第7話 たまには真面目なぼくら

「こんな怪しげなもんいらねー!」


 ヴァルラは即刻額から紙を剥がし、ラウの顔面めがけて叩きつけた。


「怪しげとか、ひどいなー。 ちゃんと本山から発信してる、ありがたーいお札だよ? 粗末にするとバチあたるよ?」


 ラウの実家は、伝統ある退魔師の本家らしい。放蕩息子は気ままな情報屋になったのだが、一方ではちゃっかりと退魔師の仕事も請け負っているのだった。

 そんな男に言われると何だか捨てるのも気味が悪く、ヴァルラはそーっとお札を拾い上げ、カードと一緒に渋々金庫の中に仕舞った。


「あ、それじゃあもっといいオマケあげちゃおうかな。……銀の髪のヴァンパイアの情報、さ」


 その言葉に、ヴァルラの顔は今までにないような真剣な表情に豹変した。


「……見つけたのか?」

「ちょっと噂を聞きかじった程度なんだけどね。今度直接見たって人に会う約束取り付けたよ」


 その言葉をじっと聞き入るヴァルラの顔は、温厚でお料理好きな家政婦兼マネージャーのそれではなかった。

 獲物を目にしたハンター。まさにそういう目を、今この男はしている。


「へ、へへ……。昔の顔に戻ったな」


 ラウは戸惑うような嬉しいような、複雑な表情を浮かべた。

 ミハイラを育てたという言葉、情報屋のラウとの長い付き合い、そしてこの表情から気づく人もいるかもしれないが、ヴァルラも昔はハンターをしていた。


 とはいえ、ヴァンパイア恐怖症は昔からのこと。彼が狩っていたのは、人間の犯罪者だ。ここアヴェリオンはヴァンパイアによる被害も甚大だが、それ以上に人間の犯罪者も軽視できない被害を出している。


 ヴァルラは、幼い頃から父やその仲間と組んで、そんな凶悪犯罪者を退治する賞金首ハンターだったのだ。

 独立してからは更に腕を上げ、彼の名を聞いただけで強盗団が街から姿を消すほどになっていた。

 ラウとは、その頃からの付き合いになる。


「なあ、ヴァルちゃん。こっち戻ってこないか? ミハイラちゃんはもう一人でやっていけるだろ。ヴァルちゃんがいないと、人間の犯罪者が減らなくて困るよ。それにヴァルちゃんヴァンパ嫌いだし、銀の武器も持てないし。不利なことばっかりじゃないか」


 ラウも珍しく真面目な顔をしている。

 しかし、ヴァルラは困ったような笑みを浮かべて首を横に振った。


「それは無理だって言ったろ? ヴァンパになっちまった俺が、人間を殺すわけにいかないじゃないか」


 もちろんそういう法律があるわけではない。賞金首に指定され「生死を問わず」と記された以上、その犯罪者の命は国の憲法に保証されることはない。

 たとえ追っ手がヴァンパイアであったとしても、それは同じ事だ。


 しかしヴァルラは、自分がヴァンパイアになってからというもの、一度として人間に対し銃や拳を向けたことはない。そういう行為が、ヴァンパイアへの偏見を更に大きくする事を危惧しているのだ。


「それでどうしてヴァンパイアハンターなんか始めたのさ。だったらいっそもっと平和な職に就くとかさー?」


 ラウは尚も食い下がる。どうやらこの男なりに、一応ヴァルラのことを案じてはいるようだ。


「んー、だってねぇ、ほら。俺も行きたいのさ、『ぱらいそ』にね」


 ラウが顔をあげると、そこにはやけに神妙な表情をしたヴァルラが、じっと何か考え込んでいた。

 ぱらいそ。それはこの国でも信じられている楽園のことだ。天国、極楽とも同じ意味を持つ世界。パラダイス。彼はヴァンパイアになっても、尚救いを求めるのだろうか。

 ラウは、目の前の友が人でない生き物に変わってしまったのだということを、改めて痛感した。


「ヴァルちゃん……」


 気休めにしかならないと知りつつ、ラウは頭の中で様々な慰めの言葉を探る。


「あのさ、人間だってヴァンパイアだって、良いことすれば必ず……」

「わはは! イイコトだなんて、直接的だなァ! まあ、いつかは行ってやるさ。巨乳ちゃんがトップレスで寝ころぶ、魅惑の砂浜へなぁ!」


 不思議そうに顔を上げたラウの目に映ったのは、旅行のパンフレットを食い入るように見つめるヴァルラの姿。


「……あの、ヴァルちゃん? ぱらいそって、まさか……」


 引きつる顔でラウが尋ねると、ヴァルラは満面の笑顔で、パンフレットをラウに向けた。自慢の牙がキラリと光る。


「もっちろん、最高級リゾートのぱらいそビーチだろ! 白亜の豪邸と、プライベートビーチ貸し切りの1週間! 巨乳スタッフのムフフなサービス! 今はとても手の届かない金額だけど、稼いで、稼いで、いつかは男の夢をこの手にっ!」


 ぐっと拳を握りしめ立ち上がって熱弁を振るう男の額に、ラウは無言で再びお札をビシィっと貼りつける。


「んがっ?!」


 その瞬間、ヴァルラの体は石のように硬直し、そのまま床に倒れ、丸太の様にゴロリと転がった。


「邪念封印! しばらくそうやって頭冷やしてるといいさっ」


 折角人が心配してやってるのに、と頭から湯気を出しつつ大股で立ち去る情報屋兼退魔師。そしてその後ろ姿を、ヴァルラは貼られたお札越しに見送る。


「た、たひゅけて……」


 全く身動きが取れない原因は、彼がヴァンパイアだからなのか、はたまた邪念の塊だからなのか。

 誰もいない夜更けのアパートの一室で、ヴァルラの助けを求める声は徐々に消え入るように細くなっていった。

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