第23話 狼男と吸血鬼

 ミハイラは、自宅のお気に入りの椅子に座り、身を乗り出して情報屋に 詰め寄っていた。


「ねぇ。ヴァルちゃんとあの犬男、次の仕事で組むんだって?」


 じとり、と睨まれてラウの背中に冷や汗が流れる。


「あ、あの、この街の依頼も直ぐに探して来るから……」


 もぐもぐと口ごもるラウの唇に指をあて、ミハイラは小声で告げる。


「狩りの情報はいいの。ちょっと、調べて欲しい事があるのよ」


 非常に嫌な予感しかしない。その先は聞きたくないラウだったが、彼女の言葉は否応なしに続く。


「例の公園のストリートギャング共の元締めが誰か、調べて欲しいのよ。誰が違法な血液を流していたのか、知りたいの」

「ミハイラちゃんそれは……」

「勿論、ヴァルちゃんには内緒でね」


 拒否しようとする声に被せて、念押しの一言。ここはもう黙って頷くしかない。


「大丈夫。あたしだって無暗にギャングに手を出すつもりはないわ。依頼者もない仕事にもね。ただ、Jに売りつけたのが何者なのか知りたいだけなのよ。それさえ分かればあとは警察に任せる。絶対勝手には関わらないから。お願い」


 高圧的に脅したと思ったら、今度は殊勝に拝み倒してくる。ラウの好意を知ってか知らずか。ずるいよなあ、と心の中でぼやきながらも、ラウはため息とともに頷いた。


+++


 翌日、ヴァルラとウィルは、ルンウェイという南部の小さな町へやってきた。レンタカーの窓からは、一面黄金色の小麦畑が広がっており、その先には深い森が繁っている。


「南部は元々ヴァンパイアが少ない地域だったんだけどねえ。ラウの言うとおり、北の都市部から逃げてきてるのかもしれないな」


 ウィルは返事をするでもなく、ただぼんやりと窓の外を見ている。思えば彼が主と住んでいたのも緑豊かな土地だった。その事を思い出しているのだろうか。ヴァルラは敢えて言葉を継ぐことなく運転を続けた。


 目的地に着くと安いモーテルに宿をとり、早速聞き込みを始める。幸いAクラスのヴァンパイアはこの辺りではかなり珍しく、情報は割と簡単に集まった。


「金髪碧眼の男……か。俺も参戦したいとこなんだけどね」

「ヴァンパイアが怖いヴァンパイアって意味が分からないね」

「せめて援護くらいできるように頑張るけど、アテにしないでよ」


 ヴァルラは革の手袋をした手で、拳銃に銀の弾を込めた。



 夜になって、二人はターゲットの目撃情報の多い裏通りへ向かった。ゴミが散乱し、すえた臭いのする通りを車で流していると、赤やピンクなど派手な服装の娼婦達が次々と声を掛けてくる。丈の短いスカートに、胸の谷間も露なシャツ。ヴァルラの鼻の下も延び放題だ。


「うほっ、仕事じゃなきゃなぁ」


 至極残念そうなヴァルラの後頭部をぺちりと叩いて、娼婦に問いかけるのはウィル。


「この辺でヴァンパイアが出るって聞いたんだけど」


 娼婦の顔が強張る。


「いるよ。金髪のいい男らしいけど。仲間が随分襲われたんだ。あんたたちハンターでしょ? 仇をとっておくれよ」

「そのつもりだよ。それと、こっちの仕事が終わったら是非君のお仕事の方を……」


 今度は側頭部にげんこつを食らって、ヴァルラは悶絶する。


 その時、二人の超人的な聴覚が同時に異常な音をとらえた。くぐもった女性の声と揉み合うような物音。

 互いに顔を見合わせ、即座に車を走らせる。裏路地の角をいくつか曲がると、車のヘッドライトに照らし出された人影が目に入ってきた。金髪を肩まで伸ばした長身の男が、娼婦の口を塞いでいる。


「そ、そそ、そこまでだ!」

「俺達が相手だ。彼女を離せ」


 彼らの声に対し不敵な笑みを見せるのは、金髪碧眼のヴァンパイアだ。細身の体を黒のスーツで包み、ぎらりと牙を光らせている。

 ヴァルラは車の陰から録画を始める。


「ウィル、頼んだ!」


 その声に応えるようにメキメキメキ、と膨れあがる肉体。


「ウェアウルフだと……?」


 驚きの声が上がり、思わず力の抜けた男の手から娼婦が解放される。彼女は転がるように、裏路地から大通りへと逃げていった。


 最初に仕掛けたのはウィルだった。近くにあったドラム缶を片手で軽々と持ち上げ、投げつける。まるで段ボールでも放るように、その動作は軽い。

 金髪のヴァンパイアは、ウィルの頭上よりも更に高いジャンプでふわりとかわし、そのまま狼男に飛びかかった。ドラム缶は鈍い音を響かせて、路地裏の暗闇に転がり去る。


 ウィルは両手を振り回し、鋭い爪でターゲットの胸を引き裂こうと積極的に攻める。しかし大ぶりな攻撃はAクラスのヴァンパイアには通用しない。ひらりひらりと直前でかわすのは、目の前の木偶の坊をからかっているかのようだ。

 しかしスピードがあるのは彼だけではない。ウィルは苛ついて突進し、一気に距離を縮めた。ヴァルラとスパーリングした時のように壁際に追い詰める。


「よっしゃ! そのまま仕留めちまえ!」


 狼男の手際の良さに思わず声を上げる。今回は楽勝だ。そう思った矢先──


「ぐうっ!」


 声を上げたのはウィルの方だった。ヴァンパイアの肩、背中から黒光りした蟹の足のようなものが伸び、狼男の胸や脇腹に深く突き刺さっている。 見たところかなりの深手を負ったようだ。


「やっぱりAクラスは厄介だな……」


 ヴァルラは苦い顔だ。だが、その声には僅かに余裕が感じられた。その態度が物語るように、ウィルは動いた。

 彼の手はその黒い足をがっしりと掴み、己の胸からずぼりと抜きとると、その驚異的な握力でメキメキと砕いた。


 今度はヴァンパイアが、苦しげに唸り声をあげる番だ。逃げ出そうと自ら黒い足を抜くと、後ろへ跳びすさって距離を置く。

 狼男の胸や腹にはぽっかりとゴルフボール大の穴が開き、そこから大量の血が流れ出ている。しかし、それを気にする様子はない。ただ一つ咆哮を上げ、一瞬で襲いかかる。

 耳まで裂けた口から覗く鋭い牙で、ターゲットの肩口から首の肉をえぐり取った。最後に両手で独楽を回すように頭を捩じ切れば、ヴァンパイアはあっという間に灰となって宙に舞った。


「……ってぇ」


 ウィルは思わず膝から崩れ倒れ込む。シャツやジーンズからは鮮血が滴り、足元のコンクリートにも大きな血だまりを作っていた。が、胸や腹に空いた穴はもうすっかり塞がりかけている。


「やっぱりウェアウルフは回復力が凄いねえ」


 ヴァルラが感嘆の声を上げる。彼がウィルに見出した勝機は、やはりこの回復力だ。相手がどんなに素早く攻撃力が強くとも、戦闘中に傷を負うそばから治っていく。もちろんパワーやスピードも尋常ではないが、捨て身で戦える強さは計り知れない。

 銀製の武器という弱点はあるが、対ヴァンパイアならその心配も不要だ。


「もっと早く回復するように肉でも食わせてくれ。レアで」


 狼男は にんまりと笑いかけた。


「その前に着替えが必要だな」


 ヴァルラは、血塗れの痩せ男を見て苦笑した。

 古着屋で着替えを一式揃え着替えると、二人は近くのステーキハウスに入った。


「好きなだけ食べてくれよ」


 ヴァルラがそうにこやかに言う。


「そう言ったのを後悔する程食うぞ」


 狼男がにまりと笑った。

 800gのステーキをあっという間に平らげ、更にお代わりを注文しているウィル。そんな彼を呆気にとられて見ていたヴァルラが、気を取り直したように問う。


「今日は上出来だったね。どうだ? こういうの、一緒に続けていかないか?」

「上出来かねえ。結構やられたと思うけど」


 そう独りごちてシャツを捲ると、まだ僅かに傷痕が残っている。


「でも、まあ悪くないか。仲間がヴァンパイアのヴァンパイアハンターなんて滅多にないからな」


 主を失って、目的も生き甲斐も無くしていた。たとえ主を殺した相手だとしても、今は仲間や生きる理由が必要なのだ。


「よっしゃ。ようこそ『ぱらいそ・ヴァンパイアハンター』へ!」

「宜しく。あと追加でパフェとパンケーキとボンゴレロッソ、大盛りでね」


 ヴァルラの笑顔が、見る間に引きつっていった。

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