第6話 ぼくらは金にきたない

 このヴァンパイアに関しての顛末はこうだ。

 数ヶ月前から、多くのハンターに退治を依頼されていたAクラスのヴァンパイアがいる。依頼主の警備会社は、ビルや寺院、学校やホテルなどの夜警の派遣を手広く行っている大企業だ。


 しかし2年ほど前から、社員たちが派遣先でヴァンパイアに襲われる被害が、度々発生し始めた。警備中に警備員がヴァンパイアにやられてしまっては、会社のイメージはガタ落ち。更に怯えた社員が次々に辞めていき、経営陣は頭を抱えることになる。


 もちろん彼らも、腕で鳴らす警備会社だ。ただ手をこまねいていた訳ではない。彼らは独自にチームを作り、現場で待ち伏せをして仕留めようと試みた。しかし、結果は更に会社にとって手痛いものとなった。


 選りすぐりの腕利きで構成されたそのチームが、一晩で全滅したのだ。その現場たるや、まるで悪夢のような状態だったという。知識のない一般人がヴァンパイアを退治しようとすることほど、無謀な事はない。不幸にも彼らは、身をもってそれを知ってしまったという訳だ。


 そこで彼らは方針を変え、複数の有名なヴァンパイアハンターに依頼をした。複数、というのはハンター達の競争心を煽るためでもあり、神出鬼没な女ヴァンパイアを高確率で退治するためでもあった。

 だが、無念にもこれもまた裏目に出ることとなる。


 そのターゲットを狙ったハンターは、その場でことごとく命を落とした。幸い逃がしはしたものの、かすり傷程度で済んだハンターもいる。しかしその数日後、彼は自宅で無惨な姿で発見された。

 女ヴァンパイアの報復を受けたのだ。

 ヴァンパイアハンターにとって、仕留め損ねるという事は、すなわち終わりに直結する。ハンター生活、あるいは人生の終わりにである。


 そういうわけで遂にお手上げ状態となった会社側は、高額を要求したために依頼を見送っていた「ぱらいそ・ヴァンパイアハンターサービス」に声をかけることになったという訳だ。


「奴さん、なかなか尻尾掴めなくて参ってたんだよね。あれで結構警戒心が強いみたいだからさ」


「うんうん、そうだろうよそうだろうよ。……で? いくら出す?」


 予想通りに食いついてきたヴァルラに、情報屋は舌なめずりするような顔を近づける。


「いくら、って……。1800くらい?」


 ラウの眉間に皺が寄る。その表情を読んで、ヴァルラは相場よりも少し高値で交渉を始めた。しかしラウは話にならない、といった顔で黙って首を横に振る。更に大げさに手を広げて、ため息までついて見せる。これにはさすがのヴァルラもイラっとしたようだ。


「なんだよ。金額決めてるなら最初からいえよ!」


 むくれた顔で促してから、ヴァルラはビールをぐいっと喉に流す。


「じゃ、4000で」


 その瞬間、ヴァルラは口いっぱいに含んでいたビールを、ブハァーっと盛大に吹いた。


「ちょ、汚……っ!」


 とっさに小型のノートパソコンは庇ったものの、ラウの頭はビールの泡まみれだ。

 しかしヴァルラは、そんなことは気にも留めずにわめいている。


「なんだよ4000って!! 下手なハンター報酬よりも高いじゃねーかっ!」


 そう顔を赤くして憤慨するヴァルラに対して、ラウは涼しい顔。


「だってヴァルちゃん、この依頼に2万5000シードルふっかけたそうじゃない?」

「う……うぇっ?! な、何でお前がそんなこと知ってるんだよっ?!」


 明らかに狼狽するヴァルラを見て、ラウはにやりと笑う。


「ふふーん。そーれは企業秘密ってやつね! 情報屋がネタの出所明かしたらおまんま食い上げだよん?」

「……ちぇっ。吸血鬼をストーカーなんて、洒落にもなんないぜ」


 ヴァルラは不服そうにブツブツと言いながら、金庫の中から赤いカードを取り出し、ラウに差し出す。


「へへっ。まいど~」


 ラウは受け取ったカードを、持っていた小型のノートパソコンに差し込み、キーボードを叩く。

 一見クレジットカードのようなそれは、彼の戸籍と財産を管理するためのデータが詰まったカードだ。国が、戸籍のある個人向けに発行しているもので、身分証や国立銀行のキャッシュカードして使用される。

 そして赤い色は……ヴァンパイアという意味を持つ。


 そのデータから、自分の口座に直接情報料を移動させることができるので、大金を持ち歩かずに済む。治安の悪いこの国では、大事な防衛策なのだ。

 ヴァルラは携帯を操作して、情報屋の端末にパスワードを転送する。


「ガセだったら許さないよ? ……主にミハイラちゃんが」


 そう言って軽く睨みを利かせると、ご機嫌だったラウの笑顔が少し硬直した。


「ははははははははははは。だーいじょうぶ! 何ならほら、怪我しないお守りもサービスしちゃう!」


 ラウは、携帯電話らしきもののボタンをいくつかプッシュする。するとかすかな電子音がした後、その機械の上部からぶぶぶぶぶ、と音を立てながら細長い紙が流れ出してきた。一見レシートのようにも見える、ぺらぺらの紙。


 ラウはそれをぺとっとヴァルラの額に張り付けた。確かによく見ればお札のような模様が印刷されている。

 顔の中央にお札を垂らしたその姿は、まるで昔懐かしのキョンシーのようだ。

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