第30話 先手を打てるのか
「明日まで待つのも時間が惜しいな。先に今の居場所を探してみよう」
ヴァルラは小さいタブレットを取り出すとアプリを起動させた。画面には地図が表示されている。
「え、ちょっとそれ……」
ラウが覗き込む。
「ほら、やっぱり役立つじゃないかGPS」
画面には地図が表示され、そこにオレンジ色の光が点滅している。
「本当にそんなことしてたの?! 後で絶対怒られるからね!」
「しかーし、今回は役に立つだろう? ミハイラちゃんも感謝するに決まってるさ」
ヴァルラは全く気にする様子もなく地図を見ながらミハイラの行方を探す。
「じゃあ俺はこれからミハイラちゃんを助けに行ってくるから、お前たちはウチで待ってろよ」
そう言い置いて、目に留まらぬ速さで走り去った。
後に残されたのはぽかんとしている狼男と情報屋。
「カメラの映像はあるが、第一発見者として話を聞きたい。署まで同行してくれるな?」
有無を言わさぬ口調でパトカーのドアを開けられ、ウィルとラウの二人は渋々乗り込んだ。
ミハイラのバイクに乗って夜道を疾走するヴァルラ。GPSの点滅に従って目的地へ急いでいる。その信号が示すのは街のはずれにある自動車工場だ。トタンの塀に囲まれた大きな敷地。人の気配はなく、古い油と錆の臭いが重く漂っている。
ヴァルラは少し離れた所にバイクを停めた。
GPSの信号は確かにこの敷地内を示している。
「ミハイラちゃん!」
囁くようにその名を呼ぶ。返事はない。再び呼んでみるが、広い工場の敷地にヴァルラの声が吸い込まれていくだけだ。
鉄さびに紛れて感じた臭いに気づきヴァルラは総毛立つ。またも血の臭いだ。
それは車のプレス機の中から漂っていた。それだけではない。ヴァルラがミハイラに取り付けたGPS発信機の反応もそこから出ている。
「そんな……!」
ヴァルラは慌ててプレス機を操作して元は車だった鉄の塊を外へと運び出した。
力の強いヴァンパイアだ。プレスされた車の1台くらいは簡単に持ち上げられる。
それを素手でメリメリと押し広げて中をあらためる。ぽたぽたと流れ出る血がヴァルラの服を赤く染めた。
「ミハイラちゃん!」
メキメキ、と車を引き裂くと運転席の部分が露になった。そこにあったのはミハイラの靴と、空になった大量の血液バッグだ。
ヴァルラはへなへなとその場に座り込んだ。GPSを靴に仕込んでいたのがばれたのだろう。すっかりシルバーの術中にはまっている事に焦りと悔しさが募る。
自分のこんな姿をシルバーはどこからか眺めて楽しんでいるに違いない。
そしてこれは恐らく警告でもあるのだ。先ほどビデオとメモで指示された通りにしなければミハイラの命はない。そういう事だ。
ヴァルラは歯ぎしりをした。こうなればシルバーとの一騎打ちで勝つしかない。彼はミハイラの靴を手に、再びバイクに跨り自宅へと向かった。
家に着くと既に日付は変わっていた。約束の時間までまだ随分とあるが、興奮でなかなか寝付けない。横になって目をつぶると、今日のあの惨劇が瞼の裏に映し出される。
分かれて行動するべきではなかった。ヴァルラを後悔の念が襲う。
シルバーの目撃情報が入り始めていたのだ。あちらも自分たちの存在を知り、狙ってくる事は予想に難くなかったはずだ。
自分が襲われるならともかく、ミハイラを狙ってくる危険性を予測できなかった。後悔してもし切れない。
だが今更焦ってみてもミハイラは敵の手中にあり、自分は言われるがままに待ち合わせに応じるしか道がない。
ならば。と彼は考える。ならばここはもう腹を決めて正面から挑むしかない。そのためにも少しでも休んでおこう、とヴァルラは横になり目を閉じると深い眠りに落ちて行った。
ヴァルラが目を覚ましたのは昼をとうに回った3時過ぎだった。気持ちを切り替えたおかげか頭はすっきりと冴えている。大事な戦いが待っているのだ。万全の体調で赴く必要がある。一人分のミートボールスパゲティを作ってそれをぺろりと平らげ、武器の手入れをし、家を出た。
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