第28話 もう一つの取引
埠頭の方もすっかり夜が更けていた。こちらの取引の時間も11時すなわちあと5分。間もなくクラブのガサ入れも始まるだろう。周囲は異様な緊張感に包まれていた。
港に2台の車が近付いてきたのを目にして、警官達もウィルもヴァルラも息を潜めた。
両方の車の中から男達が降りてくる。古い街灯の下ではその姿はよく見ることができなかったが、ウィルとヴァルラは違う。異常なほどに発達している視覚、聴覚で彼らの様子をばっちりと観察することができる。
ウィルは怪訝そうに
「取引の割にそれらしき荷物を持ってないな」
と呟いた。
車から降りてきたのはギャングらしき若い男2人とヴァンパイアが2匹。もう一台から降りてきたのはスーツ姿の男3人だ。彼らのうち仕立ての良いグレーのスーツの男が交渉相手、黒いスーツの2人は人間のボディーガードといったところか。
「俺はヴァンパイアを倒せばいいんだな。それとも全員か?」
そう言ってウェアウルフに変身し、バキボキと指を鳴らしたウィルは鼻息も荒い。話には聞いていたとはいえ、目の前で狼男に変身するのを目の当たりにして警官達はざわめいた。そんな彼らを静まらせつつウィルを一瞥する。
「落ち着け。ギャング達は出来れば現行犯で逮捕したい。死人が出ないように頼む」
刑事のそんな指示にウィルはやや不満げにぐふぅ、と息を吐いた。
そんな間にも取引は進んでいる。グレーのスーツの男が周りを警戒するような仕草で辺りを見回す。
「グランピィの奴らが警察にやられたそうじゃないか。ここは大丈夫なんだろうな」
「奴らの場合は誰かが垂れ込んだのかもしれないが、今日のここでの取引は身内以外誰も知らない。それよりも早く終わらせて解散した方がいいだろう」
「……そうだな。じゃあ早速「商品」を見て貰おうか」
男は車のトランクに近づくでもなく、埠頭にあるコンテナの方へ歩き出した。ギャングの男達もそれについて行く。錆ついた緑色のコンテナのカギを開け、ゆっくりと扉に手をかけた。ドアを引けばギギギという軋みと共にざわざわとたくさんの人の気配がコンテナからあふれ出した。
スーツの男は拳銃を出し彼らに向けながら
「声を出すな。逃げようとすれば殺す」
と淡々と命令した。
ギャングの男もコンテナを覗き込む。中には老若男女が入り混じって、手足を縛られた状態で詰め込まれていた。
ヴァルラは息をのむ。プライベートジェットで運ばれる新鮮な血液バッグが入った鞄や箱をイメージしていたが、まさか人間そのものが取引されていたとは。
「どれも肉付きが今一つだな。年寄りや子供も多い。これでは見積りの8割しか出せないぞ」
「船旅で痩せただけだ。年寄りは健康なのを見繕って来たし子供は成長すればいくらでも絞れるようになるだろう」
どうやらグレーのスーツの男が国外から持ち込んでいるのは、血液を採るための人間らしい。この手慣れた様子からすると二度や三度のことではないようだ。
「分かったよ。ただし次は健康な若者多めでな」
ギャングの男は渋々条件をのむ。定期的に売り物の血液を確保しなければならないため背に腹は代えられないといった様子だ。
タブレットを操作して料金を振り込む。それを確認してスーツの男は満足そうに口角をあげた。
この国はヴァンパイアを国外へ出さないよう細心の注意を払ってはいるが、外から入ってくる人間や荷物に対してはチェックが緩い傾向にある。まんまとそれを利用した商売だ。
刑事がサインを出した。それを受けてウィルは風を切るように飛び出し、ヴァンパイアの首をねじ切って灰に変え、続いてギャング達に襲い掛かる。
「う、うわぁ……っ! 狼男だ!」
「た、助けてくれ!!」
ヴァンパイアは見慣れていても狼男を見るのは初めての彼らだ。蒼褪め、腰を抜かしてヘナヘナと倒れこんだ。戦意を喪失したギャング達を縛り上げるのに時間はかからなかった。
警官達も負けじと黒いスーツのボディーガードとグレーのスーツの男を取り囲み、怪我人を出す事もなく全員確保した。
何とも呆気ない幕切れにウィルは少々物足りなさそうだ。
ヴァルラはコンテナで震えている『商品』たちに目をやる。騙されたのか借金でもあったのか、どういう経緯で彼らがここにいるのかは分からないが、無事に母国に帰って自由になれる事を願うばかりだ。
「さて。ミハイラちゃんの方はもう終わったかな」
ウィルと顔を見合わせ頷くと、彼女が居るクラブへと向かって歩き始めた。
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