしまった。
店裏に去ったのを見ていたあと、俺は智の方を見る。智は、なぜかふるふると震えていた。
「…………と、智?」
不審に思い、智の名前を呼んでみた。と、次の瞬間、いきなり振り返ったかと思えば、少し興奮気味に喜んだ。
「聞いた!?ねぇ、聞いた!?あるって!私に合う下着があるって!」
「お、おう」
どうやら智は、下着があると言われたことに喜んでいたようだ。
その後智が喜びに浸っていると、店員がなにやらご満悦な表情でこちらに戻ってきた。
「お待たせいたしました、お客さま。こちらが、お客さまにお似合いの下着でございます」
店員が持ってきたのは、小学生が身に付けるようなシャツだった。
「おお!かわいいじゃん!」
俺がすかさず誉める。しかし、当の本人は、なぜか顔を膨らましていた。
「……ん?どうかしたのか、智……?」
「…………がいい」
「え?もう一回言って?」
大事な部分の声が小さくて、よく聞こえなかった。俺は、もう一回と促した。
「ぶ、ブラがいい!」
『えぇぇぇぇぇぇぇ……』
俺と店員さんの、リアクションが被った。
智は、ブラがいいブラがいいと、駄々をこね続けていたが、俺が説得に説得を重ね、智は渋々勧められた下着を買った。
お昼になった。しかし、流石は大型ショッピングモール。フードコートや人気のチェーン店などは人がたくさんいて、並ぶのは億劫だ。
ということで、俺たちは少し、モール内をぶらついていた。
「……どこも混んでるな、智」
「…………」
智は、さっきの店で機嫌を損ねて以来、ずっとこの調子だ。俺が喋りかけると、そっぽを向いて無視してくる。やはり、あの店での俺の発言がどこか悪かったのかな。
そんなことを考えながら、現在特に意味もなく、いろんな店の中の様子を見て回っている。
時折、智の表情を窺うも、ずっとむすっとしていて、話しかけづらい。
そんなこんなで、同じようなことを繰り返している俺たちが、とある100円ショップの前を通りかかった時のことだった。智がいきなり俺に話しかけてきたのは。
「弘人!私、ここよりたい!」
急な展開で、俺は非常にビックリしていた。まさか、今まで一言も喋らず、更にはそっぽまで向いていた智が、いきなり俺に話しかけてきた。
「そ、そうなんだ。じゃあ、行こうか……」
戸惑いながらも、智と一緒に店内に入ろうとしたところを、智が俺を手で制止した。
「弘人は来ないで。ここで待ってて」
「は、はぁ……」
こんな言葉しか出なかった。いったい、なにを企んでいるのか。
まあ、言われた通りに店の前に待機した。智は、ぱっと店内に入ったかと思うと、手に小さいビニール袋を下げて、ぱっと出てきた。
「ほら、弘人。荷物は私が持つ」
そして、どういう風の吹きまわしか、今度は荷物を全部私が持つと言い出した。
「いや、悪いよ。デートは俺が誘ったから、俺が持つよ」
もちろん反抗はしたものの、智の押しに負けて、荷物を彼女に渡してしまった。
それから、彼女はまた歩き始めた。俺も、遅れないようについていく。と、突然立ち止まった。
「どうしたの?」
俺は尋ねる。すると、彼女は俺の方を振り返り、こう告げた。
「トイレ行ってくる!」
「………えっ!?」
あまりにもいきなりのことだったので、俺は素っ頓狂な声を出してしまう。
「トイレに行ってくる。だから少し待っといて」
今度は丁寧な説明をくれた。しかし、俺が求めているのはそういうことじゃない。あと、
「トイレ行くんだったらその荷物邪魔でしょ?持つよ?」
荷物はいらないんじゃないか?と、疑問に思い、そう言ったが、智は首を横に振り、そのままトイレに駆けていった。
おかしい。急に機嫌を直したかと思うと、いきなり100均に行ったり、荷物持つって言ったり、トイレに行き出したり。
絶対になにか隠している……。まさか、さっきの店での恨みを、俺にぶつけてやろうとかそう企んでいるのか!?そう思い、少し警戒をした。
しかし、智が出てくる気配は一向にない。女性はトイレが長いとか聞くけど、いくらなんでも長すぎるんじゃないのか?
俺のなかに、違う疑問が沸いてきた。
「あの、弘人?」
次の瞬間、聞き覚えのある声が背中に聞こえ、俺はほっとして後ろを振り返った。
「と……も……?」
しかし、声の主と振り返って俺が見た人物とは、全く一致しなかった。
俺が見た人物は、どこかで見たことがある顔に、フワッとした髪型をした、人目見ただけで美しいと思えるほどの女性だった。
「す、すいません、人違いでし――」
俺が頭を下げようとすると、またも智の声が、なぜか目の前の女から発せられる。
「私だよ私!わからない?
「…………えええええぇぇぇぇ!?」
俺は目を丸くして、驚いてしまった。しかし、それも無理はない。だって、さっきまで中性的な感じの智が、いきなりフワッとした髪型になり、ちゃっかり今日買った服も着ていたら、誰でも間違うのではないのか?
智は、くるりと一回転して見せた。
かわいいとは思うものの、今はそれどころではない。ずっとあふれでる疑問から、特に気になることを、聞く。
「髪、どうしたの!?さっきまでショートだったじゃん」
「あ、これ?さっきの100均で買ったんだよ。こうやって驚かせようと思ってさ!だから、ついては来ないでって言ったんだよ。ごめんね」
両手を合わせて謝る智。俺はさっきの智に抱いていた不信感が一気に吹き飛んだ気が気がした。
「……そうか」
しかし、最早その言葉しか出なかった。
「じゃあ……着替えてくる」
しばらくして、智はそう言った。
「え?なんで?」
俺は、尋ねる。別にこのままでも充分外歩けるレベルなんだけど。その質問に、智はにへっと笑って返事をする。
「このかつら、通気性が悪くて、蒸し暑いんだよね」
それから智は、踵を返して、トイレに向かう。と、それを俺が腕をつかんで引き留めた。
智は、え?え?といった表情で混乱している。しかし俺は、これだけは言わないといけないと感じ、思いきって言ってやった。
「かわいい!かわいいと思うよ、智!」
その瞬間、智の顔はぼしゅうとなって、まるで煙をあげるんじゃないかと思うくらい、赤く染まった。
「あ、あ、あ……ありがとう」
俯いてそう言ったあと、智はすばやくトイレに駆け込んだ。
そんな姿を見ながら俺は、恥ずかしいことを言ってしまったなと、こちらも赤面していた。
空が夕暮れ色に染まりきった頃、俺たちはファミレスにいた。
頼んだオレンジジュースを一口啜って、背もたれに腰かける。夕方のファミレスはしっくりきて、なんだか落ち着くなぁ。
そんなのんきなことを思っていると、俺の向かいに座る智が、こちらはオレンジジュースをストローを使って飲んだ。
「今日は、楽しかったー」
やがて、窓の外を眺めながら、俺は呟いた。
「そうだねー」
それにならって、智も窓の外を眺めながら、そう呟いた。
外には、特に誰もいなく、映っているのはたまに通る車と、がんばって仕事をしている信号機だけだった。
『………………………ふっ』
俺らは、思わず吹き出してしまう。それから、二人して笑いあった。
「今日は、ほんとに楽しかったね!」
「そうだね。ほんとに、楽しかった!」
そうして、二人今日のデートの感想とかを言い合って、笑いあって、また言い合って、笑いあってを繰り返していた。
やがて、俺たちは同時に席を立った。それが、お互いの終わりの合図となり、そのままお会計を済ませ、それから別れた。
帰りのバスのなか、俺は車内で揺られながらオレンジジュースを、思い出していた。甘くて酸っぱい、あの味を。
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