第35話 そして現れた男
「ミハイラちゃん、男に騙されたからってそっちの世界にいっちゃダメだー」
ラウの必死な叫びに女ヴァンパイアが反論した。
「あらあら。男なんか信用しちゃダメ。可哀そうな
その言葉にミハイラが反応した。
「──ば」
「ば?」
低い声を聞き逃し金髪女が耳を傾けた時。
「誰も騙されて泣いたりなんかしてないってば!」
そしてびたーんと渾身の平手打ちが女の白い肌に赤い手形を付けた。
「いったーい!」
女は思わずしゃがみこむ。
「ヴァンパイアなんかに同情されるほど、あたしは落ちぶれちゃいないのよ!!」
倒すべき相手に好なようにされ、あまつさえ同情までされた事がミハイラの逆鱗に触れたらしい。鬼のような形相でミハイラが反撃に出る。
しゃがみこんだ姿勢の頭めがけて蹴りを放つが、易々とかわされた。敵もAクラス。そう簡単には当たらない。
「私の術を解いちゃうなんて意志が強いのね。ますます気に入ったわ。ハンターなんてやめて私のパートナーにならない?」
粘っこい声そして視線。「パートナー」が何を意味するのかミハイラは知る気にもなれずにナイフで切りかかる。女はさほど力が強くない代わりにスピードに長けているようだ。
ミハイラの全力のラッシュを軽々とかわし、すっと後ろに回り込むとミハイラを羽交い絞めにして首筋にキスをし、左手で太ももから腰、ウエストを撫で回す。
「ああん、もうっ! やめなさいったら! 真面目に戦いなさいよっ」
女の手を振りほどき、振り返りざまに逆手に持ったナイフで切りつけると、シャツの胸のあたりを横に薄く切り裂いた。
僅かに炎が上がる。女はシャーッと吠えて形相を変えた。
「私の
「その程度であたしが落ちると思ってるの?」
相手を魅了し操る能力はシルバー程強くはないらしい。本気を出したミハイラの蹴りのラッシュに近づくことが出来ず、悔しそうに牙をむいた。
ナイフのスピードはその更に上をいく。右へ左へと回り込まれ、女ヴァンパイアは辛うじて避けるのが精一杯だ。時折その白い肌を切り裂かれ蒼白い炎をあげる。モールの片隅の暗闇に小さな灯りが点滅し続けた。
遂にはモールの裏手の壁際に追い詰められた女ヴァンパイア。蒼白い顔を更に蒼くしてミハイラに懇願する。
「ねえちょっと。本気で狩ろうなんて思ってないわよね? 私あなた達の味方になってもいいのよ?」
気ままにハンティングを楽しんできたヴァンパイアだが、いざ自分が狩られる側になって恐怖を感じているらしい。
「本気に決まってるでしょ。仲間にヴァンパイアはもう足りてるわ。観念なさい」
ミハイラがナイフを振り下ろそうとしたその時、女ヴァンパイアはその場に座り込んだ。
「お願い、見逃して! 私だってヴァンパイアにされた被害者なのよ。もう人を襲ったりしないから、助けてよ!」
ミハイラはナイフを構えたまま身動きが取れなくなっていた。Jがもしもこうして懇願してきたら自分は止めを刺せただろうか。
「わー、ミハイラちゃんダメダメ! そんな女のいう事に耳を貸しちゃ……」
ヴァルラは慌てて叫ぶが、女ヴァンパイアは本気で降伏するつもりらしい。
「国の配給の血液でちゃんと暮らしていける? 絶対にもう人は襲わない?」
「うんうん、何でもいう事聞くから! お願い!」
ミハイラはナイフを持った手をゆっくりと下ろした。罪を犯したヴァンパイアとはいえ今こうして反省をしている姿を見てしまうと心が揺れ動く。
「ありがとう! 信じてくれたのね。私、絶対に裏切らな……」
感謝と誓いの言葉が途切れる。
どこからともなく大振りな漆黒の刃が飛んできて、女ヴァンパイアの首を斬り落としたのだ。首が地面に落ちる前に女は灰になり、さらりと風に流され消えていった。
「これ以上の無様な姿は見るに耐えん」
低く良く響く声が辺りにこだました。ミハイラはどこかで聞いた気がして記憶を辿らせる。
「シルバー!」
そう叫んだのはヴァルラだ。怒りと憎しみに満ちた声。シルバーは声のした方へ向き直る。
「臆病者の元ドナー。今日も隠し撮りか?」
明らかに挑発してきている。ヴァルラは見事にのせられた。
「臆病なんかじゃない!」
カメラを投げ捨て敵の前に姿を現した。それを見て銀髪のヴァンパイアはにやりと嗤う。
「そうだったな、
「お前と、一緒にするな」
憎悪を具現化したようなその声は聞くものをぞっとさせる。普段のヴァルラからは想像もつかない、剃刀の刃でなでられたような感覚を起こさせる響きを持っていた。
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