第5話

 入院五日目

 俺は今、超上機嫌だ。それは、退院OKを貰ったから、というわけではなく、昨日病室で、とあるものを見つけたからだ。

 病院に設けられた休憩コーナーの椅子に腰掛け、俺はそのあるものに視線を落とした。


 それは、あの日遊園地に行った時に持っていっていた、だ。

 

 なぜそんなものがあるかって?  

 それは、昨日病室に来た、千鶴ちずるの両親、安嶋あじま夫婦が持ってきたからだ。本来は、このスマホを届けに来たらしいが、すっかり忘れて、病室の物置スペースに置いたままだったらしい。

 だが、そんなことはどうでもよい!

 これさえあれば、千鶴と俺が付き合っていたことが、証明される!読者には悪いが、早々話が終わるぜ!ミッションコンプリート!

「ふふっ、ふふふふふっ、あはははは!」

 思わず笑みがこぼれてしまう。自販機で、子供のジュースを買ってあげている母親と目があったが、彼女も微笑んでくれたので、小さく会釈した。

 あ、そうだ!ジュースを買ってあげよう!

 いいことを思い付いた俺は、早速ズボンのポケットを探った。安嶋さんらは、スマホ共に財布も持ってきてくれたのだ。

 遊園地で結構使ったが、ジュースを買うくらいのお金は残っているはずだ。

「あったあった!」

 取り出した財布の中身を見れば、百円玉が三枚と、五円玉が二枚入っていた。

 よし!俺と千鶴の分、買える!

 自販機の前に立ち、数十秒悩んだ末に、炭酸は良くねぇよなということで、オレンジジュースを二缶買った。

 

 俺は、缶を後ろに隠し、病室に戻った。

「お、どうだった?」

 右手を挙げ、にこっ、と笑顔で問うてくる千鶴。俺は昨日、敬語ではなく、気軽に接してと言ったら、前の千鶴みたいなしゃべり方になった。相変わらず、可愛いなぁ。じゃなくて!

「なんともないから、今日で退院だってさ」

 俺は、これからのことを考えると、にやけが止まらないけど、それが悟られるように、極めて素っ気なく返した。

「あのさ、のど、渇いてない?」

 少し間をおいて、俺は一つ、質問をした。

「う~ん、ビミョーかな……。それがどうかしたの?」

「実はさ、いいもの、あるんだよね……」

「なになに?」

 俺が千鶴の表情をうかがいながら言うと、予想通り、食いついてきた。

 俺は、俺と千鶴のベッドの間にある、物置スペースの上に、ジャーン!、という効果音と共に、缶を二つ、取り出して置いた。

 千鶴は、そのオレンジを模した缶を、興味深そうに、まじまじと見つめた。

「オレンジ……ジュ~スゥ~……?」

 そして、首をかしげながら、真剣にそのジュースの名前を呟いた。

「うん、オレンジジュ~スゥ~。今日、いいことあったからさ、一緒に飲もうよ」

 俺は、自分の分を持って、笑いながら誘った。

「うんっ!」

 千鶴は、もうひとつの缶を持って、笑顔で頷いた。


「ところで、いいことって?」

 缶を一口啜すすったところで、千鶴がこちらを見て、聞いた。

「ん?あぁ―――」

 言われて、俺はスマホのことを思い出した。というのも、さっきの千鶴の笑顔が、脳内をグルグル回っていて、完全にボーっとしていた。

「ジャーン!スマートフォン!」

 俺は、ポケットからスマホを取り出すと、物置の上に置いた。

「すまーと……ふぉん?」

 千鶴は、スマホを手に取ると、いろんな角度から見て、ボタンを順番に押していった。

 液晶の下の、ホームボタンを押した瞬間、パッと、画面が着いた。

「!?」

 千鶴が動揺している。かわゆす。……本題に入ろう。

「ほら、これを見て」

 俺は千鶴からスマホを返してもらうと、写真や動画を保存しているアプリを開いて、千鶴に見せた。

「これは?」

 俺は、フッと、笑みを浮かべ答えた。


「俺と千鶴が付き合っていた証拠さ」

 

 俺は、千鶴の方のベッドに腰掛け、知鶴にも見えるように、画面を傾けて、動画を再生した。それは、観覧車の上で、間違えて写真を撮るつもりが、動画を撮ってしまったときのやつだ。

 最初の数秒は互いにポーズを決めたまま、ただ時が過ぎていくという、大変恥ずかしい映像が流れた。俺も千鶴も、思わず赤面してしまった。

 気まずい空気が漂うなか、画面の中の俺は、やっと録画ということに気がついた。

「あ!これ録画だ!」

 その一言に、画面の中の千鶴が笑った。

「ふふふ、なにしてるの、ひーくん」

 そして、画面の中の俺が、「ごめんごめん」と、謝ったところで、この動画は終了した。

「………………」

「………………」

 病室のなかが、シンと静まり返る。  

 この静寂が気まずくなった俺は、なにか言おうと思った瞬間、千鶴が口を開いた。

「私、弘人ひろとくんのこと、ひーくん、て呼んでたんだ……」

「そう!」

 俺が首を縦に振ると、千鶴は、

「じゃあ、これからは弘人くんのこと、ひーくんって呼ぶね!」

 と、提案してくれた。

 それがとてつもなく嬉しかった俺は、そのまま、付き合えるか?、と聞いた。

 果たして、答えはNOだった。

 ひーくんは、いい人なんだろうけど、やっぱりまだ知らない部分もあるから、無理かな、とのこと。

 またフラれた。でも、俺はめげない。何度でと挑戦してやる!

 告白に失敗したのに、なぜか燃えている俺。

 俺はそのまま、ジュースを一気に飲み干した。


 そのあとは、千鶴と、世間話や下らない話などで盛り上がった。しかし、そんな幸せな時間も長くは続かず、退院の時が来てしまった。

 看護師に呼び掛けられた俺は、飲みきった缶――千鶴のを右手に、俺のを左手に――を持って、部屋を出る準備をした。まぁ、荷物とかあまりないから、すぐ終わったけどね。


 荷物をまとめた俺は、病室の扉の前に立ち、振り返った。この二日間、いろんなことがあったなぁ。名残惜しく部屋を見渡した。

 また二週間後にくるように、と医者に言われたのだが、なんだか寂しさが込み上げてくる。

 でも、先生とか親とか待たせるのは悪いから、最後に千鶴にバイバイと言おう。そう思った矢先の出来事だった。

「ひーくん」

 突然、千鶴がベットから俺を呼んだ。

 あれ?忘れ物とかあったかな?

 俺が疑問に思い、千鶴方によると、千鶴はニコッと笑って、こう言った。

「あの、私、記憶を失って、ひとりぼっちの時、ひーくんが声をかけてくれて、すごく嬉しかった。最初はビックリしたけど、でも、すごく楽しかったよ」 

「千鶴……」

 じーん。なんか、胸に堪えるものがあるな。

 そして、千鶴は、あの動画の千鶴のように、少し寂しそうだけど、最高の笑顔で、俺に呼び掛けた。

「できるだけ、できるだけでいいんだよ!

 

 できるだけ、この病室を訪ねてきてねっ!」


 夕焼けと千鶴が最高にマッチして、眩しいほど神々しい千鶴の笑顔は、俺を一瞬でノックアウトさせた。

 俺の返事はもちろん――

 

「うん!(毎日来ます!)」



「ん?」 

 俺は、缶を捨てるとき、右手にもった缶に違和感を感じ、溢れぬように振ってみた。

 案の定、缶には少し、ジュースが残っていた。

 まだ少し残っていたか……。俺もいい加減だな……こんなことしていたらもったいないお化けが出てくるぞ……。

 俺は完全に、右手に持っているジュースを俺のやつだと、飲んだ。しかし、それが自分のものではないと思い出したのは、完全に飲みきったあとだった。

「あぁーーーーーー!!!」

 これって!これって!千鶴の……!と、ということは……か、か、か、間接……キ、キ、キ、キッス!?

 次第に、全身が熱くなっていく。俺は、足の痛みなど忘れて、急いでその場を去った。

 しかし、家に帰っても、千鶴と間接キッスのことが頭から離れず――


 俺はその日、一睡もできなかった。

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