第34話 魅惑の女ヴァンパイア

 そして次の日の昼過ぎ。


「ミハイラちゃん! ミハイラちゃん! 出ておいでよ。新しい依頼が入ったんだよ!」

「ミハイラちゃん! ご飯ができたよ! 出ておいでよ!」


 ミハイラの部屋の前でラウとヴァルラが交互にドアをノックする。返事はない。


「やっぱりまだ仕事なんて無理だったんじゃないの?」


 ヴァルラは首を横に振る。


「俺の相棒はそんなにヤワじゃないよ。美味しいもの一杯食べれば元気にハンティングしてくれるさ。ねっ、ミハイラちゃん?」


 ドアに向かってそう声をかけた瞬間、ドアがバーンと勢いよく開いた。


「ふぐあ!」


 いきなり開いたドアに顔面を強打してヴァルラが倒れこむ。開いたドアの向こうにはドアを蹴り上げたままのすらりと伸びた足が。


「おー、ミハイラちゃん。相変わらず美しいフォルム」


 褒めたラウの顔面には分厚い雑誌が飛んできた。


「あだっ! なんで俺まで……」


 仲良く床に転がる二人を尻目にミハイラはダイニングへ行きヴァルラが作ったフレンチトーストを食べ始めた。


「もう男なんて信用しない! 男なんてみーんな嘘つきなんだわ!」


 ぷんぷんと怒りながらも一応男であるヴァルラが作った朝食をきれいに平らげる。


「もー、ミハイラちゃん極端なんだから」


 呆れながらもヴァルラは暖かいミルクティーをミハイラに淹れる。


「で、どうするの? 俺とびきりオイシイ依頼見つけてきたんだけどっ」


 褒めて欲しそうなラウをちらりと見やり、ツンと顔を背けてミハイラはミルクティーを美味しそうに飲んだ。


「信じられるのはやっぱりお金だけだわ。やってやるわよ。誰にも頼らないで自力でこの島を出てやるんだから!」


 ミハイラの鼻息は荒い。ヴァルラはミハイラがまだこの島を出ていくことを諦めていないと知って複雑な表情だが、敢えて何も言わなかった。


「今度のターゲットはAクラスの女ヴァンパイアだよ」


 防犯カメラが捉えたその姿を見てヴァルラの鼻の下がだらしなく伸びた。


「うひょー。どえらい美人そして美乳でこの美脚!」

「実物見たらヴァルちゃん逃げ出すくせに……」


 肩まで伸びたストレートの金髪と空のように蒼い瞳。まるでモデルか女優のような美形であった。


「今回はウィルには外れてもらうことにした。似てはいないけど金髪碧眼の女ヴァンパイアってのは辛いだろうからな」


 その言葉に皆がうなずく。皆何かしら心に傷を負っている。だからこそ相手を気遣う心を持てるのだ。


「女のヴァンパイアは今までも何度も倒して来たし、今回も楽勝よ」

「ミハイラちゃんの腕は信じてるけど、油断はしないでね」


 いつもと変わらぬやり取りの後、夕方まで作戦を練り狩りの準備をするとターゲットの縄張りへと向かった。


 そこは小さなショッピングモールがある街の中心地だ。近くにはバーやホテルなどがあり夜でも人の行き来が少なくない。

 そんな場所で堂々と人を襲う女ヴァンパイア。


「ふざけてるわよね。こんな街中で堂々と……」

「あら心外ね。コソコソ狙うより素敵じゃない?」


 上から声が降ってきた。モールの立体駐車場に金髪のヴァンパイアがいた。ガードレールに腰掛けて足をぶらぶらさせている。

 白いシャツに黒い革のパンツ。その人影に向けて苦々しく吐き捨てるミハイラ。


「あたしから言わせてもらえれば、人を狙ってる時点でアウトだわ」


 腰から銀のナイフを抜く。しかし女ヴァンパイアはまるで戦う気などないかのように落ち着いた様子でこちらを見下ろしている。

 4階の高さから軽くジャンプして、猫のように柔らかい着地でミハイラの目の前に降り立った。


「あら、近くで見ると可愛い顔してるのね」


 真っ赤な唇が妖艶に笑い、思わず目と目が合う。これがまずかった。


「あっ、ミハイラちゃん目を見ちゃダメだ!」


 ヴァルラが叫んでももう遅かった。シルバー同様この女ヴァンパイアも人の心を操ることができるようだ。ミハイラは動けず、指先すらも動かせなくなっていた。悔し気に唇を結ぶ。


「ほら、もっとリラックスなさいなさいな。戦うなんて野暮なこと言わないで、もっと楽しいコトしましょうよ……」


 ミハイラの耳元でそう囁くと、耳を軽く噛み舌を這わせた。ミハイラの口から思わず悩ましげな吐息が漏れる。


「ちょ、あいつミハイラちゃんに何やってんのさ!」


 焦るラウの横でビデオカメラを構えたヴァルラがズーム録画しながら真剣に見入っている。


「いや、これはこれでアリな気がしないでも……」

「何呑気な事いってんのさ馬鹿エロヴァンパ!!」


 ヴァルラの側頭部にラウの肘鉄が飛んでくるが、まるでびくともしない。

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