第19話 あいつもこいつも意地っ張り
カッとなって飛び出したものの、行く宛もないミハイラは、とりあえず港の倉庫街やダウンタウンの廃墟などをねぐらする事に決めた。それらは恐ろしいヴァンパイアが巣食っていたりするのだが、ハンターであるミハイラにとってどうという事はない。次々と襲いかかってくる怪物たちをいとも簡単に駆逐してしまった。
「どうよ。無報酬でも山ほどやっつけてやったわよ」
日頃口煩く言われているルールを破るのは壮快だった。どうせ国の救済策等に頼る気もなく、無慈悲に人を襲うモンスターだ。しかも襲ってきたのは向こうの方。退治して悪い訳がない。
「あたしだってお金は必要だけど、払えなくて困ってる女の子助けるくらい、別にいいじゃない」
ミハイラは、ジャケットのポケットに仕舞っていたメモを取り出した。件の母娘の連絡先だ。早速電話すると、今時珍しい固定電話だった。しかもそこはシェアハウスのようで、最初に出たのはやけに呂律の回らない青年。恐らく何かのクスリをキメているのだろう。それでも割とすんなり電話を代わってもらえた。
「はい、リアナです」
あの母の声だ。突然の電話に警戒しているのが分かる。
「あの……先日来てもらったヴァンパイアハンターのミハイラです」
普段こういう電話対応などもヴァルラ任せだったので、ミハイラも緊張を隠せない。が、相手の母親の声から張りつめた空気が消えた。ミハイラもそれでようやくホッとし、無償で依頼を受ける旨を伝えることができた。
「有難うございます! 本当に……有難うございます!」
母親は電話口で泣いているようだった。ミハイラの心に、今までになかった喜びがわき上がる。多額の報酬を手にした時とはまた違う、満たされる思い。
「しばらくお宅やその近辺で張り込みながら警備と退治を行いますね」
そうして予め聞いていた住所を頼りに、依頼人の元へ向かった。
+++
「へへーん。ミハイラちゃんが居ないうちに銀髪野郎を追い詰めちゃうもんねー」
ラウから得た目撃情報や襲撃場所のマップをダイニングテーブルに広げ、ヴァルラは地図上の点を線で繋いだり、被害者の特徴を時系列に並べたりとやたら張り切っていた。しかしラウからすればこの張り切りぶりは単なる虚勢、現実逃避にしか見えない。
「素直にミハイラちゃんに頭下げれば良いのに……」
小さくぽそりと呟けば、ギロリと睨まれる。
「俺が言ってる事は間違ってない。だから謝る必要もない!」
親友の頑なな態度に、ラウは天を仰いでため息をもらした。この様子だと和解を勧めれば勧める程、彼は意固地になっていくだろう。
「はいはい、分かったよ。まあ、確かにミハイラちゃん不在の方がこっちを探索し易いわな」
「そうそう。これは絶対にバレないようにやらなくちゃだからね」
ヴァルラは真剣な顔で資料と向き合い、首をひねった。
「……それにしても目撃情報の割に失血死した被害者が少ないな。食糧にされて殺されるよりヴァンパイアに変異させられた人間の方が多そうだ」
ヴァンパイアの餌食になった人間の末路は2つ。生き血を全て吸い尽くされて失血死するか、なんとか助かっても、感染してヴァンパイアになるか。この他にも血清で感染を免れる場合があるが、血清は高価な上、稀に効かない場合もある。
「分からないな。何故そんなにヴァンパ増やしたりするんだ?」
ここアヴェリオンは小さな島国だ。そして闇取引とはいえ、唯一の貿易の手段である港から入国した人間には、国が厳重な警備を付けている。島民以外に被害が出れば、大事な取引をなくしかねないからだ。という訳で外部からの人間を容易に襲う事はできない。つまりヴァンパイアにとって「食糧」となるのはこの国の住人だけという訳だ。
「この勢いでヴァンパイアが増えたら、奴らのエサ……人間が足りなくなるぞ。困るのは自分たちだろうがなあ」
「一体どういうつもりだろうな。」
二人とも、うーんと唸ったきりただ資料を見つめるばかり。ラウはふと思いつきを口にする。
「警備してる軍人も含め島の人間を全部ヴァンパイアに変異させて乗っ取って、最終的にこの島から出るつもりなのかも」
「冗談じゃない!」
ヴァルラは声を裏返らせたが、情報屋のこの意見はもっともだ。現在は国外へ吸血モンスターを出さないよう何とか水際で食い止めているが、今この時にもヴァンパイアは国内で鼠算式に増えているに違いないのだ。食料が足りなくなれば島の外へ出る事を考えるのは自然なことだ。
「そうはさせるか。食い止めてみせる」
そう言って、ヴァルラは今日を含めて今までに集めた銀髪のヴァンパイアの目撃情報を、地図に書き出した。
「スラムのコロニーや小さい港町、鉱山の町なんかに出没しているみたいだな」
「警察やハンターが気にかけないような土地から狙ってるって事かな?」
「住民も貧しいからハンターを雇うことも出来ない。好きなだけ同胞を増やせるって訳だ」
二人は大きく深呼吸をし、それきり黙り込んだ。
+++
近頃小さな田舎町に救世主と呼ばれる者が現れた。貧しく依頼料が払えない人々は、ヴァンパイアに怯えながら暮らすしかなかった。それがある時、その地に巣食っていた何体ものヴァンパイアが、いとも簡単に消し去られたのだ。人々は口々に感謝を述べ、なけなしの金や食料を差し出した。が、それらが受け取られる事はなかった。
「いいのよ。あたしが勝手にやってるだけなんだからあ」
指図もされず人からは感謝され、ミハイラは気を良くしていた。例の母娘を狙っているヴァンパイアを待ち構えつつ、自分のねぐらを確保するためにと毎夜方々を歩いていると、向こうから勝手に襲ってくるのだ。相手は大抵ヴァンパイア歴が浅く等級が低い新米ヴァンパイアだ。
その夜も巡回中に廃工場で5匹のヴァンパイアに出くわした。かなり飢えているらしく、シャーという奇声と涎を撒き散らしつつミハイラを取り巻いた。じりじりと間合いを詰めて、一斉に飛び掛かって来る。
ミハイラはその場で自分の身長を越す高いジャンプ、そして華麗な回し蹴りを放った。いくつかのヴァンパは顔面に強烈な蹴りを喰らい、遥か遠く壁際まで吹き飛ばされる。
足もとに倒れすぐに反撃してきた2匹は威勢こそ良かったが、その爪や牙がミハイラの肌に触れる前に猛烈なパンチの連打を喰らう羽目になった。彼女の両手には銀のメリケンサック。顔の形が変わる程のパンチの威力も相まって、2匹は燃え上がり灰になって飛散した。
壁際に飛ばされた3匹も、懲りずにまとめて襲って来る。1匹がミハイラを後ろから羽交締めにする。残りの2匹が同時に牙をむき出し襲いかかってくるのを蹴り倒し、背後をとっているヴァンパの腕を掴んで、背負い投げで地面に叩きつける。そのまま覆い被さって首を折り、念のために銀の拳を何度も叩きつけるとあっけなく灰になった。
残りの2匹が走って逃げ出したのを見て、ミハイラは小型の銀のナイフを投げる。ナイフはそれぞれの心臓を貫き、灰と共に地面に落ちてカランと乾いた音を立てた。
「日頃のダーツの練習が役にたったわね」
ミハイラはご機嫌だ。これだけの立回りをしたにも拘わらず、彼女は呼吸ひとつ乱れていない。むしろ退屈そうにコキコキと体の関節を鳴らしている。
「それにしてもまだまだ人を襲うヴァンパは多いのね……」
都市部では配給血液で暮らし、職に就いているヴァンパイアは多い。しかし田舎町などでは未だ根強い偏見もある。
「政府はヴァンパイア雇用に補助金なんか出すって言ってるが、いつ襲ってくるか分からない奴なんかを雇えるもんか」
昼食のために立ち寄った、ダイナーの主人の口調は苦々しい。
「駅近くのスラム街で、最近立て続けに年頃の少女が襲われて殺されたんだ。むごい話だよ」
コーヒーのおかわりが注がれるのを眺めていたミハイラの目が輝く。あの母娘が言っていたヴァンパイアに違いない。
「助かったわ、ありがと!」
コーヒーを飲み干し代金とチップを置いて件のスラムを目指した。
余程老獪ではない限り、ヴァンパイアは同じ土地で獲物を探し続ける。特に貧しく弱い者が集団で住んでいるスラムのコロニーは、奴らにとっては時間無制限の食べ放題ブッフェのようなものだ。襲う相手がいなくなるまで、執拗に狙い続けるだろう。基本的に待ち伏せる戦法のミハイラには、またとないチャンスだ。
そこから数日間、ミハイラはスラムに潜んでヴァンパイアを待ち構えた。ハンターと知れれば、奴らは警戒するだろう。そう思い、流れ者のホームレスを装うことにした。土地は違うが、スラムのコロニーの雰囲気は彼女が育ったそれによく似ており、皆はこの新入りを温かく迎えてくれた。代わりに住民たちに読み書きや護身術の手解きをし、信頼も得た。しかし──。
「……おなか空いた」
思わず独り言が出るほど、ミハイラは空腹に耐えかねていた。堅くなったパンとスープなどではあるが、食事は出してもらえている。だが、日頃ヴァルラの美味しい手料理を存分に食べていたミハイラには、この生活は少々厳しいものだった。
(別に帰りたいなんて思ってないんだからね! 美味しいものならお店で食べればいいんだし)
拳をぎゅっと握り、未練を断ち切る。そうして改めて感覚を研ぎ澄まし、ヴァンパイアの気配を探る。だが今日は朝から雨だ。何故か雨を好まないヴァンパイアは現れない可能性が高い。彼女は報告と情報収集を兼ねて、依頼主の母娘の様子を見に行くことにした。
+++
「もういい加減謝って迎えに行けば?」
ややうんざり気味の情報屋は、今日もヴァルラの家に来ていた。
「やだね。また俺が折れるのは筋違いだ」
腕組みしたままふいと顔を背けるヴァルラは、すっかりへそを曲げている。ラウは大きく溜息をついた。心配性のくせに強がる姿は滑稽でもあるが、それ程にミハイラが家を出た事がショックなのだろう。まったく、
げんなりするラウとは対照的に、ヴァルラは鼻息も荒く地図を睨みつける。
「それよりもシルバーを探すぞ。鉱山の町は空振りだったから、港かスラムか……」
シルバー、とは彼等が探している銀髪のヴァンパイアにつけた呼び名だ。やや安直だが、見つけて倒すだけの対象だ。凝った呼び名など必要ない。
「まずはスラムを当たってみるか」
「最近被害が多い地域は西公園近くの街だね。昼でも行方不明者が出るようだから怪しいな」
シルバーもまたヴァルラと同じ、元ドナーのヴァンパイアだ。ヴァルラに比べればごく僅かだが、日の光には一定の耐性がある。
「そういえば警察にシルバーの情報を流しておいたよ。今までも奴によく似たヴァンパによる被害届が出てたみたいでさ。もう少しで奴にも懸賞金かけられるってさ」
「マジか! でかしたラウ!」
懸賞金と聞いて、ヴァルラは俄然張り切って出掛ける準備を始めた。
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