第25話 ヴァルラ潜入
その日から、地元警察との連携捜査が始まった。
連携といっても、実際のヴァルラの役割は密売血液を買うヴァンパイア、というおとり役だ。今回ウィルとミハイラの出番はなく、裏方のつもりが一番表に出る役割になってしまった。
「俺、顔割れてるのに大丈夫なのかねえ」
超小型の盗聴器を仕掛けてもらいつつ、ぼそりと呟く。
近くに居た50歳近い刑事が、静かな口調で返す。
「一度でも口にしてしまうと、どんなヴァンパイアでも新鮮な血液の誘惑には勝てないって聞くからね。人間にとっての麻薬みたいなものらしい。君がヴァンパイアである以上、血液を欲しがることに奴らは何の疑問も抱きはしないだろう」
それを聞いて、ヴァルラはあからさまに嫌な顔をする。
「俺をあいつらと一緒にしないでくれよ」
その言葉に曖昧な笑顔を返し、盗聴器の最終チェックを済ますと、刑事は黙ってヴァルラの肩に手を置いた。
「宜しく頼んだよ」
この刑事は自分のことを信用していない。ただ、おとりとして利用できる存在として見ているだけだ。そうヴァルラは確信していた。
「間違って俺を撃たないでくれよ」
おどけた口調で言ったが、内心は本気だった。
+++
まずは「グランピィ」というストリートギャングの拠点とされるバーへと足を踏み入れる。いかにもふらりと立ち寄った風に、だ。
まだ日は高いというのに、店の中はガラの悪い男たちで盛況だ。そんな彼らの視線が、よそ者であるヴァルラに一斉に集まる。しかし彼は一向に気にする様子もなく、店内の客をかき分けてカウンター席に腰を下ろした。
「注文は?」
警戒したような声でバーテンが尋ねてくる。余所者は歓迎されない雰囲気だ。
「何かオススメはあるかい? 他の店にはないような特別なものがいいね」
意味ありげな視線を送って、キラリと牙を見せた。するとバーテンが店の奥でダーツに興じていた男に目で合図を送る。おそらくはここの客、ストリートギャング達のリーダーなのだろう。
男がヴァルラに近づいてきた。顔に見覚えがある。
「あんたとは公園で一度会ったな。今日こそスペシャルなドリンクが欲しいのか?」
「あれ以来、気になって気になって仕方がなくてね」
ヴァルラを見る男の目が僅かに細められた。明らかに疑っている。
「あんた、ヴァンパイアハンターだろ? そんな仕事しながらアレを飲んだりしていいのか?」
案の定こちらの 正体はバレているが、それくらいは想定内だ。
「別に人を襲って飲むわけじゃないんだから構わないだろ? どうなんだ、売ってくれるのかくれないのか……」
男はもう一度目を細め、じっと目の前のヴァンパイアの顔を、値踏みするように覗き込んだ。
「よし、いいだろう。羽振りのいいハンターが客になるなら俺達も大歓迎だ。1本300シードル、品質に間違いはないぜ」
300ml程の大きさで300シードルとは、まさにドラッグ並みの相場だ。
「足元見ちゃいないだろうな」
わざと渋ってみせる。すると。
「俺たちの仲間も同じ値段で売ってるし、もし安いのがあれば混ぜ物入りの粗悪品だ。ウチで買うかどうかは自分で決めればいいさ」
そう淡々と返してきた。仲間というのは結託している他の2つのグループの事だろう。
「混ぜ物?」
「聞いた話だが、国の配給品が5割以上とかいう話だ。それでも良いっていうなら安く買えるらしいからそっちに行きな」
男はあっさりとしたものだ。
「それは確かに粗悪品だな。で? ここは100%新鮮な売血モノなんだろうな」
「品質に間違いはないと言ってるだろう」
男が苛つきを隠さず、声を荒げた。
「分かった分かった、良いだろう。まずは1本貰おうか」
取引の様子はしっかりと録音されているだろうか。ヴァルラは緊張を悟られないよう品物が出てくるのを待つ。
「払いは現金でな」
「お互い足がつかないように、だろ」
しわくちゃの100シードル札を3枚カウンターに置き、瓶を受けとる。
そろそろ警察が踏み込んで来るはずだ。瓶を開ける。新鮮な血液の臭いはヴァンパイアにとっては魂を溶かすような魅惑の香りだ。普段は理性で抑え込んでいるが、このように「飲んで下さい」とばかりに瓶に入っていると話は別だ。
思わず生唾を飲み込む。瓶を口に運ぼうとしたところで店の男が険しい声で静止した。
「ちょっと待った」
ドキリとして手を止める。
「それを飲んでも暴れないでくれよ。慣れてない奴には刺激が強すぎるんだ。飲むときは少しずつな」
「ああ。気を付けるよ」
ちびり、と口にすると甘美な味が広がる。確かにこれは危険な飲み物だ。理性を保つためにも、早く突入してほしいものだ。
そんな切実な願いが叶ったのか、次の瞬間窓や裏口、表口から大勢の警官隊が突入してきた。同時に店内に煙幕がたちこめ、辺りが真っ白になる。催涙弾だろう。リーダーの男を含め、ギャング達は皆咳き込み床に倒れこんだ。
数人の部下は椅子や銃、ナイフで果敢にも反撃を試みた。しかし完全武装している警官隊に敵うはずもなく、あっという間に全員が制圧された。
混乱に紛れてヴァルラは店を出、現場を指揮していた50代の刑事の元に戻っていた。
「どうだい? 上手くいった?」
「ああ、音声もしっかり録れた。良くやったな」
心の込もらない形だけの労いの言葉をかけ、続けてヴァルラの手元に目をやる。思わず持ってきてしまったボトルが握られていた。
「それはどうする? 」
「構わなければ貰って帰るよ。これ自腹だし。俺、中毒症状出ないからさ」
刑事は小さくうなずいたものの、その顔には侮蔑と恐怖の色が色濃く表れていた。
そんな態度に、いちいち反応していてはきりがない。ヴァルラは足早にその場を後にした。
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