第24話 親心か老婆心か
一週間後、ラウは再びヴァルラの家を訪れていた。ソファに座ってジンジャーエールを飲んでいる。
「色々調べたけど、血液密売はヴァンパイアじゃない。ストリートギャング達の仕業だね。で、彼らを纏めてるのは流通業の偉い人達みたいだ。それとこのジンジャーエール、すっごい美味ーい!」
「俺お手製のジンジャーシロップで作ってるからね」
称賛の言葉にご機嫌なヴァルラだが、情報屋の報告内容には納得がいかないようだ。
「信じない訳じゃないが、人間だけでヴァンパイア相手に血液売買なんて危険過ぎるよな。まして高額で販売してるから、買えないヴァンパイアに逆恨みされそうだし。その辺の内情はどうなのかね」
友の疑問に頷きながら、情報屋は飲み物のおかわりを催促する。
「そう思うだろ? でも、売買にヴァンパイアは一切関わってないみたいだ。その代わりに、3つのギャングが協力したり、ハンターを雇ったりして身を守ってるようだね」
「んー、普段仲悪いあいつらが結託してるとなると、確かにそうかもな」
「相当稼げるらしいから、儲けを三等分しても充分な取り分があるだろ。警察も、いつもの如く買収されてるんじゃないかな」
グラスを受け取り、美味しそうに飲み、ふと声を潜める。
「この情報、ミハイラちゃんにも教えないといけないんだけど……いいかな?」
「ダメって言ってもどうせ無理矢理聞き出されるんだろ。ヴァンパイアが絡んでないことだし、聞いて自分なりにJのことを納得したいだけだろうから。構わないよ」
言いつつヴァルラは、不安と諦めを混ぜたような表情だ。
「それよりラウ、ミハイラちゃんにGPS付けられないかな。いくら人間相手だとしても、ギャングに目をつけられたら危ないでしょ」
「だーかーらー。そんなことすると、ミハイラちゃんにますます嫌われるってば」
相変わらずの過保護っぷりに、ラウはあきれ顔だ。
「お前も年頃の娘でも持てばこの気持ちがわかるさ。……ああ、お前の場合はまず彼女を見つけるのが先だな」
にやり、と笑って言い返す。これが情報屋には効いたらしく、とたんにむくれ顔になり立ち上がる。
「俺は忠告したからな! どうなっても知らないよ!」
「──何が知らないって?」
突然のミハイラの声に、ラウもヴァルラも飛び上がらんばかりに驚いた。
ランニングから帰ってきたミハイラが、肩にかけたタオルで汗を拭きながら、スポーツドリンクのボトルを片手に立っていた。
「ミ、ミハイラちゃん。いつからそこにいたの?」
恐る恐る尋ねるヴァルラ。
「たった今よ。なあに? あたしに聞かれちゃ困る事でも話してたの?」
確かに今まで走っていたようで、まだ軽く息が上がっている。
「違う違う。ミハイラちゃんに報告する事があって……」
そう声を潜め、ミハイラを伴いダイニングの方へ移動するラウを、複雑な表情で見送り、ヴァルラは大きく溜息をついた。
彼にとってはやはり、彼女はいつまでも出会った時のやせっぽちの小さな少女だ。しかし彼自身、己の過保護振りにも自覚があった。そして、ミハイラが自立したがっている事も知っている。
(俺が変わらないといけないのか?)
ふと口をついて出かけた言葉を飲み込んで、ヴァルラは夕食の支度をしにキッチンへと向かった。
+++
夕食を終え、ミハイラはリビングでTVを観ていた。小脇にホームサイズのアイスクリームを抱えてそのままスプーンで食べている。
「ほら、お行儀悪い。ちゃんと器に取り分けて食べないと!」
「どうせ全部食べちゃうんだから一緒でしょ」
ミハイラは聞く耳を持たない。ヴァルラも半ば諦めて、TVのクイズ番組に目を移した。
番組の合間に、天気予報とヴァンパイアの出没情報が流れる。それによれば明日は快晴で夜はヴァンパイアが多く出没するそうだ。不要不急の場合以外は外出を控えるように、とアナウンサーが淡々と読み上げる。
「ねえヴァルちゃん」
視線はそのままで、ぼそりとミハイラが呟いた。ヴァルラは、相棒の横顔に目を移す。
「狼男と仕事して、どうだった?」
「どう、って……。まあ悪くなかったよ」
「ふうん」
そう言って視線をTVから動かすことなく、またしばらく黙り混んだ後。
「あたしがいなくても、やっていけそう?」
ヴァルラは目を見開いた。
「何言ってんの!」
「だって狼男だもの。強いんでしょ?」
「そういう問題じゃないよ。俺の相棒はミハイラちゃんなんだから。いきなりどうしたのさ。俺がウィルと組んだのが気に入らないの?」
「バカ、自惚れないで! そんなんじゃないわよ」
軽く放たれたミハイラの掌底がヴァルラの顔面を強かに打った。
「へぐぅっ!」
仰け反るようにソファから転げ落ちる。その様子をちらりと見遣り、彼女は淡々と呟いた。
「あたし、この島を出るかもしれない」
「……へ?」
床に座りこみ顔面をおさえたまま、ヴァルラはぽかんと相棒の横顔を見詰めた。
「出るって……どこに行くの? 大体お金はどうすんのさ」
しばらくの沈黙が続く。
「ヴァルちゃん、あたし求婚されちゃった!」
ミハイラが急に向き直り、真剣な顔で告げた。ヴァルラは呆然とするばかり。あまりに唐突過ぎて、理解力が追い付かないのだ。
「求……婚?」
ただ、おうむ返しにするのがやっとだった。
「この島から出るための資金を都合してくれるって。身元引受人になってくれるし手続きも全部やってくれるって言うの」
「それってこの間の……」
ミハイラは黙って頷いた。
「出会ってまだ半月も経ってないのに。人身売買かも知れないし、何か裏があるかも知れないじゃないのさ」
「そんな人じゃないわ。確かに付き合いは短いけど、すごく誠実で優しいの。信用できる人よ」
そんな言葉も、ヴァルラの頭には入ってこない。ただ茫然と立ち尽くすばかり。
「今日や明日なんて急な話ではないけど、1か月後を目安に考えてるから」
そう言い捨てて再びTVに向き直る。背中が会話を拒絶していた。この様子では、何を言っても無駄だろう。今はこの話題に触れるのはやめることにした。
+++
その日から、ミハイラはたびたび外泊をするようになった。始めは認めなかったヴァルラだったが、止めて聞くような相手ではない。何度か言い合いをしたものの、結局はヴァルラが折れるしかなかった。
「明日は仕事の日なのに……」
ぼそりと呟くと
「ザコだから問題ないんじゃない? 遅刻もしないんだし。少しは好きにさせてあげないと」
ソファで寛ぎながらビールを飲んでいるのは、ミハイラの留守にちゃっかり居座っているラウだ。
「その油断が危ないんだよ。わかってるだろ?」
ヴァルラはすこぶる機嫌が悪い。なんとかなだめようとラウが口を開いたその時、その携帯電話の呼び出し音が鳴った。
見慣れない着信番号だ。ラウは警戒気味に通話ボタンを押す。
「うーん。ウチは今そっち系はやってないんだけど……」
何やらチラチラと、ヴァルラを気にするように目をやりながら話している。
「ちょっと相談してから連絡するよ。うん。了解」
電話を切って大きく息を吐き出すと、ラウはヴァルラに向き直った。
「ちょっと厄介な依頼が入ったんだけど……」
「何だよ、勿体ぶって。相手は? いくらくらい出すって?」
少し苛ついたようにヴァルラが尋ねる。
「地元の警察からだよ。例のギャングの検挙を手伝って欲しいんだって。血液売買の件でね。報酬は8000シードルだよ」
「なんだ。丁度いいじゃないか。警察からの依頼なら大手を振って血液売捌いてるやつらを捕まえられるだろ」
その言葉を聞いてラウが首を傾げる。
「でもヴァルちゃん、人間の賞金首は扱わないって……」
「血液の密売でヴァンパイア絡みの事件だし。ミハイラちゃんもウィルもいるから俺自身は裏方やってればいいだろ」
「ヴァルちゃんが良いって言うなら、俺は構わないけど。じゃあこの仕事受けとくよ?」
ラウはもやもやした気持ちを隠せないまま、先程の警察関係者に電話をかける。ヴァルラの言い分は一見筋が通っているが、どこか投げやりだ。
恐らくは、ミハイラの事が彼をそうさせているのだろう。しかし、ラウが口を挟める話でもない。彼は黙って情報料と報酬の見積もりをヴァルラにかざし、ヴァルラも黙って頷いた。
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