第22話 もう一人の仲間

 向かったのは、あの狼男がいるモーテルだ。


「おーい、生きてるか」


 軽くノックをすれば、中から足音と鍵を開ける音がする。

 男は相変わらず痩せっぽちで、髪はボサボサ、無精髭も延び放題だ。


「どこからどう見ても不審者だな」


 ヴァルラは笑いをこらえて、買ってきた食料が入った袋をテーブルの上においた。


「髭くらい剃れよ」


 言われた男は己の髭を撫でる。


「変化した時はどうせ全身毛むくじゃらだから、どうでもいい」

「じゃあご飯だけでも食べろって」

「食べてるさ。でも変化するときのために体が栄養を溜め込むらしくて、太れないんだ」

「厄介な奴だなあ。じゃあまあ、太らなくて良いから食べておけよ」


 狼男はようやく頷いて、遠慮なくガツガツと食べ始めた。ハンバーガー3つにポテト、ピザ等をあっという間に胃の腑に納める。


「まだ名前も聞いてなかったな。それと仲間はいるのか?」

「名前はウィルだ。仲間というか、同類には会った事がないな。俺は捨て子で、サーカスで育てられた。でも酷い扱いを受けて逃げ出してな。その時マスターに拾われたんだ」


 それを聞くと、ますますこの男が気の毒になってくる。天涯孤独でマスターさえも失った悲しみは如何ばかりだろう。


「これからどうするんだ?」


 ヴァルラの問いにウィルは力なく首を振る。今はそんな事を考えることも出来ない、ということだろう。


「よかったら俺の手伝いをしてくれないか?」


 意外な申し出に、狼男は顔を上げた。


「あんたの手伝い?」


 自分の非も認めてはいるものの、自分の主を倒したヴァンパイアの手伝いなど、すると思っているのだろうか。男の目はそう語っていた。


「行くところもやることもないんだろ。俺にはあんたに何もくれてやれないが、当座のやりがいがある仕事だけはある。上手くいけば報酬もね」


 ウィルは息を吐いた。


「何が出来るか分からないけど、まあ良いだろう」

「まずは、あんたの身体能力やなんかを見せてもらいたいな。」


 そう言って、ヴァルラは古びたカカシのような痩せ男をまじまじと見つめた。


+++


「腕試しかぁ。そういうの久しぶりだな」


 ウィルは苦笑しつつも、声はやや弾んでいる。腕や肩を回したりストレッチを始めた。ここは廃ビルの最上階。この辺り一帯廃ビルや廃工場だらけの、死んだ街の中にある。


「ここなら派手にやっても苦情は来ないからね」


 ヴァルラも首をコキコキと鳴らしながら、上着を脱いだ。ここで2人で軽く腕試しをしよう、という訳だ。


「俺に噛まれても感染しないから安心して……っつーか狼男がヴァンパイアに感染するかどうかは分からんけどね」

「俺も大丈夫なはずだ。ヴァンパイアが狼男に感染するかどうかは分からんが」


 互いに言い合って、くすりと笑う。


「最初だから軽いスパーリング程度でとは思うけど、途中でノッてきたら多少本気出してもいいかな」

「了解」


 痩せ男はボロのシャツを脱ぎ捨てると、両の拳を合わせて気を溜める。骨が軋むような嫌な音がして、一気に筋骨隆々の狼男に変化した。 身の丈は2mを優に超え全身が硬い毛に覆われている。


「うーん、やっぱりキモいなそれ……」


 ヴァルラが呟くと、狼男は声の主をジロリと睨み付ける。


「ウルさ……イ」


 くぐもった声と共に一気に距離を詰めて、軽いジャブ。軽いとはいえ、普通の人間に比べれば相当な重さだ。レンガの壁に穴を開けるくらいの威力はある。ヴァルラは両腕でガードし受け流した後、狼男に足払いを掛けた。

 バランスを崩したところに、ハンマーのように合わせた両手を思い切り袈裟がけに振り下ろす。

 ──硬い。全くダメージを与えられず逆に弾き飛ばされる。


「硬くて速い……か」


 もう少し本気を出しても良いだろうか、とヴァルラは目を閉じ気を集中させる。すると両手から腕、肩の辺りが淡く白く輝き始めた。

 それを見た狼男は低く唸ると、鋭い牙と爪で再び襲いかかって来る。適度に距離を取りつつも、隙あらばひたすら力技で攻め、守る。ミハイラとは真逆の、愚直なまでのストレートでパワー重視な戦い方だ。 普通の人間が一発でも食らえば骨は粉々に砕け再起不能となるだろう。


 とはいえ、ヴァルラも一応はヴァンパイア。硬さ、速さ共にウィルに負けてはいない。彼の腕を包む白い輝きは、時々眩むようなまばゆい光を放ちながら狼男の牙を爪を弾き返す。こちらは一見ひたすら守りに徹しているように見えるが、隙の多い狼男の攻撃の合間に、ヴァルラの拳はウィルの胸や腹に着実にダメージを与えている。


 思うように攻撃が決まらず、狼男は苛ついたような咆哮を上げる。今までにないスピードで突進し、ヴァルラを壁に押し当てると、心臓を抉ろうと爪を突き立てた。


「はい、ストップ!」


 白い光に包まれた手がその爪をギリギリで押し留めていた。その手はじっとりと汗ばんでいる。


「これで軽いスパーリング? 狼男ってのは凄いね」


 ヴァルラは、僅かに息が上がっていた。すんでのところで心臓を掴み出されるところだった胸を、文字通り撫で下ろし、額の汗を拭う。ウィルは何も言わなかったが、初めて見るヴァルラの技に圧倒されたようだ。


「俺の主もそこそこ強かったけど、あんたは何かこう……特殊だな」

「なあに、ヴァンパイアはそれぞれ能力が違うからな。俺から言わせてもらえばやっぱり狼男は特殊だよ」


 ヴァルラがにんまりと笑って見せると、ウィルは渋い顔で肩をすくめた。


「今回のターゲットがどんな攻撃のタイプかは分からないけど、今みたいに力押しで攻めればイケるね」

「分かってる。心臓か首を狙えば良いんだろう」


 再び痩せ男に戻った狼男が、複雑な表情でぼそりと言った。急に舞い込んだハンターの仕事に戸惑っているだろうが、その腕前に不安はない。彼には酷な話だが、ヴァンパイアを守ってきた彼が、一番その急所を心得ているのだ。


「明日出発するからそのつもりでね」


 ヴァルラは牙をキラリと見せ、にかっと笑い掛けた。

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