第1話 

 四月十四日、まだ外が薄暗い頃。

 俺は、メールの着信音で起こされた。

「………誰だ?こんな朝早くに……」

 俺は、布団の中から、メールを開いた。そして、そのメールの送信者を見て、納得した。

千鶴ちずる、か……」

 千鶴とは、俺の幼馴染みで、俺が初めて好きになった人だ。

 俺はとりあえず、千鶴から送られてきたメールを開いた。

『ひーくん!ひーくん!起きてる?今日は、遊園地だよ!忘れてないよね?』 

 忘れるわけがないだろ、と、メールに対して呟いたが、実際返信したのは『うん』という、素っ気ないものだった。でも、これは、千鶴を好きなことが、悟られないようにするためなのである。いわゆる照れ隠しだ。

 なぜそんなことをするのかって?

 それは、今日のイベントを台無しにしないためだ。今日は、千鶴(とその両親)と、遊園地に行くことになっている。そこで、俺は千鶴にこくるのだ。そのため、迂闊うかつにバレるようなことは、絶対にしない。

 俺が返信してすぐに、

『私、ひーくんと一緒に遊べるの楽しみだよ!今日は、よろしくね!』

 と、返信が来た。

「おふっ」

 顔が赤くなるのを感じる。本人は、その気はないのだろうが、『一緒』という言葉を、ついそういう捉え方をしてしまう。

 脳内が、『一緒』という言葉で埋め尽くされてしまう。俺は、そのままスマホの電源を切り、布団を被った。


 朝早く、俺は千鶴家の前にいた。

「よぉ、弘人ひろとォ!」「おはよう弘人くん」

 玄関から出てきた千鶴両親は、俺に向かって挨拶をした。

 俺は、軽く会釈し、「おはようございます」と、返した。

「ごめんね。千鶴の準備が途中でね……」

 ちらりと家の方を見て、呟く千鶴母。

「いえいえ、お気遣いなく」

 俺は、丁寧に返した。

 女子っていろいろ準備するんだな~と、思いつつ、スマホをいじっていると、

「ところで、いつコクるだ?」

 と、千鶴父が、耳元で囁いてきた。

「はぁ!?ななな、なにいってるんですか!」

 動揺で手から滑ったスマホを器用にキャッチすると、一息つく間もなく目をカッと見開いて千鶴父に言い返す。

「いいじゃねぇか、こちらにも、予定っつうもんがあるんだよ」

 た、確かに。この言葉に納得してしまった俺は、仕方なく、赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いて答えた。

「か、観覧車の一番上のところ……とか」

「がはははは!ロマンチックだなぁ!」

 笑われてしまった。

 ぐぬぬ……と狼狽をしていると、背後から俺たちの会話を遮るように声が掛かった。

「ごめん!待った?」

 振り替えると、少し短いワンピースの、ラフな格好の千鶴の姿があった。

 かわいい!と思ったが、そこを悟られないように、一瞬うつむき、そして平然を装い、「待ってないよ」と、優しく微笑んだ。

 しかし、危なかった。初っぱなから、危機感を感じつつ、この『俺が千鶴に告るための、一緒に遊園地で遊ぶイベント』は、始まった。


「いやぁ~、楽しみだね」

 車にのって数分後、千鶴は、口を開いた。

「うん。そうだね」

 俺は窓を見ながら答えた。今、座っている位置は千鶴と隣の奥の席で、ものすごく緊張している。あと数十センチで肩が、触れるくらいの近さだ。俺は窓を見て、気をそらすよう努めるほか、なかった。

「どうしたの?今日のひーくん冷たいよ」

 千鶴の質問に、俺ははっとする。しまった!今まで通りの対応をしないと、かえって怪しまれてしまう!

 なんでもない、と答えるために振り替えると、千鶴の顔が、本当に目とはなの先にあった。俺は「うわっ」と声をあげ、思わずけ反ってしまった。

 俺は、自分の胸に手を当て、早まる鼓動を確認する。しかも、微かに、良い匂いがしてドキッとする。

「な、なんでもないよ!」

 と言い、俺は気をほかに向けるためにに鞄からスマホを取り出した。

 こんなことが続くと、心臓がもたないぞ、と、内心思いながら、電源も起動していないスマホを指でいじっていた。


 それから三十分弱、俺たちは、やっと目的地の遊園地に到着した。

「やっとついたぁ―」

 開口一番、千鶴はそう叫んで、両手を上に掲げた。

「それじゃあ、俺と母さんはチケットを買ってくる!お前らは待っとれ!」

 と、千鶴両親は、チケット売り場の方へと、向かっていった。

 残された俺と千鶴は、遊園地の駐車場から、たくさんのアトラクションを見ていた。

「お、あれ乗りたいね!あれも楽しそう!あれとか面白いよ、絶対!」

 千鶴は、どこか落ち着きのない子供みたいに、いろんなアトラクションを指差しては、目を輝かせていた。

 俺は、そんな千鶴を隣で眺めて、なにか心が安らぐような気分になっていた。


 しばらくして、千鶴両親は、チケットを持ったまま、走ってこちらへ来た。

「いやぁ、あそこまで混んでいたとは!」

 チケットを渡しながら、千鶴父が言った。さほど混んでないように見えるが、と言おうとしたが、その言葉はグッと心の中でこらえた。これは、彼らなりの、俺と千鶴を近づけるための作戦。そう思って。

 そう感心しつつも、俺たちは、ゲートをくぐって、遊園地へと足を踏み入れた。

 

 ゲートをくぐってからは、俺と千鶴、千鶴両親のペアで別行動だった。

 俺たちは、千鶴が乗りたがっていたアトラクションはもちろん、そのほかの目につくものはだいたい遊び尽くしていた。

 そして空が薄暗く覆われ始めた頃。運命の、告白タイム。

 俺たちは、最後のアトラクション、観覧車の前にいた。

「いやー、高いね、観覧車!」

 目の前に立つ、それを見上げながら、千鶴が言う。それを聞いて、俺の鼓動は、ますます高鳴る。

「か、観覧車の一番上のところ……とか」

 遊園地に行く前、そこで、俺は千鶴に告ると決めていたのだ。しかし、その時と今との緊張感は、比じゃない。今の方が、メチャクチャ緊張している。

「の、乗るよ」

 俺は、千鶴の腕を引っ張り、観覧車に乗り込んだ。

 

 観覧車のゴンドラは、ゆっくりと、しかし確実に頂上へ上っていく。

「見てみて、絶景だよ!キレイだね」

 向かいの席に座る千鶴は、窓に顔をくっつけながら、感嘆の声をあげている。その姿をみていて、俺は、ずっと見ていたいなと、思った。

 しかし、頂上に上っていくにつれて、そういう思いがなくなってきた。緊張する。

 ゴンドラは、ついに、頂上に到着した。

「わー!てっぺん、ひーくん!」

 千鶴は、こちらを向きながら、窓の方を指差している。

 俺は、一呼吸置き、「千鶴、聞いてくれ」と、切り出した。

安嶋あじま千鶴。俺は、お前のことがずっと好きだった。俺でよかったら、付き合ってくれ!」

 言ってしまった。これで嫌ですなんていわれたら、今までの関係はどうなるのだろうか。言って早々後悔している。しかも、身体中が暑くなるのを感じる。恥ずかしすぎて、千鶴をまともに見れない。

 そういうところから、俺はカレシに向いてないんだなと、思ってしまっている。 

 果たして千鶴の返事は、はい、と短く、そして嬉しい返事だった。

「え?」

 俺は、告白した人が言うには、明らかに違う、素っ頓狂な声をあげた。

「わ、わたしも、ずっと、しゅ、しゅき、だったから……」

 千鶴は、上目遣いで、つっかえながら、噛みながらも説明してくれた。そして、二人とも顔を真っ赤にして、俯いた。

 千鶴も、俺のことが好きだったのか……そう思うと、余計に顔が赤くなった。


 しばらくの沈黙が、続いた。お互い、まだ顔を赤らめて、俯いたままだ。

 なにか話したいけど、何を話していいのかわからず、結局一言も会話を交えていない。相手も同じ気持ちなんだろうか……。

 そう考えると、やっぱり俺が引っ張るべきだと思う。かといって、いい策を思い付くわけでもない。 

 どうしたものかと悩んだ挙げ句、俺は、

「い、一緒に写真、撮ろ?お、思いで作りに」

と、変なことを言ってしまった。

 恋愛経験ゼロの俺が、自分の中のイメージを頼りに、精一杯考え抜いた提案に、千鶴は、乗ってくれた。

 

「じ、じゃあ撮るよ?」

「う、うん」

 俺は、千鶴の横の席に座り、俺と千鶴が写るように、スマホを遠くから構えた。

「は、はいっ、チーズ!」

 どこか古いような掛け声で、俺と千鶴は、ポーズを決めた。

 ピピッ。スマホは、そういう音を出した。それに気づいたのは、ポーズを決めてから、ちょっとあと。

「あ、これ録画だ!」

 俺は、重大なミスを犯してしまった、と自分を呪った。しかし、幸か不幸か、それがあって、ゴンドラのなかは、少し和んだ。

「ふふふ、何してるの、ひーくん」

「ご、ごめんごめん」

 気を取り直して、と言い、今度はきちんと写真を撮った。

 撮った写真は、すぐにメールで送った。

 ゴンドラの外の景色と、千鶴の笑顔がマッチしていて、とてもいい一枚となった。俺は密かに、ホーム画面の写真にしようと、思った。

 

 観覧車から降りると、ちょうど千鶴両親と合流した。

 告白をする緊張感からか、ゴンドラのなかでは、あまりお腹は空かなかったが、今は夜。つまり、夕食の時間だ。

 俺たちは、明日学校と言うこともあり、遊園地の帰り道に、どこか適当なところに寄って食べて帰ることにした。

「楽しかったね~!」

 千鶴は、俺のとなりを歩きながら、笑顔で話しかけてくる。

「うん、楽しかった」

 俺は、そんな笑顔をみながら、答えた。

 今日は、とても楽しい日だった。

 今日は、とても幸せな日だった。

 俺は、入場口に繋がる、大きな通りを歩きながら、そう思っていた。


 後に俺は、リア充爆発しろ、と言う言葉を、一生恨むこととなった。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

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