第36話 やっぱりヴァンパ嫌
「ヴァルちゃん、挑発にのっちゃダメだ。落ち着いて!」
ビルの陰に隠れていたラウが顔を出す。
「大事な仲間もああ言っているぞ。大人しく私に喰われるがいい。……生きたままな」
こちらも心臓が凍り付くような声。ヴァルラは視線をシルバーから外さぬままミハイラに向かって叫ぶ。
「ミハイラちゃん、ラウを連れて出来る限り遠くに逃げて! 早く!」
臨戦態勢に入っていたミハイラは目を丸くする。
「ヴァルちゃん一人でどうするつもりよ。ここはあたしにまかせて……」
「いいから早く!」
叱りつけるようなその声はいつものヴァルラのものではなかった。僅かに焦りは感じるものの、自信に満ちたその響き。
彼にとってシルバーは長年追って来た獲物だ。いつかこうして対峙することも想定済みだったに違いない。一瞬迷ったが、ミハイラはヴァルラに従うことにした。
ラウの襟首を掴んでバイクに乗せると素直にその場を離れた。
先程の女ヴァンパイアにさえ操られかけた自分だ。シルバーに利用されてヴァルラが不利になる事だけは避けたかった。
もちろん不安や葛藤はある。ヴァンパイア嫌いなヴァルラが一人であのシルバーと渡り合えるのか。自分にも何か役に立てることはないのだろうか。
しかし今はラウを無事なところに届けるのが自分の役割だ。そう自分に言い聞かせてバイクのアクセルを全開にした。
「仲間を助けたつもりか。涙が出るな」
にやりと口の端を持ち上げ、顎を引いて上目遣いにこちらを見るシルバーは誘っているかのように見える。それならば誘いに乗ってやるだけだ。
一気に後ろに回り込み、振り返りざまのシルバーに高速の拳を叩きつける。多くがかわされたが、いくつかの重いパンチが腹や顔にクリーンヒットした。
最初に驚き、次に不敵な笑みを浮かべてシルバーは後方にジャンプして距離をとる。
「やる気は十分、というところか。だが実力はどうかな」
シルバーはすぅ、と直立し目を閉じる。するとその両手から黒い霧状のものが湧き出し、彼の両腕を包み込んだ。霧は密度を濃くして漆黒の蔦へと形を変える。蔦はシルバーの全身を包み込み、腕の先端からヴァルラに向かって槍のように伸びた。
その黒い蔦をヴァルラは素手で難なく掴み懐へ飛び込むと、相手の腹に向けて蹴りを放つ。が、蔦は霧となってシルバーごとヴァルラの目の前から消えた。
一瞬見失い、再び視界に入った銀髪のヴァンパイアはヴァルラの遥か頭上、空中に漂っていた。
「遅いな。欠伸が出る」
嘲笑の声にヴァルラの頭に血が上る。
「調子に乗るな」
彼もシルバーを追うように高く跳躍し、空中で止まる。両手を顔の前で握りしめ気を溜めると、彼の手から白い霧が現れた。
以前ウィルとのスパーリングでも使った技だ。
「そう来なくては面白くない」
シルバーは嬉しそうに目を細めた後、先ほどの蔦を指先から何本も放ち、ヴァルラの体に巻き付けた。蔦には剃刀のような棘がついており、ヴァルラの全身を無数に斬りつける。
「……っ!」
今まで何もかもが謎だった銀髪のヴァンパイア。今こうして初めて対峙してみると、予想以上に手強い事にヴァルラは焦りを感じた。
『
そしてヴァルラが殊更不利なのは──
「……くそっ!」
シルバーが時折見せる鬼のような形相そして長い牙に、膝が震えて体が言う事を聞かない。情けなさと危機感を同時に感じながらひとまず防御の体勢に入る。
この大一番に際してまでも子供の頃からのヴァンパイア恐怖症が邪魔をする。悔しさにヴァルラは歯軋りをした。
そんなヴァルラの全身をシルバーの黒い蔦が締め付けていく。蔦は徐々に形を変え繭のようにヴァルラの全身を飲み込んでいった。
「ミハイラちゃん! 俺の事はいいから、ヴァルちゃんに加勢してやってよ!」
バイクの後ろでミハイラにしがみつきながらラウは大声で叫んでいた。バイクの轟音に自分の声すらよく聞こえない。
「行けって、ヴァルちゃんが言ったのよ。それにあたしじゃ足手まといになるかもしれない」
悔しさを滲ませた声。この大事な時に戦いに参加できないもどかしさ。
「大丈夫。ミハイラちゃんならできるよ。NO.1のヴァンパイアハンターじゃないのさ!」
ラウのその言葉にミハイラはハッとする。そうだ。自分は常に誰にも負けないよう努力してきた。そして実際にその実力があると自負している。一度はシルバーに操られたが、女ヴァンパイアの術は破ることができたではないか。
「ヴァルちゃん、ミハイラちゃんを巻き込みたくないだけだと思う。俺もミハイラちゃんに危ない事させたくないけど、ヴァルちゃんを一人で戦わせたくないんだ。頼むよ!」
その言葉が更に彼女の背中を押す。
「ラウ、あたしが知らない隠れ家に逃げて」
バイクを止めて拾ったタクシーに情報屋を放り込む。万が一操られてもラウが無事でいられるように、自分は居場所を知らない方がいい。
タクシーの車内に転がり込んだラウは、窓を開けて叫ぶ。
「ミハイラちゃん、シルバーをやっつけて!」
それに笑顔で親指を立てて応え、ミハイラはバイクの向きを変えると元来た道を走り抜けた。
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