第33話 悪いニュース
反撃の時が来た。
ヴァルラは今までになく気が昂っていた。無口になり、いつもへらへらとにやけていた顔も険しくなってる。
今こそ
ヴァルラは以前シルバーの情報をかき集めていた時の地図や資料を広げ、鋭い目でみつめていた。
自分とシルバーの間には僅かに違いがある。同じデイウォーカーのヴァンパイアではあるが、相手はその劣化版だ。夜明けや夕暮れなど薄明るい日の光なら平気だが、真昼の太陽の光は苦手だ。長時間は耐えられず、その力も弱まってしまう。場合によっては灰と化すことも考えられる。
考えられる、というのも心もとないが、
「ヴァルちゃん、大丈夫? あまり根詰め過ぎないでよね」
ヴァルラの部屋のドアからひょいと顔を覗かせたミハイラは心配そうだ。ヴァルラははっとする。
結婚そして旅立ちを控えている大事な相棒に余計な心配をかけたくはない。いつも通りに振舞わなくては。
「ありがとミハイラちゃん。俺なら大丈夫だから」
にかっと笑ってみせると彼女は少し安心したような表情になった。しかしヴァルラはその顔に浮かんだ憂いを見逃さなかった。
「ミハイラちゃんこそ大丈夫? 何かあった?」
するとみるみるうちに彼女の眉尻が下がり、泣き出しそうな顔になりうなずいた。
「トニーが……トニーと連絡が取れないの。昨日からずっと」
たった一日のことだが、ここアヴェリオンで丸一日連絡が取れないという事は何かトラブルに巻き込まれたという可能性が高い。主にヴァンパイア関連の、だ。
「大丈夫だよ。忙しい社長さんなんだろ? 仕事で手がいっぱいなのかもしれないじゃないのさ」
わざと明るく返したがミハイラはぽろりと涙を零した。
「今まではどんなに忙しくてもメールの返事が来てたのよ。おかしいわ」
ヴァンパイア相手には容赦ない最強のハンターも、来ないメールには涙する。恋愛には不器用な乙女なのだ。
「じゃあさ、俺からラウに調査依頼しておくから。お昼食べて元気出して!」
その言葉にミハイラは涙を拭いて素直に頷いた。
+++
「トニー・ラディアンだって?!」
夕方になってやってきたラウが突拍子もない声を上げた。
「何だよ。知ってるのか? とにかくミハイラちゃんが心配しちゃって落ち込んでてさ。安否が分れば有難いんだけど」
その言葉にラウはじとり、とヴァルラを見返した。
「勿論知ってるよ。けどそいつがミハイラちゃんをたぶらかした野郎なのかー。それって言わなきゃだめなのかな」
どうにも歯切れが悪い。
「何だよ。もしかしてヴァンパイアにやられちゃったり……?」
ヴァルラは最悪の場合を想定して気が重くなった。しかしラウの様子からするとそういう事でもないらしい。
「昨日ヴァルちゃん警察と協力して埠頭で捕り物やったじゃないのさ。ほら、ウィルと組んで」
妙に遠回しな話しぶりだ。ヴァルラは苛ついた。
「それが何なんだよ。いいからはっきり言えって」
そう促され、ラウは白状した。
「人身売買の取引で捕まった男がいただろう? そいつがトニーだよ」
「何だって?!」
ヴァルラは椅子から転げ落ちんばかりに驚いた。ボディーガードを従えてギャングと交渉していたあのグレーのスーツの男。ミハイラの婚約者がまさか犯罪者だったとは。
「うーん」
ヴァルラは頭を抱えて唸っている。
「だろ? こんな事言えないだろ?」
そう言っても隠しておくわけにもいかない。ヴァルラはどうすればミハイラを傷つけずに事実を知らせられるかと頭を悩ませていた。
「どうしたのラウ? 何か変な声出して。ヴァルちゃんもどうしたの?」
二人のただならない様子にミハイラがやってきた。ヴァルラとラウは顔を見合わせる。おずおずとラウがたずねた。
「ミハイラちゃん、悪いニュースと良くないニュースどちらから聞きたい?」
「何よそれ。いいからトニーが無事なのかどうか教えなさいよラウ!」
よくある前置きをぴしゃりと封じてミハイラは厳しく問い詰める。
「ト、トニー・ラディアンは犯罪者だったよ。そんでもって今警察に捕まってるんだ」
その言葉にミハイラはぽかんとする。
「昨日の捕り物で捕まった人身売買の男がトニーだったんだ。連絡できないのは今奴が牢屋にいるからさ」
「──嘘」
ミハイラは1歩、2歩と下がって倒れこむようにソファに身を預けた。
「貿易関係の会社の社長だって言ってたのに……」
「貿易は貿易でも扱う商品が人間だったって事だね」
余計なことを言うなとラウがヴァルラに小突かれる。
ミハイラは呆然として、そのまま部屋に戻ると閉じこもってしまった。
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