第8話
「俺と、付き合って欲しいんだぜ」
次第に影が短くなる、三校時のグラウンド。俺は、見学中に木の下で、今日知り合った女子、
「すみません、無理です」
俺は、そうキッパリと断るべきだった。だったのだ……。
俺は、幼馴染みの
「……………ちょっと……今はその返事はできないかな……。まだ君とあまり時間を過ごしてないから……」
そう
「…………そか。そうだよな……。ごめんだぜ、変なこと聞いて」
旭ヶ丘は、隣にいる俺がギリギリ聞こえるくらいの、か細い声で呟いた。そして、頬を
それから、長い間沈黙があった。場は、すごく気まずい空気となって、俺達は一切喋ったりなどができなかった。
だけど、そろそろ耐えられない。苦しすぎる、この空気!
この沈黙に耐えかねた俺は、重々しい口を、やっと開いた。
「旭ヶ丘は、なんで休んでいるんだ?」
「あの……ちょっと男子更衣室は……その……」
頬を赤く染めて、もじもじと説明し始める旭ヶ丘。
俺は、彼女が答えを出すのを、黙って見守る。それに気づいた旭ヶ丘は更に顔を赤くする。それを見ている俺も、なんだか恥ずかしくなって、また、沈黙が訪れる。
なんか、告白されたあとは、妙に意識してしまうな……。
再びの沈黙を破ったのは、少し紅潮が引いた、旭ヶ丘だった。
「て、抵抗があるから……なんだぜ」
言われて、俺は納得する。旭ヶ丘は、父親に喜んで貰うべく、男装をしているんだ。中身は普通の女子とそう代わりはないのか。
「そうか……。そうだよな……旭ヶ丘だって普通の女の子だもんな……」
そう言うと、ますます旭ヶ丘が赤くなる。
「うん……。あと、智でいいのぜ」
「うん……。わかった」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
会話が終わってしまったぁぁぁぁぁぁあ!!
告白される前は、あんなに喋っていたのに!?なんで続かないんだよ!?
頭を抱え込む俺。ついには、今では考えられないほど、おかしな質問をしてしまう。
「智ってさ。胸、どうしてるの?普通に女子だから、胸もそれなりに―――」
「ない」
「………………え?」
なにこれ?汗がだくだく滴ってる。さっきの答えが自分の聞き間違えだと信じて、もう一回聞く。
「インナーとかで押さえてたりとか……」
「ない」
聞き間違え――ではなかった。
俺が何も言えずにいると、智が、
「巨乳じゃないと、ダメなのぜ……?」
と、涙ぐんで聞いてきた。
「え、いや、そんなんじゃないけど……」
あたふたして、上手く言えないでいると、
「やっぱり、巨乳じゃないと、ダメなのぜ―!?」
と、叫びながら、走り去っていった。
「……そんなんじゃ、ないけど……」
一人、その場に取り残された俺は、そう呟くことしか、できなかった。
それからというと、俺は、頬杖をつきながら、ずーっと窓の外を眺めながら、ボーッとしていた。
授業はろくに聞いておらず、ただ、黒板の文字を、ノートに書く手だけが、すらすらと動いていたと、クラクラこと
自分でも信じられないが、ノートには、授業の内容が、きっちりと書き込まれていた。
放課後、バスの時間に会わせて、俺は学校を出た。隣には、今日コクられた、旭ヶ丘智がいる。
が、お互いに、いまだ一言も会話を交えてない。でも、なぜだか俺は、別に気にしてはいなかった。
そのまま、なんの展開もなくバスに乗る。帰りのバスはガラッガラで席がちっとも埋まっていなかった。
俺は、出口に近い席に座り、智は、俺の左隣に座った。しかし、隣に座ったからといって、特に会話もない。智は本を読み、俺は窓から見える景色を、ただ眺めているだけであった。
子連れの母親。歩道を歩く生徒。杖をつく老人。その風景すべてが、上から夕焼け色に塗りつぶされている。
この風景、あのときの病室と重ねてしまう。とても悲しかった瞬間、とても嬉しかった瞬間、その二つを味わったのは、あのときの病室だ。千鶴、元気にしてるかな?
そんなことを考えながら、数分と窓の外を眺めていると、ふと、思い出した。
「智。お前のバス停って……」
「うん。通りすぎたんだぜ」
少し微笑んで答える智。
「こっちに用があるのか?」
不思議に思い、
「こっちは実家なんだぜ。ちょっとご飯炊き忘れちゃって……」
と、恥ずかしそうに、理由まで付け足して答えてくれた。
「そか」
「あそこの家は、賃貸なんだぜ。あまり家具とかもなく、殺風景な部屋なのぜ」
そして、自分の家のことや家族のことなど、いろいろ話してくれた。また俺も、同じようなことを、智に話した。
彼女と会話をしているうちに、今度は俺んちの近くのバス停が通りすぎた。
「あれ?
「ちょっと、病院に用があって……」
そう言いながら、千鶴を思い浮かべる。あの病室にひとりぼっちで、寂しくないかな。つい、そんな心配をしてしまう。
「ひょっとして、足のことだぜ?」
顎を手でさすり、まじまじと俺の足を見て質問する。しかし、その推測はハズレで、俺は首を横に振る。
「いや、それとは違う、別の用事があるんだ」
「そうかだぜ……」
智は、それ以上追求することはなかった。
やがて、彼女はあるバス停で降りて、車内は俺一人になった。
彼女の病室を見つけると、俺はすぐさまノックをした。
「いいですよー」
彼女からの返事を聞くや、すぐさま病室に飛び込んだ。
「千鶴、久しぶり―!」
「そこまで時間、経ってないよ」
俺の冗談を笑顔で受け止めてくれる千鶴。
俺は、鞄の中から教科書やノートを取り出し、今日習ったところを千鶴に教える。彼女が学校に来れたときに、授業についていけるように。
これを日課にしていこう。俺は密かに、そう決意を固めた。
翌日
学校に続く坂を上るのがキツイという理由で、特別に親に送ってもらえた。
バスより、早く着いた俺は、いつものようにクラクラと駄弁っていた。
昨日のテレビの話や身近に起こった笑い話など。クラクラは気軽に話せるし、気も合うからとてもいい友人だ。
俺は、持つべきものは友人だなと、笑みを浮かべていると、突然、教室がどっと沸いた。
何事だろうか。そう思って、みんなの注目の的を見る。そこには、昨日までは男子だった、女子用の制服を身に付けた、旭ヶ丘智がいた。
みんながざわめき出すなか、智は、スカートをフリフリさせながら俺のところへ近寄ってきて。
そして、自分の顔を赤く染めながら、
「ど、どうなのだ――どうかな?」
と、自分の癖のある
「に、似合うんじゃ……ないか……?」
みんなの注目の矛先が俺に向けられるなか、少々言葉を詰まらせながらも、そう評価した。
「ほんと!?やったー!」
それを聞いた智は、まるで子供のように喜び、上機嫌のまま席に着いた。
それからというもの、クラスは智のことで一杯。そのなかには、俺の名前まで聞こえる。
そんな感じで、なんとか今日も学校が終わった。
なんだか、とてつもなく生気を吸われたような感じで、どっと疲れた俺は、また、智とバスに乗るのだった。
「今日、弘人についていっても……いいのぜ?あっ、いいかな?」
相変わらず、癖を直そうと言い直す、現在隣に座る智。
「着いていくって、どこに?」
俺は全く理解できず、彼女に聞く。
「どこにって、病院。私も、入院されているかたを拝見したいな、と」
彼女の口からは、予想外な言葉が出た。
「え?俺、入院している人の看病をしに行くって、言ったっけ?」
訳がわからず、チンプンカンプンしていると、智は昨日の言葉を振り返り、丁寧に説明してくれた。
「そうか……。まぁ、人数は多い方が、千鶴も喜ぶから」
俺は、いいよ、と答えた。
「ありがとだぜ!千鶴さんって言うのかぜ!俺も友達になれるといいのぜ!」
智は、すっかりいつもの口調にもどって、興奮気味に喜んだ。
「うわー!すごいのだぜー!」
病院を見上げて、感嘆の声を挙げる智。
「そうだね……」
なぜか自分が誉められているようで、照れ臭くて頬をポリポリと掻く。
「病院ないでは、くれぐれも他の患者に迷惑かけるなよ」
そう注意して、早速病院へと入っていった。
手続きを済ませ、千鶴の病室へ向かう。途中、智が質問してきた。
「千鶴さんってどんな人なんですか?」
「ん?あぁ、とってもかわいくて、とっても優しくて、とっても気が合う、素敵な女の子だぞ!」
「…………そうですか」
元気が無さそうに、か弱く反応する智。
「どうした?もしかして、病院にトラウマとか、ある?」
心配して、訊ねる。智は、首を振って、
「なんでもないぜ――ないよ!早く行きましょう!どんどん会いたくなってきました!」
と、
「そうだな。急ごうか!」
そう言って俺達は、速歩きで病室へと向かった。
ノックをして、返事をもらってから入る。これが、基本的なマナーだ。
しかし、智ときたら……。そこが千鶴の部屋だと確認すると、ノックもせずにいきなり部屋に入ったのだった。
「ふぇっ!?」
病室から、千鶴の奇声が発せられた。
まさか、智がなにか変化ことをしているのか!?そう思い、俺は急いで病室へと乗り込んだ。
果たして、智は千鶴と一緒のベッドに潜っていた。
「なにしてんだ、コラ」
布団から、顔だけだした智の頭にげんこつを喰らわす。
「あいたー!?」
そう言って、頭を押さえる智。千鶴が、
「いいのよ、私、困ってないから……」
と、鎮める。
まぁ、困ってないならいいけど……。
一段落したところで、俺は、今日もまた、千鶴に勉強を教え始める。今日は、智付きで。
今日の五校時にやった数学を教え終えた頃、急に智がムスッと顔をしかめた。
「どうしたんだ、智。わからないところとかあるのか?」
俺には何もわからず、彼女に聞いてみた。
すると智は、千鶴を見て、自分を見て、を数回ほど繰り返した。その行動に、俺も千鶴もますますわからなくなっていると、突然、千鶴の胸を真顔で揉み出した。
「あ、え?な、なにするの、智ちゃん!?」
千鶴が、戸惑っている。俺は、千鶴と智を引き剥がそうと、
「なにしてんだよ!」
と、割り込む。
「この、巨乳好き―!!!」
俺に引き剥がされると、智は、叫びながら病室を出た。
「ちがーう!!!」
それに対して、俺は大声で否定した。
「大丈夫か、千鶴?」
俺は、揉まれ倒された千鶴を見やる。ベッドでただ天井を見上げながら、
「私って巨乳かな?」
と、自分の胸を揉みながら、俺に問いかけてきた。
***
なんだ……。好きな人いんじゃん!
私は、まるでフラれたような感情で、病院を出ていき、自分の実家の通り道の商店街を駆け抜けていた。
自分の涙を誰にも見られないように、全速力で、駆けていった。
商店街を抜けて、複雑に絡み合う住宅街の裏道を走っていたら、『旭ヶ丘』の表札が掛かる家に着いた。
家に着いたら、とても胸が痛かった。これは、急に走ったからだろうか。それとも――
考えるのはやめだぜ。
頭をブンブン振って、妄想を掻き消す。
そして、いつもの調子で家に入る。
「ただいまだぜー!」
***
千鶴と智が接触してから、丸二日経った。しかし、それから智は、全く病室を訪れていない。また、俺とも
「やっぱり……私のせいなのかな……?」
千鶴も、自分の胸を揉みながら、呟く。
以前、智が俺と一緒にここを訪ねたとき、彼女は千鶴と自分の胸を見比べ、俺に、この巨乳好き―!と吐き捨てて、この病室を出ていった。
それが千鶴には、責任を感じさせるような感じになったのだと思う。
俺は千鶴に、
「そんなことない、千鶴はなんにも悪くないよ。多分、なにかの勘違いをしているんだと思うよ」
俺が落ち込んでいる千鶴を、優しく励ますと、千鶴は、にこっと笑って顔を上げた。
「そうだよね……。早く解けるといいね、そのかんちが―――」
刹那、その言葉は、ドアの開けられる音によって、遮られてしまった。
「いやー、なかなか顔を出せずに、すまなかったぜ―」
ドアを勢いよく開けたのは、なんと二日ぶりの旭ヶ丘智だった。
「久しぶり~、千鶴ちゃん!」
部屋にはいるや、すぐさま千鶴のベッドに飛び込む智。
「智ちゃん!どこ行ってたの?」
心配の声を挙げる千鶴。智は、にへらっと笑って、言う。
「いやー、いろいろあったんだぜ……」
「いろいろって言われても、わからないよ!」
焦らされて、頬を膨らませながら智に近づく千鶴。智は、近づかれて、あせあせと挙動不審になっている。
そんな光景を、俺は微笑ましく思った。
「…………………?」
いや、待てよ……。俺は、ふと、思った。
俺は、今の千鶴が本当に好きなのか?俺は、記憶を失う前の、あの頃の千鶴が好きだったんだよな……。
「あれ?ひーくん?」
「おーい、弘人?」
今の俺は、そんな二人の呼び掛けなんて、聞こえないくらいに、考えに
俺は、今の千鶴に記憶を失う前の千鶴を照らし合わせて、妥協している……。俺は、自分の都合を押し付けて、無理矢理、前の千鶴にしようとしているだけなんだ。なんて傲慢なんだ、俺は!
そこまで考えて、俺は千鶴や智に呼ばれていることに気づいた。
「どうしたのぜ、弘人?そんな怖い顔して」
「ひ、ひーくん?どこか痛むところでもあるの?」
不思議そうに、俺のことを気遣ってくれる千鶴と智。俺は、こんな大切な人達を、自分の勝手で傷つけようとしていたのか……。ズキッと心が痛む。
パンっ!
かすれた肌を叩く音が、病室に響く。両手で、自分の頬を思いっきり叩いた。
「だ、大丈夫!?」
「今日はなにか、おかしいものを食べたのぜ?」
二人とも、おどおどしながらこちらを見る。本当に、取り返しのつかない過ちを繰り返すところだった。
俺は、大きく深呼吸をし、呼気を整え。
決意を固めた。
「旭ヶ丘智!俺と、―――――
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