第9話
俺は、
俺は実際、今の千鶴は好きではないはずだ。
だから、俺は決めたのだ。
「
だんだん陽が沈み、窓の外が、闇に飲まれ始めた午後六時。千鶴がいる病室にて。
俺は、堂々と付き合おう宣言をしたのだった。
「………………はい」
返事は、すぐに帰ってきた。彼女は、すごく真剣な表情で、とてもか細く、俺には確かに届いた了承の返事だった。
だけど、返事をしたあとの智は、ハッとしたかと思ったら、急に赤面して、すぐに
か、かわいい……。
不覚にもそう思ってしまった俺も、揃って俯く。
俺と智、互いに様子を
そういうことを、何度繰り返しただろうか。
「ご、ごほん」
と、今まで蚊帳の外だった千鶴の咳払いに、俺たちはハッと顔をあげる。
やばい!完全に千鶴のことを忘れていた!怒られるのかな!?
俺たちは、そう心のなかで思い、恐る恐る顔をあげた。
視線の先、それは案の定、千鶴がムスッとした顔で、俺ら二人を交互に見る。そして――――
「まぁ、おめでとう、二人とも!」
『…………え?』
思わず俺たちは、素っ頓狂な声をあげてしまった。それもそのはず、さっきの表情とは一変、パアッとした笑顔をこちらに向けてきたのだ。
俺は、千鶴の笑顔にどぎまぎして、目を逸らすように下を向いてしまった。彼女の笑顔に、一瞬、目を潰されるような眩しさを感じた。
って、何を思っているんだ、俺はぁぁぁ!?今カノジョができたばかりなのに、他の女に気が変わりそうになるって、どんな浮気男だよ!?
俺はそんな邪心を払うように、頭を振った。
そして、顔をあげ、しっかり千鶴と目を会わせて、キリッと表情を切り替えて返事をする。
「お、おふっ、あ、ありがとう。俺と智、両方が幸せで、い、いられるように、がんばるよ」
途端、病室が静まり返った。あんなに温かく感じたあの空間が、なぜだろう、今度はとても寒く感じる……。
おおよその原因は俺にあるだろう。責任を感じた俺は、不器用ながらも親指を立てて、ウィンクをしてみる。
ベッドの上にいる二人から、超絶冷たい目で見られてしまった!こうなったら――――
「うん!ごめん!」
頭を下げて謝るほかなかった。
窓の外がすっかり闇に飲まれて、病室の明かりが灯る頃。
「じゃ、そろそろ帰るわ。バイバイ」
「バイバイだぜ、千鶴ちゃん!」
「バイバイ、智ちゃん!」
俺と智は、病室にいる千鶴に手を振りあって、病院をあとにした。
外に出ると、辺りは真っ暗。俺らを照らす光は、道に点々と光る街灯か、あとは背後にある病院のライトくらいだ。
病院前の夜道にちょっとした不気味さを感じながらも、俺は智に話しかける。
「く、暗いな……」
「…………うん」
会話が成り立たない……。というか、会話と呼べるのかも怪しい。これは、俺たちは本当に付き合っているのか、だんだん不安になってくる。
「と、とりあえず、バス停に行こうか」
「…………うん」
今にも消えそうな智の返事を聞き、場所をバス停へと移した。
いよいよ周りの光がほとんど無くなり、よりいっそう不気味さが増してきた。
目を凝らして、辛うじてバス停だとわかるそこに、俺たち二人は並んで立った。
それにしても、暗すぎる。春先のこの時間帯って、こんなに暗かったっけな?そんな不満を抱きつつ、改めて智の方を見る。が、暗くて表情が
俺は、智になにを話したらいいのか、全く思い付かず、歯がゆさを感じていた。
ふと、智から、鞄からなにかを探すような音が聞こえた。
「なにか忘れたのか?」
この話題だ!っと思い、すぐさま智に話しかける。智は、
「え、あ、いや、違うんだぜ。ただ、その……」
智は、あせあせと、言葉をつまらせながら返事をする。どうしたのだろうか?ますます疑念が強くなったところで、タイミングがいいのか悪いのか、ようやく、バスが来た。
バスのなかに、乗客は一人もいなかった。
俺らは、一番後ろの席に座った。智の方が先に降りるからと言う理由で、俺が窓側になったが、正直景色なんて暗すぎて見れないので、あまり席など関係なかった。
光に包まれたバスのなかでも、相変わらず会話がなかった。
車内のライトで、智の表情は確認できたが、顔を真っ赤に染めて、視線があちらこちらに行き。とにかく、落ち着きがなかった。
俺は、バス停でのやり取りの続きを始める。
「そういえばさ、さっき鞄からなにか探してたようだけど、あれは、もう済んだの?」
「え、あ、その……」
彼女は、さらにかあっと顔を赤く染め上げ、俯いてしまった。そのまま俺は、彼女が口を開くのを待つ。
しばらくして、彼女は、顔を紅潮させたまま、もじもじしながらも上目遣いで
「連絡先を……交換したいのぜ……。ダメなの……ぜ?」
俺は思わず、視線を逸らしてしまう。反則級にかわいすぎる!俺、照れてない?顔、赤くなってない?
しかし、智はそんな心配をよそに、どんどん顔を近づけてくる。
俺は、できるだけ平然を装い、答える。
「ぜ、全然オッケー!だから、その……近すぎるから……」
それを聞くと、智は無邪気に喜んで、鞄からスマホを取り出すべく、俺から離れた。
あ、危なかった……。もう少しで心臓が破裂するところだった……。
バクンバクンと激しく動く心臓を手で押さえながら、俺は智を眺めていた。
メッセージアプリを開いて準備をする智の顔は、なんだかとても嬉しそうで、それにつられて俺も嬉しい気持ちになった。
連絡先の交換が無事終わったあとの智は、まるで別人のようにもじもじが消えて、おかげで楽しくおしゃべりができた。
その数分後、バスは、智の降りるバス停に着いた。
「それじゃあ、俺――私はここで降りますね」
そういうと、残念そうな顔をして、出口の方へと歩き始めた。
「あっ…………」
それを見ながら、俺は腰を浮かせ、そして待ってくれと言わんばかりに手を伸ばした。と同時に、俺は何がしたいのだろうとも思った。
「………………」
俺がただただ呆けていると、智が振り返ってくれた。それは、最高の笑顔で、
「バイバイだぜ、
俺に手を振ってくれた。
そうだ!俺はきっと、そういうことがしたかったんだ!そう、胸に確信して、
「バイバイ、智!」
思いっきり手を振って、智に別れを告げた。それを見た彼女は、屈託のない笑顔をして、バスの出口を駆けて、自分の家の方へと走っていった。
その様子を眺めながら俺は、確かな嬉しさを感じていた。
智は俺のことを好きっていってくれたんだ。だから、その好意に堪えられるように、俺も智を好きになる。
そう、心に決めた。
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